第8回 状況
宮城県内の陸自駐屯地→今作における代表的部隊等
仙台駐屯地→東北方面総監部他
(反町分屯地→東北補給所)
多賀城駐屯地→第6師団第22普通科連隊他
大和駐屯地→同第6戦車大隊・同第6偵察隊他
霞目飛行場→東北方面航空隊他
船岡駐屯地→第2施設団他
航空自衛隊基地
松島基地→第4航空団
※必ずしも全部隊が登場するとは限らない
9月2日09:30 陸上自衛隊仙台駐屯地
「まずは、現状把握可能な状況について通達する。現在汚染は仙台港近辺並び多賀城市中心部にまで広がっている。このため、現在政府からの「T(治安出動)」発令を受けて出動している6師団22普連と県警による封じ込めを行っている。が、しかし、状況は悪い。この高砂橋の封鎖は完了したが、他幹線道路における封鎖が一部のみ行われているだけだ。この理由は放置車両や避難民が邪魔なこともあるが、単に展開が遅れただけだ。そのため現状、この七北田川を絶対防衛線とし封鎖を行う。北部地域に関しては加瀬沼公園と仙石線本塩釜駅を結ぶこの直線を防衛線とする。6師団長は宮城県内駐屯の各部隊ならび特防隊(特殊武器防護隊)の派遣、また山形、福島の各隊も2次攻撃に備え待機。9師団長も同様に令下部隊の待機を発令せよ。そして6師団長、方面隊直轄の部隊のうち県内駐屯の物はすべて6師団の指揮下に入れる。自由に使え。そして、念のため八戸のAH(対戦車ヘリコプター)をすべて霞目に移せ」
陸上自衛隊東北方面総監部が設置されている庁舎内の作戦室では、テレビ電話を結んだ上で山形の第6師団司令部、青森の第9師団司令部にいる各師団長と方面総監を筆頭とした東北方面隊の幹部達と会議を開いていた。議題はもちろん、ゾンビ改め感染者(自衛隊呼称)対策だ。
とりあえず東北方面隊が警備担当の東北地域では多賀城を除いて、感染者の発生が報告されていなかった。対応地域を絞れるから良いものの「第2」があるかもしれないので厳戒体制になっていた。まして政府から「治安出動」が正式発令されている。大手を振って対応に集中できる。それでも方面隊の法務官いわく「実際は色々と問題はある」と言っていた。
しかし、それらの問題も「国民保護法」によって制限(完全ではない)した上で粛々と対処すれば良い。あとで責め立てられるかもしれない。しかし、それで良いのだ、少なくとも責め立てる余裕さえ無い世の中よりは......。
同日 09:35 多賀城イオンショッピングセンター内
私は運が悪い。本気でそう思った。なにせこの様だ。
この際ゾンビが現れたことは良しとしよう。みんな同じ気持ちで恐怖を共有しているはずだ。でも、私は今日せっかくの非番だったのだ!。本来は仙石線に乗って仙台に行くはずだった。でも、その仙石線は中野栄駅近くの踏み切りで衝突事故があって上下線が不通。だから仕方なくイオンに来た。このあとはアウトレットにでも行こうと思っていた。
でも、今度はこの騒ぎだ。まぁいい、ゾンビはいい。それよりもよりによって私は非番!、だからいつも持っている拳銃を持っていない!!。おまけにせっかくお洒落してきたのに!!。あぁ彼氏でもいれば思いっきり抱きついて頼りまくるのに!!!。
柏木彩花は絶望にたたされていた。そして自分の身の上を恨んでいた。
でもダメだダメだ!!、私は私服だけど市民を守る警察官。婦警さん!!。そんな私がこんなんでどうする!!!。ひとまずトイレに籠るのはやめよう。まずは外に...。
あぁでも、ダメだ!!もう店内に溢れているんだ!!。さっき目の前で男の人が噛み付かれ死ぬ姿を見た、いやいろんな人が同じ目に遭っていた。私はそれを見捨てて一人トイレに逃げ込んだ。最低だ、警官失格だ!!。
でも、果たして私は闘えたのか?、いや例え噛まれて戦って果てれば...噛まれたら絶対痛いんだろうな......どうせならそのまま死にたい、ゾンビなんかなりたくない。
しかし、静かだ。さっきまであんなに悲鳴が聞こえていたのに....。もしかして片付いた?。
いや、絶対にいるに決まっている。でも静かだしもしかして...。
.....THE無限ループ。
もう本当にどうしよう、と考えていたとき、あの聞くも嫌な唸り声が突如トイレに響き渡った。
「ヒイッ!」と本当にアニメみたいにこんな声出るんだな、何て考える余裕ない、しまった声を出してしまった!!
「ウァァッァ」と恐ろしい唸り声と共に私が入っている扉を叩いてきた。
涙がこぼれた、もう私は何もしないまま死ぬのだと。誰かの胸に抱きついたりさえも出来ないのだと。そういえば警官になったのも高校まで男運悪すぎて、あまり良い男に出会えなくて自分を強くしたくて任官したんだっけ。
もう私は死ぬ。誰でもいい、私がここで生きていたことを知ってほしい。自分胸の上に涙が落ちた跡があった、知らないうちに大量の涙を流していることを知った。口を手で押さえてなんとかして嗚咽と悲鳴を堪える。
と、扉の金具が弛み始めた。やめてっ!!お願い!!、ダメならせめてもう一気に殺して!!!。
ふと高校のとき憧れた先生が頭のなかに出てきた。あの先生に付いていけばこんな目に合わなかったのかな...。すべてが遅すぎた。さようなら私、さようならみんな、さようなら.....。こうなったら誰でもいい、誰かの胸に抱かれてすべてをさらけ出したかった。
怪物の重圧に耐えられなくなった扉の金具が勢いよく壊れるのと同時に1体の怪物が個室の中に侵入した。
「準備よしっ!!」
「降下始めっ!!」
小隊長号令のもと、霞目飛行場より飛来した2機のUH-1Jより多賀城駐屯地から乗せた第22普通科連隊所属の「特別救援小隊(16名)」が降下する。
降下地点は塩釜署に「立て込もって救援を待っている」と市民から通報のあったイオン多賀城店だ。任務は彼らを救出し離脱すること。
ただし、彼らは知らない。その降下地点のどこかの階のトイレの中で起きていた悲劇に。
同刻、同様に霞目飛行場から飛来し、多賀城駐屯地から第22普通科連隊員を乗せたUH-1Jは仙台港周辺にある火力発電所防衛に向けて隊員を降下させていた。彼らはレンジャー有資格者ばかりであり、若干怪物に発電所が占領されていようとも速やかに無力化(射殺)し、態勢を立て直す力量があった。
多賀城駐屯地付近にも感染者が溢れ始めていた。駐屯地司令は多賀城駐屯地の一時放棄を既に決定していた。弾薬をトラックに乗せ、隊員らを完全武装の上重要防護施設警備、もしくは七ヶ浜方向に転進させていた。七ヶ浜は運河を挟んで島になっており、ちょっとした陸の孤島だ。そこで態勢を立て直す腹積もりであった。車両が足りない者に関しては東北方面航空隊のヘリでピストン輸送の上離脱させる。霞目飛行場から現時点で動ける8機のUH-1H/JとOH-6Dが飛来し支援に当たっている。
状況は悪いくとも常に策を練る、それがここの駐屯地司令の方針であった。
一語用語解説のコーナー
レンジャー有資格者→陸上自衛隊において、基本的には「常設」のレンジャー部隊は無い。第一空挺団や特殊作戦群、西部方面普通科連隊や対馬警備隊に冷戦時代の第2師団などのように「レンジャー有資格者が優先的に配備される」部隊はあるものの、基本的には「レンジャー単独」の部隊はない。基本的には部隊の斥候や偵察任務で活躍するため、常設的編成が不必要なのだ。
もちろん、レンジャー資格が無くとも自衛官は精鋭であることには変わり無いが「精鋭の中の精鋭」として「レンジャー」があるのだ。