第9話
とは言え本音は微塵も表情にさえ出す事は無く、表面上は至って和やかな会談が進んでいく。
暫く談話を続けていると空は次第に茜色に染まり、日はすっかり西の方角へ傾いていた。
それに気づいた枢機卿がチラリと窓の外へと視線をずらすと、
「ふむ…もうこんな時間か。さて、積もる話はまた後日するとして、今日は長旅で疲れたであろうし、王子殿も休んでは如何か?」
「おや、すっかり話し込んでいたら時の流れとは早いものですね。それでは、お言葉に甘えても宜しいでしょうか」
「勿論だ。部屋を用意したのでそこで休まれると良い。此処聖堂に不審者が侵入する恐れは無いと思うが、常に此処は騎士団が厳重な警備に当たっているので貴方が要人と言えど大丈夫であろう。護衛の騎士殿は別室を用意するが、もし不都合があれば同室にして貰ってもこちらは構わぬ」
ロゼルタはユトナをさりげなく一瞥してから、少し考え込むように視線を宙に彷徨わせた後、
「いえ…こちらには優秀なテンプルナイトがいらっしゃいますし、別室でも大丈夫でしょう。もし何かあればすぐに呼びつけますし」
流石に色々な意味でユトナと同室は不味かろうと判断したようで、ユトナに意見を伺う事無くそう結論付けるロゼルタ。
すると、パッと花が咲いたような笑みを浮かべながらミトネがこう切り出した。
「それでは、ロゼルタ様はわたくしが案内致しますわ。そちらの騎士さんの方は…そうですわね、ソルマがご案内して差し上げて? 同じ騎士同士ですし、気が合うのではないかしら」
「え、俺か? まぁ構わないけど」
いきなり自分に話を振られて一瞬目を丸くしつつも、別段断る理由も無かったのか二つ返事で了承するソルマ。
とりあえず今日の会談はお開きという流れになり、先に部屋を出たのはロゼルタと彼に客室まで案内するミトネであった。
その後枢機卿や他の騎士達も退席していき、その流れでソルマもユトナを客室に案内するべく声をかけた。
「…あんた、シノアだったか? 俺が部屋まで案内するからついてきてくれ」
「へっ? お、おう。そんじゃ宜しく頼むぜ」
シノアと呼ばれて一瞬反応が遅れたユトナであるが、すぐにこくこく頷いて歩き始めたソルマの後を慌てて追いかける。
道中、何とも言えない気まずい空気と沈黙ばかりが辺りを支配する。
勿論、共に切り出す話題が無い訳ではないのだが──否、あるからこそどう切り出すべきか考えあぐねているのだろう。
そうこうしているうちに客室に到着すると、先にソルマが扉を開けてユトナに中に入るよう促す。
ユトナは何とも言えない気まずそうな表情を浮かべつつ、言われるがままに中に入っていった。
室内は客室という事もあり綺麗に整えられていて、家具もベッドも質素ではあるがクリーム色で統一されており清潔感を感じさせる。
部屋をぐるりと見渡してから興味深そうに瞳を輝かせると、窓の方へと駆け寄り窓からの景色を楽しげに眺めた。
「へぇ~、すっげーなこっからだと街がよく見えるぜ」
「…必要最低限のものは揃っているが、何か足りないものが遠慮なく申し付けるといい。王子の客室も此処からは近い筈だ」
「そっか、わざわざ案内ありがとな」
「いや、これも仕事だ。…用が無ければ俺はこの辺で失礼する」
へらりと何処かぎこちない笑みを浮かべるユトナと、努めて事務的な対応をするソルマ。
ソルマはそれだけ言い残すと用事は済んだと部屋を出ようとするが、何故かその場から離れる事を躊躇っているのか足が動こうとはしない。
ユトナもそれに気づいたらしく、何か言いたげに口を開こうとするものの、彼女にしては珍しく話すべきか未だに決め兼ねているようだ。
微妙な空気が流れる事、数十秒。
遂に腹を括ったのか、沈黙を打ち破るように一つの声が飛来した。
『……あのさ』
「…へっ?」
「…え?」
見事に声が被ってしまい、ハッと弾かれるようにお互い顔を見合わせるとどちらも鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきで。
もしや何か思うところがあるのは自分だけでは無いのでは…? と考えたらしい2人は引き攣った笑みを浮かべつつ、
「な、何だよオマエ先に言えよ」
「いやいやそっちこそ先にどうぞ」
「いいってばオマエ言えよ」
「いや、俺は後でいいからあんたが先に言ってくれ」
互いに譲り合って堂々巡りと化し、最早コントになっているような気がしなくもない。
すると、遂に痺れを切らしたユトナが意を決してこう切り出した。
「よーし言うからな言っちまうからな! さっき縁談の話が出て当の本人2人共満更でもねー感じだったけど、オマエは本当に2人がそう思ってると思うか? オマエ、あの聖女の幼馴染なんだろ分かんだろ?」
「え、いや、それはまぁ…どうなんだろうな。…というかミトの猫被り技術は凄まじいし…いや、何でもない」
「つーか、聖女なんだから誰かとフジュンイセーコーユーとかそういうのってダメなんじゃねーの?」
「別に駄目だとか決まりがある訳じゃない。それにまぁ……なぁ」
不純異性交遊という単語に、思わず苦笑いを浮かべるソルマ。
不純どころの騒ぎではないレベルの事を頻繁にやらかしているのを知っているソルマとしては、例え本当にそういう規則があったとしてもきっぱりと断言出来なかったであろう。