第8話
「成程…それは益々興味深いですね。それでは、聖女という存在はこの街が出来た時からいらしていたという事ですか?」
「そうですわね…もう何百年も前の事ですから、最早残された文献から推測するしか無いのですけれど、初代の聖女様はルーチェを興す際に尽力なさったそうですわ。ですから、突如街から姿を消された際には街の人々も混乱したとか」
「街から姿を…? つまり、突如行方不明になったと? 原因は何なのでしょう?」
不思議そうに眉をしかめながら問いかけるロゼルタ。
すると、ミトネもはっきりとした事は断言出来ないのか困惑した様子で一つ一つ丁寧に言葉を選びながら、
「さぁ、そこまでは分かり兼ねますわ。わたくしもその場に居合わせた訳ではありませんし、何分古い文献しか当時を知る手掛かりはありませんから」
「そうですか…確かにそれもそうですね」
何となく気まずい空気が辺りを立ち込め始め、それにいち早く気づいたミトネがやや強引に別の話題を切り出した。
「そういえば、王子様はこちらにどれくらい滞在なさるんですの? 折角ですし、この街の色々な事を知って頂きたいですわ。わたくしも、微力ながらお手伝い致します。…構いませんわよね?」
最後は枢機卿に確認を取るようにちらりと彼を一瞥するミトネ。
ロゼルタも乗り気なようで──と言ってもそれが本心なのか、厚意を無碍にしない為に取り繕っているのかは分からないが──嬉しそうに微笑む。
「おや、聖女殿が直々にご案内して頂けるとは、私は果報者ですね。…とは言え、無理にとは言いませんから聖女殿の都合に合わせて下さい」
「あら、王子様は本当にお世辞が上手ですのね。ご期待に添えるよう頑張りますわ」
どうにも歯が浮くような、何処か上辺だけの会話が繰り広げられる中、コホン、とわざとらしく咳払いをしつつ会話に割って入ってきたのは枢機卿であった。
「その事なのであるが…聖女殿とロゼルタ王子の間で縁談も持ち上がっている。2人がルーチェとフェルナント国の架け橋となって下されば、二つの街と国の発展にも繋がろう」
「縁談…ですか? では、今回私がルーチェを訪れたのは、そういった意味合いも持ち合わせている、と?」
「左様。フェルナント国王とは書簡でそういったやり取りもしたのだが…どうやら王子殿には伝わっていなかったようだな。どうだ、悪い話ではあるまい?」
「はああぁぁぁ!?」
不意に大いなる不満と不快感を露わにしたような声が辺りに響き渡る。
しかし、この声を放ったのは当事者であるミトネでもロゼルタでも、ましては提案者である枢機卿のものでもない。
一同が反射的に声の主へと視線をずらせば、一瞬にして一同の注目の的となってしまったのは声の主でもあるユトナだ。
ユトナと言えば、目を見開き口を半開きにしたまま、動揺と不満を微塵も隠しもせず顔にぶら下げている始末。
そんな彼女の顔を見るなり、盛大に溜息をついて呆れるのはロゼルタだ。
「全く…何ですかその間抜け面は。少しは落ち着きなさい」
「だ、だって縁談っつったらアレ的なアレだろ!?」
「…とりあえず落ち着きなさい」
動揺の渦に飲まれているらしいユトナは最早何を言いたいのかすらよく分からない状態。
何故当事者ではないユトナがそこまで動揺するのかと言いたげなロゼルタを尻目に、クスクスと忍び笑いを漏らすのはミトネである。
「ふふ…驚くのも無理はありませんわ。なにせ突然の事でしたもの。わたくしの幼馴染も態度には出しませんが大分驚いているようですし?」
「……!」
微笑みを口元に湛えたまま視線だけ向けた先には図星を突かれてハッとするソルマの姿。
ユトナのように声にさえ出さなかったものの、彼の顔には明らかな動揺と困惑の色が浮かんでいる。
「確かに驚きはしましたけれど、素敵なお話じゃありませんこと? それに、お相手がロゼルタ様のような素敵な殿方で良かったですわ」
「それは私も同じですよ。身に余る光栄です」
ふふふあははと和やかに談笑を続けるミトネとロゼルタ。
しかし何故だろう、和やかな空気の筈なのに逆に少しずつ空気が張りつめていくのは。
そしてその場に居合わせた者の双眸には、2人の背後でハブとマングースが睨み合っている構図が飛び込んできたのだがこれは幻だろうか。
──怖い、何か怖い。
ソルマとユトナが内心そんな事を呟いているのに、ミトネとロゼルタが気づく筈も無かった。
それもその筈、上辺では満更でもない様子の2人であるが、内心穏やかではなかったからだ。
──私に真実を話さず此処へ向かわせたのは、もし告げたら私が拒むと考えたからでしょうね…。全く我が父親ながら、どうしたものか…。
──あのクソジジイ、アタシの意見ガン無視で話進めてんじゃねぇぞボケが。
…と、心の中でそう呟いていたとかいなかったとか。




