第7話
一同がやってくるとそちらに視線を移すなり、ゆったりとした動きでソファから立ち上がるミトネ。
そして、軽く会釈をしてみせた。
するとそれに反応するように男性やお付きの少年騎士も頭を下げれば、それを見計らうようにして枢機卿が声を上げた。
「此処ルーチェで聖女と呼ばれているのが彼女だ。そしてこちらはルーチェと交流を結んでいるフェルナント国王子と護衛の為に同行なさっている騎士殿だ」
「この度はルーチェにご足労頂き感謝致しますわ。わたくしはミトネ=セイクリッドと申します。皆さんからは聖女と呼ばれてはおりますが…わたくしなんてまだまだですわ」
枢機卿の言葉に続くように鈴のなるような可憐な声色で自らの名を名乗ると、接客向けの人当たりの良い微笑みを浮かべるミトネ。
よくもまぁ此処まで可憐な聖女を演じられるものだ…とソルマが内心関心と呆れを孕んだ感情で呟いていると、次いで男性の方からも声が上がる。
「ほう…貴方が聖女殿ですか。噂に違わぬお美しさでいらっしゃいますね。申し遅れました…私はフェルナント国第一王子のロゼルタ=セラ=フェルナントと申します。以後お見知りおきを。それから…こちらは私の護衛として同行させたフェルナント国騎士団の騎士、シノア=レインハークです」
男性──フェルナント国王子ロゼルタはそう言うと深々と頭を下げてみせる。それにつられるように、傍らに佇むシノアと呼ばれた騎士は一瞬対応に困ったように眉をしかめてからとりあえずぺこりとお辞儀をする。
ちなみにシノアというのは実は偽名で、本来の名はユトナ=レインハーク。
全く偽名という訳ではなくシノアという人物は実在しユトナの双子の片割れなのであるが、色々と訳あって入れ替わっているのだ。
二卵性であるにも関わらずそこそこ似通った顔立ちである為、今のところほとんどの人には正体を見抜かれてはいない。
さらに余談であるが、ユトナは実は女性であるものの、騎士団には男性しか入る事が出来ない為自らの性を偽って騎士になったという経緯がある。
残念ながらロゼルタに全て見抜かれてしまい、そのせいで2人には奇妙な関係が出来上がってしまったのだが…それはまた別の話。
「あら…ロゼルタ王子はお世辞が上手でらっしゃいますのね。こちらこそ、これも何かのご縁ですものどうぞ宜しくお願いしますわ」
相変わらず聖女の仮面を被ったまま上辺だけの微笑みを湛えるミトネ。
「…さて、立ち話も何だ、どうぞ座ってくれ給え。王子殿は此方の席にどうぞ」
枢機卿の言葉を皮切りにしてゆっくりとソファに腰掛けるミトネ、そして彼に案内されるままにミトネとは向かい合わせの席に座るロゼルタ。
次いで枢機卿がミトネの隣の席に腰掛け、ソルマとユトナは彼らとは少し離れた場所で待機している。
「今回は、ルーチェにお招き頂き感謝しております。それにしても…噂には聞いておりましたが、噂以上に美しく穏やかな街ですね」
早速話を切り出したロゼルタはルーチェに対し賞賛の言葉を述べると、ミトネと同じように何処か機械的な微笑みを浮かべる。
物腰が柔らかく温厚、そしてミトネ達に対して非常に好意的な態度を取るものの、その本心を頑なに心の奥底に隠し他者に一切触れさせようとしない強い警戒心を窺わせた。
一見好意的に見えても何を考えているのか…その本音は全く見えてこず、それが何処か不気味ささえ感じられて。
「ええ、素敵な街でしょう? わたくしも大好きなんですわ」
にっこりと微笑むミトネを横目で見やりつつ、ロゼルタは何か思い出したようにこう切り出した。
「そういえば…此処を訪れる途中、街の中央に巨木が植わっているのが見えましたが、あの巨木が神樹なのですか?」
ルーチェを長きに渡って見守り続け、そして街を守護してきた神聖なる巨木。
ミトネはその問いにコクリと頷くと、
「あら、神樹をご存じですのね? 仰る通り、神樹はルーチェにとって無くてはならない存在なんですの。ルーチェ全体に張られた結界も、神樹による所が大きいですし」
「成程…それだけ強力且つ広い範囲に結界を張れるとは、恐ろしいまでの力を持っているようですね。この街の方々が神樹と奉るのも無理は無い」
「はい、ですから神樹を神の化身だとか神のご加護と考える方も多いですわ。勿論わたくし達教会でも同じような事を考えておりますわ」
「成程、それは益々興味深いですね」
極めて和やかに会話を進める2人。すると、再びロゼルタが気になっている事を口にした。
「その神樹と対の存在として考えられているのが聖女なのですよね? この街には必ず1人聖女が存在するという事ですか?」
「ええ、そうなりますわね。でなければ、結界の力が弱まった時に大変ですもの」
「では聖女は代々継承されていくものなのですか? 例えば、聖女の血筋となる一族が居る…とか」
ロゼルタの問いかけに、ミトネは静かに首を横に振った。
「いえ、血の繋がりは関係ありませんわ。現に、わたくしは先代の聖女様とは何の血縁もありませんもの。謂わば…聖女になるに相応しい力を持つ者がなれる…と申し上げた方が宜しいでしょうか」
「血筋によって力が引き継がれる方が任命するのが楽ではあるのだがな。毎回、後継者選びには苦労を強いられている」
2人の会話に割って入るように、補足説明をするのは枢機卿だ。
もし、血筋によって聖女が選ばれるのならば、ミトネは今此処にはいなかったであろう。
彼女は確かに不思議な力を持ってはいるものの、自分のルーツどころか親の顔さえまともに覚えてはいない孤児なのだから。