第6話
「……ったく、本当変にプライド高いアホ男ほどめんどくせぇモンはねぇよな」
その場にソルマしかいなくなるなり、先程までのお淑やかな聖女様は何処へやら、口調もそうだが顔つきも急に気だるげなものへと変わる。
この変わり身の速さに慣れきっているソルマは驚くどころか逆に呆れた様子で溜息を零した。
「まぁ、それは一理あるけど…そこまで言うか」
「だってそうだろ、事実だし。大体、お前もお前だよ。あんな馬鹿にいちいちムキになってたらこっちの労力の無駄遣いだろ」
「…うっ、それはそうだけど…。けど、つい頭に来たんだよ」
ミトネの言い分にも一理あると思ったのか、それとも図星を突かれてぐうの音も出なかったのかきまり悪そうにポリポリ頭を掻くソルマ。
「…にしても、普段あんま怒んねぇってかヘタレて碌に反論も出来ねぇお前にしちゃ珍しいよな。そんなムカついたのか?」
「だってそれは、ミトが……いや、何でもない。それより、ミトこそあの騎士に対してそんな怒ってるようには見えなかったけどな。逆に何か煽ててたし」
ソルマは途中まで言いかけて、急にはたと口を噤んで無理矢理話題を変えてしまう。
何となく、本人に直接告げるのは憚られたから。
ミトネを馬鹿にされたような気がして、それに堪らなく腹が立ったから──…だなんて。
一方、そんなソルマの内心に気づいているのか否か、ミトネといえば不可解そうに眉をひそめるだけで追求はしなかったようだ。
そして、逆に問い返される羽目となったミトネは一瞬きょとんとするも、すぐにニヤリと意地悪い笑みを口元に浮かべた。
「お前ホント男のなんたるかが分かってねぇな。ああいう脳筋馬鹿に真向から反論したって無駄なんだよ。時間の無駄。んで、ああいう単純馬鹿はちょーっと甘い言葉囁いて煽てりゃすぐその気になってへらへらしやがるから、それで場が収まるならそれに越した事はねぇだろ。ま、心の中では『馬鹿だなーコイツ』って思ってりゃいいんだよ」
「へぇ…ミトって意外と大人な所もあるんだな」
「意外って何だよ意外って」
事も無げにさらりと言ってのけるミトネの姿に純粋に感心したのか、ポツリと本音を漏らすソルマ。
さりげなく先程の騎士の事をこれでもかというほど罵倒し尽しているのだが、それに気づいているのかいないのか、ソルマはそれに特に突っ込みを入れようとはしなかった。
聖女として今まで様々な人達と関わってきたミトネだからこそ、こうした処世術を身に着ける事が出来たのだろう。
ミトネはやれやれ、と肺の奥に溜まった息を吐き出すと、足を組みながらひらひらとソルマに手を振って見せる。
「あー何か喉乾いたな。茶入れろや茶」
「…は? 何で俺がそんな事しなきゃいけないんだよ」
いきなり顎で使われて不満に思ったらしいソルマは思わず眉をしかめる。
しかし、ミトネといえば何処吹く風。
「だってお前、今日アタシの護衛すんだろ?」
「確かにそうだけど、それがどうかしたのか?」
「護衛ってのは守る相手の身の回りの世話するもんだろ。お茶汲みとか肩揉むとか。それが騎士の任務じゃねぇの?」
「……、今すぐ日々命がけで任務にあたってる騎士に謝れ誠心誠意謝れ」
ミトネのあっけらかんとした無茶苦茶な持論に、こめかみを引き攣らせながら怒りの突っ込みを入れるソルマ。
だが、ミトネは彼の突っ込みにも全く動じる素振りはなく、むしろ不満そうに口を尖らせると、
「えー何だよ茶汲みの一つや二つ。ソルのケチー」
「ケチとかそういう問題じゃなくてだな…。はぁ、全く今回だけだからな」
結局ソルマが折れるような形となり、渋々部屋の片隅に置かれたティーセットへと目を向けると、ティーカップにお茶を注ぎミトネの前に置いて見せた。
「おっ、悪ぃな」
「本当に悪いと思ってるなら次から自分でやってくれ」
「まぁそんな固い事言うなよ、アタシとお前の仲だろ?」
「どんな仲だよ全く…」
へらりとまるで悪びれる様子なく笑い飛ばすミトネに怒る気力も失せたのか、盛大に溜息を零すソルマ。
そうこうしていると、閉じられた扉の向こうからノックの音が聞こえてきた。
「聖女様、枢機卿様と共にご客人をお連れ致しました」
どうやら声の主は枢機卿と共に客人を迎えに行った司祭であろう。
その言葉に一瞬にしてその場には張りつめた空気が支配し、ミトネも表情を引き締めて聖女の仮面を被る。
小さく咳払いをしてから、朗らかな声でこう返答した。
「お連れ下さり、ありがとうございます。どうぞ、お入り下さいまし」
「畏まりました」
司祭からの返事が聞こえて一呼吸置いた後、徐に扉が開かれる。
2人の視界に飛び込んできたのは、司祭と先程の護衛の騎士と枢機卿、そして彼らの後ろに客人と思しき1人の男性の姿、さらにはその男性の護衛と思しき騎士の姿があった。
何とも物腰柔らかそうなその男性は随分と高級そうな服を身に纏っており、高貴そうな雰囲気を醸し出していた。