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煌天の蒼月 第2部  作者: 天空朱雀
第1章 聖都に住まう聖女と教会騎士
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第4話

ソルマが向かった先は、テンプルナイトの生活の場でもある寄宿舎。

身寄りが無く元々教会に引き取られた孤児出身の者や、騎士としての職務にその身を捧げた者達が暮らしている。


ソルマも、この寄宿舎に身を寄せる騎士の1人。

彼は元々孤児で頼る家族も身を寄せる家も無く、幾つもの街を転々としながら浮浪児として毎日を必死に生きてきた。

だが、ひょんな事から修道院に引き取られ、以来彼にとって教会こそが生活の場でもある。


彼は慣れた足取りで自分に割り当てられた部屋の前まで足を運ぶ。

扉の鍵穴に鍵を差し込もうとするが、どうやら鍵はかかっていない模様。

もしや、と思いつつドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開くソルマ。


扉を開くや否や、彼の視界に飛び込んできた光景に思わずその場に石化するかのように硬直してしまった。

だが、それも無理は無いだろう。

室内には2人の男女が先客として既に居り、それだけならまだしも互いの息遣いが聞こえそうな程密着した2人は熱い視線を互いを絡ませながら愛を囁き合っていたのだから。

俗に言えば、室内中に甘ったるい空気をぶちまけながら、完全に2人の世界に突入してイチャイチャしている、といった状況である。


あまりに動揺している為か、非難の声でもあげようとするも口から吐き出されるのは言葉にもならない呼吸だけでまるで金魚のように口をパクパクさせているようにしか見えない。

暫く時が止まったかのようにその場に固まってぽかんとしていると、漸く男の方がソルマの存在に気付いたらしい。

蒼穹のような澄み切ったブルーアイをソルマに投げ掛けながら、まるで悪びれる様子も無く。


「うぃーっす、意外と戻ってくんの早かったじゃねぇか、ソル」


金色に所々緑のメッシュが入った髪、そして立ち振る舞いや服装から何となく軽そうな印象を受ける男であったが、その口調も例に漏れず重みを全く感じさせないもので。

にかっと無駄に爽やかな笑みをソルマに向けつつひらひらと手を振るその男の姿に、ソルマの中で何かが音を立ててキレた。


「…一体これはどういう事だ…? 俺は前から耳にタコが出来る程部屋に女性を連れ込むなって言ったよな…?」


「あーそうだっけか? まぁ細かい事はいいじゃねぇか、その場のノリ? 的なヤツでさーそういうのって大事じゃね?」


「大事な訳あるかああぁぁぁっ!」


ソルマの会心のツッコミが炸裂し。

一方、女性の方はと言えば何が何だか分からない、と言った様子でソルマと金髪の男の顔を交互に見遣る。

偶然ソルマと女性の視線が合った瞬間、ソルマは一瞬恐怖に怯えるような表情を浮かべるなり、わざとらしく顔を背けて視線を外した。


「まぁまぁ、そんな固い事言うなよな~? 今丁度盛り上がってた所だし、お前もそこで空気読めって、な?」


「『な?』とか言われても困るんだけど…。大体、此処自分の部屋でもあるのに何で俺が空気読まなきゃいけないんだよ」


「ちぇー、しょうがねぇな。ごめんなー、この続きはまた今度って事でさ」


さらに食い下がる男であったが、ソルマに一刀両断されて漸く諦めたらしく、残念そうに口を尖らせれば傍らの女性に事情を説明し、名残惜しそうにキスを落とす。

女性も何となく色々と察したようで、物足りなさそうにはしていたものの大人しく部屋を去っていった。


「……で、俺に言う事あるよな?」


「へ? あぁ、女の子との大事な時間ぶち壊しやがってふざけんなこの野郎、だっけ?」


「何でだよ違うだろ!? 勝手に女性連れ込んで済まなかった、だろうがっ!」


だんだんツッコミを入れるのも疲れてきたのか、頭を抱えながら盛大に溜め息を零すソルマ。

しかし、金髪の男と言えばまるで悪びれる様子も無く、


「お前もさ~、少しは女の子と遊ぶ事覚えろよ。人生の半分は損してんぞ?」


「半分って…お前の中でどんだけ比率多いんだよ。それに…シグだって知ってるだろ、俺が女性恐怖症だって事」


語尾が僅かにトーンが落ちた事に、シグと呼ばれた金髪の男──本名はシグニスというが──が気づかない筈も無く。

彼も一瞬眉を顰めるものの、すぐにいつものへらりとした調子に戻る。


「だから、それも含めてだよ。何時までもそのままじゃ不便だろ?」


「…うっ、それはそうだけど…でも無理なものは無理なんだよ」


シグニスの言い分も一理あるのか、うっと言葉に詰まるソルマ。

どうやら、ソルマが女性恐怖症だという事をシグニスも知っているようだ。

だが、それを知っていてあえてソルマと同室であるにも関わらず女性を連れ込む辺り、悪意が無ければ相当えげつない性格であると言わざるを得ない。

ソルマにしてみれば、シグニスと同室になってしまった時点で運の尽き、といった所か。


「…はぁ、全く…折角部屋に戻って休もうと思ったのに、余計疲れた…」


肺の奥に溜まった息を吐き出すと、シグニスに背を向け心底疲れ切った声色でそう呟く。

だが、シグニスに背を向けてしまった事をソルマは後々後悔する羽目となる。

何か良からぬ事を思いついたらしいシグニスがニヤリと含み笑いを浮かべたのに気づけなかったのだから。


「だったら、オレが癒してやろうか?」


「ひゃあぁっ!?」


何時の間にか足音も立てずにソルマの真後ろに距離を縮めていたシグニスが、彼の耳元にいきなりふっと息を吹きかけたのだ。

一方、こんな突拍子も無い事をされるとは微塵も想像していなかったソルマは完全無防備だったようで、息を耳に吹きかけられると反射的に間抜けな声を上げると、動揺のあまり僅かに顔を赤く染めた。


「なっ、なななっ何を一体…っ!?」


「あ、何だ結構元気そうじゃん。さっすがオレ、元気づけるの上手いな~」


「いやいやいや、元気とかそういう問題じゃないだろ!? それに何だよ今の!?」


未だに先程の何とも言えない感覚が残る耳を押さえながら、全力で非難の声を上げるソルマ。

しかし、そんな彼の反応も面白いのか、シグニスはけらけら笑い飛ばす始末。

怒る気力さえ勿体ない、と判断したのかソルマは本日何回目になるか分からない溜め息を零せば、


「全く…シグと話してると何か凄い疲れる…。本気でちょっと休もう…」


そう呟いてベッドに横になろうとしたソルマであったが、不意に扉の先から聞こえたノックの音で思わず足を止めた。


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