第21話
先程まで街中を覆い尽くしていた喧騒は何処へやら、嵐が過ぎ去った後は不気味な程に静けさと穏やかさが辺りを包み込む。
そんな中でも一際静寂の色が強いのは街外れにある小高い丘だ。
此処は普段から人気はほとんど無いのだがそれもある意味では至極当然。
何故ならば、共同墓地として使用されている場所であり、大勢の魂が眠っているからだ。
墓参りにやってくる者もおらず、何処となく寂しげな空気が包み込む中。
とある墓標の前で座り込む一つの姿があった。
そして、墓標には可愛らしい花束が微風にゆらゆらと揺れていた。
「此処に来るのも一年ぶりだったけか? いや~すまんね。なかなかこっちにも来れなくてさ」
座り込む人影──キーゼは目の前で眠る魂に声を掛けつつ、ポリポリと頭を掻いて見せる。
刹那、吹き抜ける微風がキーゼの頬を撫でてゆく。
それを構う事無く続きの言葉を紡いだ。
「相変わらず此処は長閑だよなー…って、ついさっきトラブルに巻き込まれたっけか。おれ非番だったのに結局王子サマにこき使われちまうしいつもと変わんねぇっつの」
おどけてへらりと笑いを零しつつも、他愛も無い世間話を淡々と繰り返すキーゼ。
すると、そんな彼の背後から一つの声が降り注いだ。
「おいおい、人のデートの邪魔するなんざ野暮な奴のする事だぜ」
明らかに刺のある嫌味たっぷりの言葉を投げかけられ、思わず喉元まで出かかっていた言葉を飲みこんでから弾かれるように声のする方へと視線をずらす。
そこにはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべたシグニスの姿があって。
彼にしては珍しく、眉間に刻まれた皺は相当に深く目の前の人影──キーゼに確かな敵対心を剥き出しにしているのが一目瞭然であった。
「ちょ、流石にデートの邪魔とか空気読めない事しないけど?」
「してんだろ現にこうして。…ってか、何しに来た」
「何しにって…見りゃ分かんだろ。墓参りだよ墓参り」
よっこらしょ、と立ち上がるキーゼではあるが、目線は一切逸らそうとはせず立ち上がる事で漸く2人の眼差しが対等な位置でぶつかる。
2人の間に明らかな温度差が立ち込めながらも、キーゼはそれに気づいているのか否かいつもの調子を崩そうとはしない。
だが、そんなキーゼの態度が気に食わないのかシグニスの眉間の皺が一層深くなった。
「来なくていい。アンタに母さんの墓参りに来られるだけで胸糞が悪くなる」
「いやいやいや、それ幾らなんでも言い過ぎじゃね? 一応、おれにとっても無関係な人じゃないんだし」
「……、あの男の血を引いてる奴に墓参りに来て欲しくねぇって言ってんだよ」
「それ言うならあんたもそうだろ? 同じ穴の狢じゃねぇか」
「……。」
「な、ちょ睨むなって」
へらりと気の抜けた笑みを浮かべながらおどけるキーゼであるが、シグニスから放たれる殺気にも似たオーラに思わず身じろぐ。
シグニスがキーゼに対してどんな感情を抱いているのか…それは最早一目瞭然。
勿論それをキーゼも熟知しているからこそ、これ以上何も語る事は無かった。
「…ま、あんたが何を思おうとさ、おれにとっては大事な弟に変わりねぇって事だけは覚えといてくれよ。じゃあな」
屈託のない笑顔が、キーゼが嘘をついていない事を示唆していて。
シグニスが何か言うより早く、ポンポンと軽く彼の肩を叩いてからその場を後にした。
後に残されたのはシグニスばかり。
彼は何とも言えない複雑な表情を浮かべて小さく息を吐いた。
「あの男の事を許せる訳ねぇだろ…!」
シグニスの母はとある国でメイドとして働いていた。けれど仕えていた屋敷の主との間に子供を身籠った結果、その場を追われる事になってしまった。
結果ルーチェに流れ着いてシスターとなったのだが、たった1人で各地を彷徨い歩いた母の苦労も悲しみも分かっているからこそ、シグニスの胸には今もわだかまりが残っているのだ。
母親がこうして墓標で眠っている今となっても。
シグニスはどす黒い感情を胸の奥へ追いやってから、改めて眼前の墓標へと視線をずらす。
その眼差しは、先程とは打って変わって優しさに満ち溢れていた。




