第17話
「…私の言いたい事は分かっただろう? ならば早々に退け。親が子供を助ける事の何が悪い?」
そう言い捨てるルアンの父親の双眸には、最早迷いなど微塵も無い。
あるのは覚悟と決意の光だけだ。
すると、今まで後方に下がって一同のやり取りを黙って傍観していたローブの人物が、おもむろに口を開いた。
「早く宝玉を寄越せ。これ以上邪魔される訳には行かない。…貴公も、此処で宝玉を奪われる訳には行かないだろう?」
一切の感情を孕まない機械的な声でただ片手を差し出すローブの人物。
その人物の言う事も尤もだと判断したのだろう、ルアンの父親はそのまま無言で宝玉を差し出そうとした──その時であった。
「だから言ったろ? 幾らその宝玉を使った所でもうどうにもならねぇって」
「…フン、戯言を。これさえあればルアンの病気は治る、元気になる筈なのだ…!」
シグニスが宝玉をローブの人物に渡さんとする為に嘘をついていると思ったのか、全く彼の言葉に耳を貸そうとはしない。
そんな返答がやってくるのは織り込み済みだったのだろう、シグニスは小さく溜息を吐いてから酷く重々しい声色でこう言い放った。
──まるで死刑宣告でもするかのように。
「死んだよ、ルアンは」
「──っ!? 何を…!?」
シグニスの口から放たれた真実があまりにも許容しがたくて、認めたくなくて頭が上手く処理してくれない。
目を見開いたまま口から零れるのは言葉にもならない細切れの吐息ばかり。
すると、シグニスはひどく淡々とした声色で畳み掛ける。
「さっきまでアンタんとこの姉弟と会ってたんだから間違いねぇよ。…何で死んだか、教えてやろうか?」
「……っ」
ルアンの父親は何も発しようとはせず無言を貫いていたが、それを肯定と判断したシグニスはゆっくりと口を開いた。
「アンタがその宝玉に街中の生気を吸い取った時…ルアンもその対象だったってワケだ。皆は体調崩すくらいで…まぁ、中にはソルみてぇにガキの姿になっちまう場合もあるけど…とりあえず生死に関わるレベルじゃねぇけど、ルアンがそんなんに耐えられるワケねぇのはアンタだって分かんだろ?」
シグニスの放つ言葉はぐうの音も出ないくらいの正論で。
勿論、それはルアンの父親の胸にも響かない訳が無い。むしろ、彼の心を粉々に打ち砕く程に。
「そんな…まさか、そんな事が…」
ただうわ言のようにふらつく足元でそれだけを何度も繰り返すばかり。
最早、彼にどんな言葉をかけた所で無駄であろう。
その瞳に、もう何も映していないようであった。
「嘘だ…嘘だ、ルアンが死んだなんてそんな…」
「そんだったら確かめに行ったらどうだ? ま、確かめた所で真実は変わんないけどな」
「じゃあ…じゃあ私は一体何の為に……っ、そうだ!」
頭を抱えながらぶつぶつと何か呟いていたが、急に何か思い出したようにハッと顔を上げると後ろに控えているローブを着た人物へと掴みかかった。
「どういう事だ!? 息子なら大丈夫と…息子からは生気を抜き取らないと言ったではないか!」
「……、結果論だ。貴公にはもう必要のないものなら尚更…寄越せ」
ローブを着た人物は吐き捨てるようにそれだけ言い切ると、宝玉を奪い取らんばかりの勢いで手を伸ばす。
しかし、ルアンの父親はそれから逃れるように咄嗟に横に跳んで距離を取った。
「ふふ…はは、ははははは…私は…私はルアンを助けたかっただけなのに…そうか、それどころかルアンを殺したのは……」
まるで狂ったような耳障りな笑みを浮かべていたルアンの父親であったが、おもむろに片手を掲げてみせる。
必死に繋ぎ止めていた感情がばらばらに崩壊するかのように…堰き止めていた様々な感情が溢れ出るように。
──刹那。
翳した宝玉から眩いばかりの閃光が溢れ出したかと思えば、そこから強大な力が一気に放出される。
そしてそれは流星のように街中に降り注いだ。
「ちょっ、何だよコレ!?」
「もしかして…街の人から吸い取った生気を元に戻す…的な?」
目の前で繰り広げられる光景に驚愕の表情を浮かべて辺りを見渡すユトナとキーゼ。
もし2人の仮説が事実ならば、最早宝玉を取り返す必要は無い。
一方、片手を翳すルアンの父親を満足げな眼差しで見遣るシグニス。
「…これがアンタなりの贖罪ってヤツか?」
「必要が無いから手放した。それだけ……っ!?」
ルアンの父親の言葉は最後まで紡がれる筈は無かった。
それもその筈、彼の脇腹に凄まじい激痛が走ったからだ。
激痛だけではない、身体中が燃え上がる程の熱さを覚える。




