第11話
「……へっ? オレにか?」
素っ頓狂な声を上げるシグニスの顔を真っ直ぐ見据えると、真剣な面持ちでゆっくりと頷くルアン。
すると、少し決まり悪そうに姉へと視線をずらせば、
「あの…その、出来れば騎士さんと2人だけでお話ししたいんだけど…」
「おっ、男同士のハナシってヤツか~? ま、男にゃ女の子には聞かせらんねぇ話の一つや二つあるってもんだ。アニスちゃん、悪ぃんだけど…」
「そうね…ルアンがそう言うなら。でも、もし何かあったらすぐ呼んでね」
つられてアニスに控えめな眼差しを向けるシグニス。
2人のそんな何とも言えない視線に気づいたのか、アニスも空気を読んで小さく頷いてから部屋を後にした。
後に残されたのは男2人ばかり。
一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開いたのはルアンであった。
「その…僕の父親の事なんだけど…」
「父親? へぇ~、親父さんがどうかしたのか?」
「うん、最近…どうも様子がおかしいんだ」
ルアンの思い詰めたような表情から、彼が冗談や嘘を言っている訳ではなく本気で思い詰めている様子が窺える。
シグニスもそれをいち早く察したのか、すぐさま続きを促す。
「家に居てもどこか上の空だったり、かと思えば急に思い詰めた顔したり…。それに、前に僕が家の傍を散歩した時、お父さんが知らない人と何か話してるっていうか…何か揉めてるように見えてからどうしたんだろうって思って」
「成程…。んで、その知らねぇ人ってのはどんな奴だった?」
「う~ん…お父さんの影になっててよく見えなかったし、真っ黒なローブ被ってて顔も全然見えなかったよ」
「うわ、いかにも胡散臭ぇ奴だな。どうせ碌なもんじゃねぇだろ」
当時の事を思い浮かべているのか、視線を宙に彷徨わせながらそう答えるルアン。
「だからお父さん、何か妙な事に関わってるんじゃないかって…。それに、前にも僕に『もうすぐ病気を治してやるから心配するな』って言ってて…今までそんな事、一度だって言った事無いのに」
「でもそれは、効果がある薬とか見つけたんじゃねぇか?」
シグニスの前向きな発言に対し、ルアンは何処か諦めたような乾いた笑みを浮かべる。
「…それは無いと思う。どのお医者様も、治る見込みは無いって言ってたから。それに、今までそんな事一言も言ってなかったお父さんが急にそんな事言いだしたのが気になったんだ」
「……、そうか…。でも、それじゃあ何で急にそんな事言い出したんだろうな?」
何か慰めの言葉でもかけようとして、すぐにそんな浅はかな考えは捨て去る。
恐らくルアンとて自分の身体の事は自分が一番分かっている筈だし、慰められても余計虚しくなるだけだ。
「だから、余計気になったんだ。それに僕…怖いんだ。凄く嫌な予感がする。騎士のお兄さん…もし、お父さんが何か良からぬ事に手を出しているのなら……げほっ!?」
切羽詰った表情と共に必死の懇願をするルアンであったが、その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
慌てて彼の顔を覗き込むシグニス。
「おいおい、大丈夫かよ? あんま無茶すんなって」
「げほっ、ごほ…っ、だ、大丈夫…お兄さん、お願い…」
「…分かった。オレが何とかしてやるよ。だからお前はゆっくり寝てろって」
咳き込むルアンの背中を摩ってやりながら、シグニスもまた神妙な顔つきできっぱりとそう答える。
彼を安心させる為の方便ではなく…シグニスもまた、彼の言葉に不審な思いを募らせたから。
「うん…ありがとう」
迷いのないシグニスの返答に、力なく微笑むルアン。
伝えたい言葉は全て言い終えたのか、その表情は何処か穏やかで。
「そんじゃまぁ、アニスちゃん呼んで……」
言いかけて、不意に辺りの空気が一瞬変わったのを感じ取ったシグニス。
纏わりつくような、身体に圧し掛かるような…そんな不気味な気配を感じたのも束の間、急激に身体から力が抜け落ちていくような感覚に襲われる。
「ぐっ…!? 何だよコレ…!?」
足がふらついてまともに立っていられず、頭を抱えながら咄嗟にベッドの縁に凭れかかるシグニス。
もしこの異変が自分だけでなく、他の皆にも起こっているのだとしたら──…
「おい…ルアン、大丈夫か…?」
病に侵され体力を消耗しているルアンも同じような現象に襲われたのならば、彼がそれに堪え切れるとは到底思えない。
シグニスの胸を言いようのない焦燥感が押し潰した。




