第9話
◆◇◆
「…おや、戻られましたか。それで…首尾は如何です?」
「ええ、少しですけれど教会の様子も把握出来ましたわ」
ベッドに鉛のように重い身体を横たえながらぼんやりと窓の外の景色を眺めていたロゼルタであったが、軽やかな足音が耳に飛来し反射的に音のする方へと視線をずらす。
するとその先には、部屋に戻ってきたらしいミトネの姿があった。
──ユトナとキーゼの2人を見送ってから、そういえば教会の様子はどうなったのだろうと気になったミトネがロゼルタを部屋に残して単身司祭等に聞き込みにいったようだ。
ロゼルタを1人残す事に躊躇いが無かった訳ではないが、体調も幾分かマシになった事と、ロゼルタからの強い要望もあって聞き込みに向かったらしい。
そして現在、こうして収穫を報告する為に戻ってきたという訳だ。
続きを促すロゼルタに対し、ミトネの表情は何処か浮かないもので。
「やはり教会内も被害に遭っていましたわ。被害状況は、恐らく街の人々とさほど変わらないのではないかと…。此処は街中に比べて神樹の加護も大きいと思っていたのですが…」
「成程、矢張りそうでしたか。それならば、今回の事件と神樹は無関係かもしれませんね。まぁ、今の時点で結論付けるのは早計ですが」
「それと…人々から奪い取られた生気が何処かに集められていくのを目撃した方もいらっしゃるようですわ。それが事実だとして、一体何の目的があってそんな事をしたのかしら…?」
「犯人が何らかの目的を持って人々から生気を奪い、何処かに集めていた…如何にも、嫌な予感しかしないですけどね」
「本当に厄介な事になりましたわね…犯人見つけたらぶっ飛ばし……コホン、何か恐ろしい事が起こりそうで怖いですわ」
神妙な顔つきで互いに推論を交わす2人。ミトネから若干本音が零れ落ちそうになったが、上手い具合に咳払いをして何とか誤魔化せたようだ。
その間もロゼルタは眉間に皺を寄せつつあれこれ思案を巡らせていたようであったが、情報が不確かな今これ以上考えても結論は出ないとあっさりと思考を放棄する。
「何にせよ、あの2人が戻ってこない事にはどうにもならないですね。私達は此処で大人しくしていましょう」
「わたくしも、もう少し身軽ならばお手伝いも出来たでしょうに…」
済まなさそうに目を伏せるミトネ。
それが何時もの猫被りによるものなのか、それとも──…
「……ふふ、貴方が本当に関心があるのは、例の彼を元に戻せるかどうか、そして迷子になった彼を探し出せるか…その辺りでしょう?」
「……! べ、別に…わたくしには関係ありませんわ」
不意に話題を逸らされて、ミトネは一瞬返答に戸惑うと彼女にしては珍しくうっと言い淀んでしまう。
しかし、ロゼルタはそんな彼女の動揺を見逃さなかった。
「そうですか? 別に隠す必要は無いと思うのですが…それとも、聖女は純潔でなければならないのですか?」
「いえ、そういう事はありませんけれど…ソルは只の幼馴染ですわ」
「ほう…それなら尚の事、隠さなくて良いのでは?」
「……っ、ですから、貴方が邪推しているような事は何一つありませんわ」
“何一つ”という単語をこぶしをきかせてやたらと強調するミトネ。
今まで誰かにこうして茶化される事も無かったのだろう、いつものように朗らかに切り返す事も穏やかな微笑みで誤魔化す事も出来ずに若干ムキになって否定するばかり。
やはりこの王子、食えない奴…! と内心警戒心を露わにしつつ、ミトネの脳裏を過るのは幼少時代のソルマの姿。
まさか、またあの姿に出会う事があるとは。否応にも幼い頃の記憶を呼び起こさずにはいられない。
あの頃は必死に生きてきた。明日がどうなるかも分からない…常に死と隣り合わせの中で。
今、こうして聖女と崇め奉られている自分とは天と地の差だ。
けれど、あの時と今と、どちらが“自分”なのだろう──…。
「──聖女殿? どうかなさいましたか?」
「……! あ、わたくし…?」
「急にぼんやりし出したから何があったのかと心配しましたよ。大丈夫ですか?」
「え、ええ…ちょっと考え事をしていただけですわ」
何時の間に思考の渦に呑み込まれてしまったのだろう。
一旦肺の奥に溜まった息を吐き出しつつ、小さく首を振ってから気を取り直すミトネ。
尚も訝しげな視線を送るロゼルタに、ミトネは反撃に打って出る事にしたようだ。
「わたくしの事はこのくらいにして、王子様の方はどうなんですの?」
「…はい? 私の方…と仰いますと?」
突如半ば無理矢理に話題を切り替えられて、きょとんと首を傾げるロゼルタ。
すると、ミトネはここぞとばかりに一気にこう畳み掛けた。
「貴方が連れていらっしゃる騎士様…シノアさんと仰いましたね、あの方と随分親しげに話してらっしゃるのですね。ご友人とか…幼馴染だったりするんですの?」
ミトネがシノアと呼ぶ騎士は当然、正体を隠しているユトナの事。
勿論、ミトネはユトナを男性を思っているので色恋沙汰を邪推している訳では無さそうだ。
しかし、ロゼルタは一瞬言葉に詰まった後、すぐさまいつもの朗らかな表情に戻れば、
「まぁ、ちょっとした腐れ縁みたいなものはありますが、幼馴染でもなければ友人なんて滅相も無いですよ。それこそ貴方の勘繰りです」
「あら、そうなんですの? その割には気心知れた感じに見えましたけれど。それに、お2人共何か隠してらっしゃいません? 何か、2人の間だけに通じる空気のようなものを感じたのですけれど…」
鋭い言葉に、ロゼルタが刹那表情が凍りつく。
まさか、ユトナが隠している秘密に感づいたのでは…? という疑念を抱きつつ、決してボロを出して自滅はしないようにと細心の注意を払う。
「どうしてそう思うのです? きっと気にしすぎだと思いますよ」
「そうですわねぇ…女の勘、ですわ」
ミトネは人差し指をすっと口元に当てると、にっこりと少し悪戯っぽい微笑みを浮かべた。