第7話
「恐らくは教会でそのうち動き出すでしょうけれど…こちらとしても独自に動く必要がありそうですね。フェルナント国第一王子として命じます。2人共…今回の騒動の原因を調査なさい。出来れば解決に向かえれば良いのですが…流石にそこまで高望みはしません」
「え、オレ達がか?」
「国外でこういう命令を出すのも少々気が引けますが…仕方ない。それに、これ以上被害が拡大してこちらに損害が出ても困りますし」
「はぁ…何だよそっちかよ。しょうがねーな、どっちにしろほっとけねーしやってやるよ」
「えー若しかしておれも? 用事あるんだけどなぁ…残業代ちゃんと出して下さいッスよー」
ユトナとキーゼは──主にキーゼであるが──どうにも気乗りしないようであったが、ロゼルタの命となれば無下には出来ないであろう。
そんな3人のやり取りを遠巻きに見守っていたミトネであるが、パッと顔を明るくさせると、
「これはこの街の問題ですのに…けれど貴方達も協力して下さるのなら心強いですわ。どうか宜しくお願い致します」
「いえいえ、礼には及びませんよ」
ミトネのまさに聖女の微笑みに王子の仮面を被ったロゼルタがこれまた作り笑いを浮かべる。
「そんじゃま、行ってくっか。馬鹿王子もそこで大人しく寝てろよー」
「貴方みたいに考えなしの猪突猛進ではありませんから大丈夫ですよ。さっさと行ってきなさい」
ユトナの嫌味もまるで意に介さず、むしろさらに嫌味を上乗せするロゼルタ。
手をひらひらさせながらユトナとキーゼは部屋を立ち去った。
後に残されたのはミトネとロゼルタばかり。
ミトネは手を振り微笑みながら2人の背中を見送ってから、改めてロゼルタへと向き直った。
「本来ならばわたくしも皆さんの手助けに参りたいのですが…わたくしは此処から離れる事は出来ませんので。こういう時、自由ではない身体が口惜しいですわ」
「籠の中の鳥は苦労しますね…お互い」
「ふふ、そういう意味では貴方もわたくしも似たようなものですものね」
互いに自嘲めいた笑みを浮かべながらそんな会話を交わす2人。
元々はユトナのように頭で考えるより身体が先に動くタイプではないとはいえ、自分の意志で好きなように行動出来ないのは口惜しいものがあるのだろう。
それに何より、深層心理ではソルマの身を案じているというのもある。
彼が自力で元の姿に戻る可能性が極めて低い事は明白であるし、それならば自分が何とかしたいという気持ちが心の奥底にあるのは間違いない。
勿論、ミトネ自身そんな願望に気づいているかは定かではないが。
「心配な気持ちは分かりますが…大丈夫ですよ。フェルナント国の騎士は皆優秀な者ばかりですから。あの2人も例外ではありません。…まぁ、片方は向こう見ずで冷静さと知能が足りませんけれど」
ロゼルタの、信頼を寄せているからこその毒舌なのか、只の悪口なのか分からない発言に思わず忍び笑いを漏らすミトネ。
「ふふ、勿論頼りにしておりますわ」
「街の事もそうですが…貴方の幼馴染の件も悪いようにはしない筈ですよ。…気になっているのでしょう? 彼の事が」
「…え? べ、別に気にしていない…という訳ではありませんけれど、彼だけ贔屓している訳ではありませんわ」
「おや? 無理なさらなくてもいいのに…まぁ、貴方がそう仰るならそういう事にしておきましょうか」
「あら、ロゼルタ様ったら意地悪ですのね? …そういえば、ソルも随分大人しいですわね…飽きてしまったかしら?」
ミトネの関心はひょんな事から話題になった、子供の姿へと変貌したソルマへ。
そういえば先程から全く彼の声がしないからどうしたものかと辺りを見回すが、そこにある筈の姿がそこにはなかった。
「……? ソル…? 何処へ行ったの?」
ミトネの顔に、僅かな困惑と不安の色が浮かぶ。
漸くロゼルタも異変に気付いたようで、眉をしかめながら声をかけた。
「彼の姿がありませんね…不味いですね」
「ソル! ソル、何処に行ったの!? 居るなら返事をして!」
ミトネにしては珍しく何処か焦りを孕んだような表情で部屋中を探すが、当然の如くソルマの姿は無く。
すぐさま部屋を飛び出し教会中や司祭、シスターに尋ねてみるものの大した情報は得られなかった。
がっくりとうなだれていると、流石に心配になってきたらしいロゼルタが何とか身体を引き摺りミトネに声をかけた。
「やはり…いないようですね。まぁ、子供は何の考えも無しにふらっと何処かへ行ってしまうものですから…ずっと話にも入っていけなかったですし詰まらなくなって街へ行ってしまったのでしょう」
「…の、ようですわね。けれど…困りましたわ、あの状態のソルを1人で街にだす訳には…」
「それなら、シノアとキーゼに併せて彼の捜索も依頼しましょう。2人共、まださほど遠くへは行っていないでしょうし」
「はぁ…申し訳ありません、お手を煩わせてしまって。お願いしますわ」
──ったくあのバカ…ガキになっただけでもめんどくせぇのに勝手に迷子になりやがって…本当しょうもねぇ奴だな。
…と内心では口汚く罵るものの、流石にそれを表面上に出す訳にはいかないのでとりあえず胸の内に留めるだけに終わらせる。
ふと窓へと視線をずらせば、空に浮かぶ雲だけはただゆっくりと流れて行くばかりであった。