第4話
「おい2人共大丈夫……ってロゼルタ!?」
鉄砲玉のように飛び出していったユトナの視界に飛び込んできたのは、気怠そうに頭を抱えながらその場に膝をつくミトネと、力なく倒れ込むロゼルタの姿。
その光景にユトナの心がずきりと痛みだすのを感じ、焦燥感に支配されまごついた様子でロゼルタの傍に駆け寄った。
「しっかりしろよ何やってんだ馬鹿王子!」
「……煩いですね…耳元で喚かないで下さい。それと…馬鹿は余計ですよ」
「何だ、驚かせやがって。心配して損したぜ」
「ほう…心配なさって下さったのですか?」
「……! べ、別にしてねーよ勘違いすんな!」
ぐったりと地面に倒れ込むロゼルタの肩を困惑した表情で揺さぶっていたユトナであったが、暫くして気怠そうに瞼を押し上げ嫌味を零すロゼルタにホッと安堵の息を吐く。
しかし、さりげなく揚げ足を取られたような結果となりユトナは一瞬カッと顔を赤らめてから力の限り否定してみせた。
意識は取り戻したものの未だ立ち上がるまでの体力は戻っておらず、その顔色は真っ白で血の気を一切感じない。
気怠そうに頭を抱えながら、視線だけユトナと、遅れてやってきたキーゼへ向けた。
「おや…貴方まで此方に来ていたのですね。それにしても、貴方達は何故此処に? 異変に気づいて駆け付けたにしては早すぎますし」
「いや~おれは偶然シノアの姿見つけたから声かけただけだし。おれ達お宅らのすぐ傍にいたんだぜ?」
「すぐ傍に…?」
キーゼの言い分に、思わず眉をしかめながら訝しげな眼差しを投げかけるロゼルタ。
一方、余計な事を言うんじゃないと責めるようなアイコンタクトをキーゼにぶつけつつ、決まり悪そうに頭をわしわし掻くのはユトナ。
「あーいや、オマエら2人にしとくと危なっかしいっつーか…まぁいいだろ細かい事は!」
手をぶんぶん振りながら言い訳にもならない言い訳で何とか乗り切ろうとしているユトナであるが、ロゼルタの鋭い眼差しは相変わらず。
明らかに居心地悪そうにユトナは暫く目を泳がせていたものの、先に折れたのはロゼルタの方であった。
「…まぁいいでしょう。今そんな事を追及している場合ではありませんから。貴方達も…感じましたよね? 奇妙な感覚の後、身体から生気が奪われていくのを」
「おう、一応オレらは動けるけど、今も身体怠くてしょうがねーぞ。どーいう事だよコレ? この街じゃこんな物騒な事がさらっと起きんのかよ?」
「まさか、そう頻繁にあっては困りますわ。こんな奇妙な出来事に巻き込まれたのは初めてですもの」
ユトナの仮説にいち早く異議を申し立てたのはミトネだ。
彼女も生気を吸い取られたのだろう、顔色は蒼白でぐったりした身体を投げ出すようにその場に座り込んでいる。
「ん~、そんじゃ神樹が生気ドレインしたとか?」
次いでキーゼが仮説をミトネにぶつける。
しかし、彼女は首を横に振る事で否定してみせた。
「そんな…とんでもないですわ。神樹はただそこにあってわたくし達を見守る存在、それが意志を持ってわたくし達に害を成すだなんて有り得ません」
ぐうの音も出ない程きっぱりと否定されて、キーゼもそこであっさり引き下がったようだ。
彼自身、ミトネに一刀両断される事はある程度予測していたのだろうが。
「だとしたら…色々と謎が残りますね。まずは自然現象なのか、それとも人為的に引き起こされたものなのか…。元凶は何で、人為的に引き起こされたのならその目的は何、か…」
ロゼルタはいつになく真剣な眼差しで次々言葉を並べていくが、だんだんと話をするのも億劫になってきたのか疲弊しきった様子で溜息を漏らした。
「さぁ…わたくしにも分かり兼ねますわ。とりあえず、一旦教会に戻りましょうか? 若しかしたら、街にも同じような症状に襲われた人達が居るかもしれませんわ」
ミトネは困惑した様子で眉をしかめていたが、自分が口にした“街にも同じような症状に襲われた人達”という文言に何か思い出したのだろうか、急にハッと顔を上げた。
「そういえば…ソルは大丈夫かしら。貴方達はソルと一緒ではないんですのね?」
「え、いやアイツも一緒だったぜ。ほら、あっちにいる…筈…?」
ミトネに問いかけられて一瞬きょとんとしたユトナであったが、そういえばソルマも一緒であったと今更思い出して彼がいるであろう方向へ指差した…のだが。
ユトナが指差した先にソルマの姿は何処にも見当たらず、その代わりに一同の視界に映り込むのは1人の小さな男の子であった。
大人用の服を身に着けているようだが勿論サイズは合わずぶかぶか、しかも何故自分が此処に居るのか分からない、とでも言いたげな不安そうな表情を浮かべつぶらな瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
さらに、一同の視線を一身に受けているのに気づくとビクッと肩を震わせ、おろおろと不安そうに眉尻を下げている。
「まさかあの子…」
突如現れた男の子に見覚えがあったミトネはポツリとそう漏らすと、いてもたってもいられず男の子の元へと歩み寄っていった。