第3章
「おっすおっす何やってんだシノア?」
「ぎゃあああああっ!?」
不意に背後から声をかけられた上にポンと肩を叩かれたのがよほど驚愕だったのか、反射的に悲鳴にも近い声を上げるユトナ。
しかし、よくよく聞いてみればその声には聞き覚えがある上にユトナを“シノア”と呼ぶ時点で声の主に大体の目星はついていた。
ふぅ、と小さく息を吐いてから、気を取り直して改めて振り返れば、ユトナが思い浮かべていたのと全く同じ姿がそこにはあった。
「な…ななな何でキーゼが此処にいんだよ!?」
「え、いちゃ悪い?」
ユトナがわなわなと震える指で指差した先、そこに居た者とは。
フェルナント国騎士団に所属しユトナの同僚でもあるキーゼ、その人であった。
一方のキーゼと言えば、ユトナの驚愕した顔を何処か面白そうに眺めつつ、あっけらかんとした口調で返答する。
「いや、悪いっつーか何つーか…だって此処王国じゃねーしオマエ何しに此処にいんだよ?」
「そりゃ、オフに国の外に出かける事もあんだろ? おれ社畜じゃないから休みなくひたすら働いてる訳じゃないしそもそもあんま騎士の任務やる気ないし」
へらりと気の抜けた口調でそう答えるキーゼ。
要は非番だった故にルーチェを訪れたという訳だろう。何故、貴重な休みを用いてまでこの街を訪れたかは不明であるが。
「…ん? そっちのイケメン誰だよ?」
キーゼが不思議そうに首を傾げながら指差した先には、ソルマの姿。
そういえばこの2人は初対面だったと今更気づいたユトナはポリポリ頭を掻きつつざっくりと説明をする。
「あー、そういや知らねーよな。コイツはソルマっつって、この街のなんちゃらナイトなんだよな?」
「何だなんちゃらナイトって…。俺はテンプルナイトだ」
ユトナのあまりにいい加減すぎる説明に思わずジト目でツッコミを入れるソルマであるが、すぐにクールっぽさを装いつつキーゼをチラリと一瞥した。
「成程、じゃあある意味おれ達と似たようなもんだよな。そういや、2人共こんな所でこそこそ何してん?」
「…え? いや、そりゃまぁ…アレだアレ、馬鹿王子と聖女サマの警備だよ警備、なっ?」
「そっ、そうだ」
いきなり話を振られて一瞬ビクッと肩を震わせるソルマだが、必死に冷静を装いながらそっけなく同意の言葉だけ口にした。
そんな2人に僅かに訝しげな眼差しを送るキーゼは、一瞬何か言いかけて咄嗟にその言葉を飲み込むと、代わりにからかうような視線を投げかけた。
「王子と聖女…? あー向こうにいるあの2人か。…ってかあの2人デキてんの?」
「しっ、知らねーよンな事!」
「ふーん…で、お宅らは何でこんな所に隠れてこそこそ警備してんだ?」
「へっ? そ、それはだなぁ…敵にオレ達の存在を知られねー為だよ、ほら、色々あんだろ?」
「それマ? んー…まぁいっか」
ギク、と盛大にばつの悪そうな顔をぶら下げ苦し紛れの言い訳を口にするユトナ。
あからさまに声は上ずっているし時々噛んでいたりと胡散臭さが半端ないが、キーゼは特に追究するつもりはないようであった。
「だ、大体なぁオマエこそ何なんだよ、何しにこの街に来たんだよ?」
「んーおれは……」
キーゼがそう言いかけた時、不意に辺りの空気が重苦しいものに変貌するのに気づく。
空気全体が身体を押し潰そうとしているような…歪んだ力が空気中にばら撒かれ人々を襲い掛かるような、そんな奇妙な感覚。
「うっぐ…何だこりゃ…? 重いっつーか…気持ち悪ぃ…」
「……っ、それだけではない…身体から力が抜け落ちていきそうだ…」
「つーかコレ…やばくね?」
呑気に会話している場合ではないと、ユトナ、ソルマ、キーゼの3人は襲い掛かる不快な感覚に押し潰されないよう地面に踏ん張りながらも眉をしかめる。
すると、体内を巡るエネルギーを根こそぎ奪い取られたような感覚に襲われ、凄まじい虚脱感が一同を駆け巡る。
一瞬視界が暗くなりその場にふらついてしまうが、気怠い身体を何とか奮い立たせた。
自らの生命力が無くなった──否、何処かに吸い取られてしまったような感覚。
「やべなオイ…何でこんな急に疲れんだよ…怠くてしょうがねー。おいキーゼとソルマはどうだ?」
いつの間にかじっとりと額に浮かぶ脂汗を鬱陶しそうに手の甲で拭い取りながら、気怠い呼吸と共に重苦しそうに視線を投げかける。
「めっちゃ怠いけどおれは何とか大丈夫だぜー。ってかこれ、神樹とやらが人から生気ドレインしてる的な?」
「いや、そんな事はねーと思うけど…何せ街を守ってる神樹だぜ? …あ、そういやあの2人大丈夫かよ?」
キーゼの仮説を眉をしかめながら否定するユトナであったが、ふとそんな彼女の脳裏を過るのはロゼルタとミトネの姿。
どうにも嫌な予感を覚えていてもたってもいられず、その場を駆け出して行った。