第2話
◆◇◆
「此方がわたくし達の街の守護神と申し上げても過言ではない、神樹ですわ」
「ほう…此れがですか、遠巻きには見ていましたが近くで見るとまた圧巻ですね。しかし、こうして近くまで来てみると…最早木というより森のような気もしますが」
ミトネとロゼルタが並んで歩いているのは、ルーチェの中央に鎮座する神樹のすぐ近く。
辺りには澄み切った涼やかな空気が吹き抜け、ロゼルタの言葉の通り木というより森と言った方が表現としては正しいか。
地面にはところどころ盛り上がった根が張り巡らされており、縦横無尽に伸びた数多の枝が生い茂る。
枝には瑞々しい木の葉が微風に揺られてさわさわとさわめいていた。
神樹の幹は何処にあるのかと辺りを見渡してみるも、視界を埋め尽くすのは伸び伸びと成長している枝と小さな泉ばかりでそれらしきものは見当たらない。
どうやら、もっと木に近づかないと幹を目の当たりにする事さえままならないようだ。
「素晴らしいでしょう? わたくしも最初見た時は森かと思いましたわ。もっと奥へ行くと神樹の中央部へ行けますが…基本的には立ち入り禁止なんですの。中央部は聖域として崇めら
れておりまして、よっぽどの事が無い限り教会の人間でも入れませんの。何でも、人間が立ち入る事で神樹が穢れる事を危惧する為だそうですわ」
「成程、では貴方も入った事は無いのですね?」
「ええ、残念ながら。立ち入り禁止と言われると入ってみたくなるのが人間の性ですけれどもね」
ミトネはそう答えると、少し悪戯っぽくクスリと微笑んでみせる。
それにつられるように、ロゼルタも口元に僅かに笑みが浮かぶ。
2人は枢機卿の勧めもあって、こうしてミトネが街の案内も兼ねてロゼルタと一緒にのんびりと散策しているのだ。
傍から見れば美男美女のお似合いカップルがデートしているように見えなくもない。
お互い、こうして和やかな会話を交わし意気投合しているようにも見えるが、何せどちらも猫被りは得意中の得意である為、真意は何処に潜んでいるのか皆目見当もつかない。
だからこそ、やきもきしている人間もいるのだが。
「…なぁオイ、アイツら何話してっか聞こえるか?」
「いや、流石に距離が遠すぎて何を言っているのかまでは…。会話している事自体は何となく分かるんだが」
ミトネとロゼルタの遥か後方の木の茂みが、僅かにがさりと蠢く。
…と同時に、複数の人間の押し殺したような囁き声が森の澄み切った空気に溶けていく。
どう考えても不審者としか思えない複数の声の主は、ユトナとソルマだ。
2人共ミトネ達に存在を知られないように必死に声を押し殺しながら身を潜めており、その努力の甲斐あってか2人はユトナ達の存在には気づいていないようであった。
どうにかしてミトネとロゼルタの会話を聞き出そうとしているようだが、何せ距離がある上身を隠しながらでは上手く行かないらしい。
木の茂みに2人揃って縮こまりながら耳を澄ませるユトナとソルマの様子は、傍から見れば只の怪しい不審者だ。
「わざわざ此処まで2人にバレねーように来たんだから、何かしら収穫がねーと只の無駄骨だぞ」
「そんな事は分かってるが……シッ」
会話を聞き取れない事にだんだん焦燥感と苛立ちを覚えてきたのかユトナは不機嫌そうに口を尖らせる。
だが、そんな彼女の声を遮るように人差し指を口元へ置くソルマ。
どうやら何となく勘が働いたのか、ミトネが2人の存在を疑って不意に背後を振り返ったからだ。
暫くユトナとソルマの間で緊迫した空気が流れていたが、ミトネも勘違いだと判断したのか再び前方へと向き直る。
そんなミトネの行動を不思議に思ったのか、ロゼルタが首を傾げた。
「聖女殿、どうかなさいましたか?」
「いえ、誰かに見られているような気がしたのですけれど…気のせいのようですわね」
ミトネとロゼルタの足音が遠ざかっていくのを感じてから、漸く緊張の糸が解けたユトナとソルマが些かぐったりとした様子で深々と息を吐いた。
「あっぶねー…バレたらシャレになんねーよ。あの聖女、意外と勘鋭いんだな」
「ミトは何て言うか…女の勘というより野生の勘が凄いんだよな…。俺も不意打ちで見抜かれたりする」
「…それってオマエがヘタレだからじゃねーのか?」
「なっ…誰がヘタレだ」
一応ソルマとしてはクールを装ってはいるつもりなのだが、まだ出会って日も浅いユトナにあっさり見抜かれてしまったようだ。
だが、こんな所でこそこそ尾行している時点で、ヘタレと言われても反論は出来ないであろう。
そこに関しては、同じ事をしているユトナも同じ穴の狢であるが。
「…何かコレ、やっててホント意味あんのか?」
「そこを突っ込むな。何か自分の行動そのものが空しく思えてくる…」
「あーもう、めんどくせーから馬鹿王子に直接聞いちまおうかな。ってか、あの2人はどーなんだよ?」
「いや、どうって言われても…。まぁ別に、2人がどうなろうと俺には関係ないんだがな」
「それ言うならオレだって関係ねーよ馬鹿王子なんざ知るかっ」
2人揃って自分には関係ないアピールをしているが、こんな所でこそこそ尾行している時点で説得力がある筈も無く。
傍から見れば全く無意味且つ滑稽な強がりをしている2人の背後に、不意に一つの声が降り注いだ。