第10話
ソルマの歯切れの悪い返答を聞いてぐぬぬ…と暫く唸っていたユトナであったが、急に意を決したようにビシッとソルマを指差せば、
「じゃ、じゃあ何かこう…浮いた話っつーか…こ、恋人…的な奴とかいねーのかよ!?」
「こ、恋人!?」
単刀直入な問いかけに思わず顔を赤くするソルマ。
それを隠すように腕を組んで視線をユトナから外すと、努めて冷静に振舞おうとする。
「さぁ…少なくとも誰か特定の相手と、その…付き合っている素振りは無い。…というより、俺は知らない」
不特定多数の相手と関わっているのは知っているが、恐らく向こうが求めているのはそういう事では無いしソルマ自身とてもではないがそれを真正直に伝えられる筈も無く。
一方、その返答にユトナは何とも言えない複雑な表情を浮かべるが、すぐに何故自分がそんな表情にならなければならないのかと言いたげに首をぶんぶん振ってみせた。
「う…じゃあやっぱこの縁談が上手く行っちまう可能性も……っていやいや、何でオレがそんなん気にしなきゃなんねーんだっ」
「……。それなら俺も一つ聞きたいんだが」
「へ? 何だよ?」
「その…何だ、そっちの王子こそ如何なんだ? 王子なんだから許嫁とかそういう相手の1人や2人いるんじゃないのか?」
「え、うーん…そういうのは聞いた事ねーなぁ」
「何だ、いないのか…」
突然の問いかけに意外そうに目を丸くしつつも、本人から聞いた話や噂等を思い浮かべながらそう結論付けるユトナ。
すると、ソルマもまた一瞬何とも言えないような表情を浮かべるが、すぐに平静を装おうと努める。
そして互いに思案を巡らせているのか、再び沈黙が訪れる。
数十秒にも数分にも及ぶ沈黙の後、ほぼ同時に口を開いた。
『……ところで』
そこで互いにはたと口を噤み、またしてもほぼ同時に顔を見合わせてみせる。
「何だ、また被ったのか」
「何だよ真似すんなよ~!」
「別に真似してないだろ。…で、何が言いたかったんだ?」
「え、いや…まぁアレだよアレ、うちの阿呆王子じゃ聖女が相手すんの可哀想だなーっつーか、縁談が進んでもアレかなーって思ってさ」
「そうなのか? うちの聖女も…まぁ色々と事情を抱えてるし、王子の相手には申し訳ない気がするし…」
そこで一旦会話が途切れ、再び顔を見合わせる2人。
最初に緊張の糸が切れたようにへらりと笑い飛ばしたのはユトナであった。
「もしかしてオレ達、同じような事考えてたんじゃねーか? 何だよ~そんならさっさと言えっての」
「ぶふっ!? 何でそこでいきなり背中を叩くんだ…? まぁ…そうみたいだな」
しかもいきなりユトナにばしばしと背中を叩かれて、ソルマは思わず前につんのめりそうになる。
「オマエだったら聖女の事色々知ってそうだし色々話も聞きてーしな! 折角だから仲良くやろうぜ!」
「う…だからっていきなり背中叩かなくても…。まぁいい、それならあんたも王子の内情を知っていそうだし話を聞くには丁度良い」
またしても同じ事を考えていたのに互いに気づくと、またまた顔を見合わせる2人。
本日何回顔を見合わせれば済むのかと突っ込みを入れたくなる所だ。
「よっしゃ、そんじゃ改めて宜しくな! えーっと…ソルマだっけ?」
「ああ、ソルマで合っている。こちらこそ…まぁ一応宜しく。シノアで良かったな?」
「お、おう!」
どうやらソルマはユトナが女である事にはまるで気づいていないようで、シノアと呼ばれて一瞬反応が遅れるユトナであったが、最後は豪快に笑い飛ばしてみせる。
こうして、何だかよく分からない同盟が結ばれたのであった。
◆◇◆
──何時とも知れぬ刻に、何処とも知れぬ場所で。
幾つかの影が蠢く。その奥に昏い思惑を隠して。
「……準備は整った。我々で作り上げるのだ…聖女に頼らずともこの街を守る方法を…!」
人影が放った禍々しい声は、冷え切った空間に溶けていった。




