デッドマンズQ
二〇二四年の春、残冬の寒さが肌を刺すように凍てつく朝、某県赤月市の郊外にある二十ヘクタール(約二十万平方メートル、東京ドーム5個分程度)もある広大な麦畑の真ん中に通報受けて足を運んできた警官の面々の中に一人メガネを掛けた若い刑事青山省吾がもっこりと膨らんだブルーシートを目の前にしゃがんでいた。軽く合掌をし中を除く、無造作に投げられたようにぐったりとした足が見え赤く点々と血痕が見えた。
「う、やっぱ僕にはき、キツい」
口を抑えながら目を背ける。
「いつまでそんな風に目ぇ背けてると分かるもんが分かんなくなるぞ?オメエ此処に何しに来た?」
背後から中年の先輩刑事佐久間勇一の皮肉った声がする。
「しかも仏さんの足しか見てないのにもう音を上げてやんの」
「足しか見てないって…佐久間さん。人の『死体』ですよ?そんな物に慣れろって言うのが無理な話ですよ」
「まあ分からんでもないが見るもんちゃんと見ないと、さっきも言ったけど分かるもんが分からなくなっちまうぜ」
死体を挟んで省吾の対角の位置に勇一が座った。
「氷室さんは来てねえのか?」
「係長は別件で先週の放火事件の方回ってますよ」
「放火の次は殺人かよ。これじゃあ最近健康のためにランニング始めたのに恐ろしくてできやしねえ」
「ランニング、してたんですか?」
「先月辺りからな」
勇一が合掌をするとブルーシートをめくる、中には血塗れの中食いしばった歯を見せ、釣り上がった頬にでやや細くなった目元は怒りにも伺えるようである。まるで鬼の形相だ。それを見た勇一は「うへぇ……」と声を漏らしながら胸元に目をやる。
「心臓に一突きか……。青木そんなとこばかり見てねえでこっちを見ろ」
「え、あ……」
「何だ?そっちに何か見つかったのか?」
「いえ、そんなことは無いですが」
と渋々とした表情で省吾は勇一の方へと移動する、まず目に入ったその鬼の形相に口を抑えて生唾を飲み死体を挟んで勇一の正面に座った。そのどす黒く固まった血が最も出ていた胸元左側に目をやる、スッと入った七センチほどの縦筋が赤く染まった服に薄っすらながら見える。
「おい、これを見ろ」
勇一がぐったりとなった右手を見るように言った。そこには死後硬直もあるのだろうがしっかりと握られたものがあった。
「これって」
省吾が一瞬言葉を詰まらせていた。
「ハジキだな。この男筋モンか?」
死体の持っていたのはオートマチック式の四五口径(銃口内径十一・四三ミリ)の拳銃が握られていた。
「このハジキお前分かるか?」
「コルトガバメントですね。昔映画か何かで見たことがあります」
勿論この銃は現在の日本で出回っていないものである。
「こいつの身元は?}
「持っていた財布に免許書がありました。名前は今井光平で二五歳、東京都在住です」
「東京?なんで東京の人間がこんなところに?」
「知らないですよ。それはおいおい調べることにしましょう」
「いや、そうじゃねえ。もしこいつが東京の筋モンだとしてなんで赤月に道具持って来てるんだ?」
「いやまだヤクザもんだって決まってる訳じゃ」
「バカヤロウ。じゃあ、このハジキを持ってる一般市民が居るか」
「じゃ、じゃあもしかして東京と赤月のヤクザの抗争が起きてるのかも」
「それも微妙な線だな。今や極道は上から末端まで『我妻組』の傘下に入っているんだ。初代組長の方針で内戦を起こそうものなら親だろうが子だろうが関係なく潰すはず。そうだと抗争はかえってリスクでしかないんだ」
ブルーシートを掛けて二人共立ち上がるとその横を若い鑑識の男がスッと横にあらわれてブルーシートをめくって先ほどの拳銃を回収していく、それをやや手慣れた手つきで安全装置を掛け、弾倉を抜き取りポケットからビニール袋を取り出してそれらを入れてそそーっと戻っていった。その一部始終を見ている二人。
「そういや財布とかの手荷物の調べがついてるんだったよな?」
「ええ……、まあー…」
「それってつまり回収してるって思っても問題ないってことだよな?」
「正しいと思います」
「なんでその危ねえハジキは回収してないんだ?」
「まあ、握られてたのを見てる時点で気付かない僕らもどうかと」
「…………」
「…………」
「まあもういい戻んぞ」
「そうですね」
勇一は首を傾げながら、省吾と一緒に車に戻っていった。
死体の検死報告が来たのは翌日朝10時過ぎである。赤月東署のホットコーナーの一角、灰皿の乗ったテーブルを囲って係長の氷室譲治と一緒に二人がタバコを吸いながら談笑していたところ、だらしなく白衣を着た金髪のちゃらちゃとした印象が容易に取れてしまう青年の服部総司が資料のファイルを持って三人の元へと来た。
「おはようございます御三方」
「服部か。どうした?」
「この二人の仕事の手伝いですよ」
と言い総司は持ってるファイルを省吾に手渡して席に座った。
「お疲れ様です。服部さん」
「ああもうお疲れだよ。お疲れ……。ホントは昨日女の子とデートだったのに」
「女ァー?」
「そう女の子ですよ。佐久間さんも離婚したままでまだ再婚のめどが取れてないんでしょ?どうです」
「いいよ俺はもう女にゃあコリゴリだ」
「まあまあそう言わずに氷室さんもこの画像見てくださいよかわいいでしょ?」
「ふっ…相変わらず歯の浮いた話しが好きだな」
「若さを持て余してるだけですよ。ほら省吾くんも」
総司が押し付けるように持った携帯を押し付けるように見せる、その勢いに軽く苦笑いを見せながらその携帯を手に取った。それに表示された女の子はアヒル口と言うのか口を尖らせて顔の横ピースをした金髪が特徴的な女の子だ。
「か、かわいいですね」
「だろ?マイちゃんっていう子なんだけどさぁ~偶然ネットで知り合って趣味があちゃったんだよ。まだ直接合ってないけどさ。この子も絶対当たりだよね?」
「ど、どうでしょうね~。はは~」
「お前それで何回目だ?その当たり宣言」
「良いじゃないですか?氷室さん。こういう楽しみ方があるってことですよ」
「そんなものか?」
「そんなものです」
「わからんもんだな」
「まだ納得行かないんですか?」
「別にお前と論議する気は無いが」
氷室は持ってたタバコを灰皿に押し付けながら「理解はできないな」と言った。
「あ、あの」
省吾が割り込むように口を挟んだ。
「そろそろ検死の結果について話していただきたいんですけど」
「え、もう?」
「もうじゃねえだろ」
「まだ休憩中じゃないすか?もう少し与太話でもしましょうよ」
「お前のつまらん与太話聞いてどうすんだ?今日は俺は早く上がりたいんだ。さっさとしろ」
「なんだ勇一?今日なんかあったのか?」
「いえまあ…今日娘に会う約束なんで」
「おーおー幸恵ちゃんか。結構大きくなってもう社会人じゃないのか?」
「いや、晴れて大学院に入りましたよ」
佐久間はやや照れくさそうに言った。
「え!女子大生ですか!?お父さん」
「ダメだ」
突拍子もない総司の言葉に佐久間は即答した。
「まだ」
「いいから結果について教えろよ。俺を怒らせたいのかテメエは」
「いえこんなとこで『暁の狼』は呼びたくないです」
佐久間の苛立ちがこれが限界と判断したのか総司はシュンと小さくなったような感じになった。
「ならさっさとしろ」
省吾はファイルから資料の束を取り出しそれをペラペラと目を通し、その傍らで服部は二人に検死結果の説明を始めた。
「今回検死の結果として判明したことは死亡推定時刻は昨日の深夜二時。死因は心臓にナイフで一刺しどころか刀とも思えるくらい刃渡りの長いのを使っているのか背中まで貫通しています。他に外傷などは見られなかったのですけど、また刺されていたところ周辺の肋骨は粉砕骨折ないしヒビが多く見られることからかなり強い力で刺されたと推測できますね」
「刀って」
「現場は郊外だし夜中になれば外は誰も居ない、ポン刀のような長物を持ってたとしても見られることの確率は低いだろうよ。ましてや筋モンじゃないにしても土産物とかでよく見る模造刀でも切ることはできねえけど刺すことだったら問題ない。へっ、凶器ってのも案外普通に売ってるもんだな」
佐久間はたばこを灰皿に押し付けるとまた一本取り出して火をつけた。省吾はその話を聞きながら「う~ん」っと納得の行かないような表情を見せ、氷室がそれに気づき「どうした?」と聞いた。
「いえ少々引っかかるところがありまして」
「んだよ引っ掛けるって」
「引っかかるです。被害者の肋骨が粉砕するほど強い力で刺されたんですよね?これってつまり刀での根本つまり鍔に当たるまで刺しぬいたってなると不自然じゃないですか?」
「ほう」
「え?氷室さん?何が『ほう』なんです?」
「お前分かんねえのか?刀みたいな長物が骨砕くほどの奥まで挿すとなると間合いに入って刺すことが出来たとしても力が入りづらく骨砕くことこともままならんだろう。足払して倒れさせて逆手に持って全体重をかけるようにして刺すのならわかるが特にこれといって外傷が見当たらんとなるとそれも考えづらい」
「ああ確かにそうですね」
「だがこれは長物という条件下での話だ。そうなると人の胸板より長く刀より短いとなるとマチェットか或いは脇差しだな」
「なら問題ねえじゃないすか。青木の馬鹿のせいで」
「いえまだ」
「んだわ。まだあんかよ?」
「なぜ東京の在住の被害者がこの街の郊外にようが思いつかないですよ」
「て言うと」
「この人の身元身辺はあらかた調べたのですが。あの時も言いましたが東京在住の人が此処に居るのでしょうか」
「まあ確かにそれに関しても分かんねえ事だな」
「どういうことだ?」
頭を掻きだす省吾とふんぞり返るように手を組んだ佐久間に氷室は聞いてかかる。
「いえね。仏さんの身元調べてたんですけど奴さんどうもこの近辺の生まれじゃないっぽいんですわ」
「いや生まれじゃなかっとしても身内が居るかもしれんだろ」
「居ないんすよ」
氷室の発言に食い気味に佐久間バッサリと言い切るように言った。氷室は目を細めながら佐久間を見るとたばこを吸ってその口からふうーっと煙を吐いた。
「居ないってどいうことだ?」
「言葉の通りっすよ。仏さん天涯孤独なんすよ」
「は?」
「この今井光平って人親は兄弟は愚か親戚も行方不明でいなくなってるんですよ」
省吾の答えに氷室は眉間に皺を寄せて「んー」っと唸った。
「じゃあつまり実家に帰ったと身内にようがあったというわけじゃないんだ?でも物騒な拳銃もってたんだからやっぱりヤーさん関係の話じゃないの」
「まあ確かにその方が考えがつきやすいけど、こいつの体はもんもんがなかったろうが?」
「まあ確かになかったですけど、だからといってヤーさんが皆が皆刺青入れてるとは限らないでしょう」
総司が答えに省吾は「まあ確かにそうですけど」と同意をしたが佐久間は否定的な態度をとった。
「ここいらで警察に顔が割れてねえヒットマンを東京から送り込んで組幹部のタマあ取って名を馳せようってのか?へっ飛んだバカヤロウだよそいつあ」
「どういうことです?」
「服部?お前今この日本の極道連合の一番上がどこの組か知ってるか?」
氷室がいきなりの質問に対して総司は何をいきなりと言わんばかりの表情を見せ、
「我妻組じゃないですか?」
「そうだな、じゃあそこの組長の名前を言ってみろ」
氷室の質問の意図が見えんとばかりに少々ばかりの苛立ちを湧かせながら溜息混じりで総司は答えた。
「はあ、知らないっすよ。我妻組長じゃないんですか?」
「いや残念ながら違う。厳密にいえば間違ってはいないがな」
「じゃあ何なんです?」
声を荒げるように総司は聞く。
「今、日本最大としてる指定暴力団我妻組の組長は二代目組長『白川忍』。元我妻組二次組織白龍会の会長なんですよ」
「それが?」
「この辺の組なんだよ。言うならば筋モンの親分のお膝元だ」
「つまり、ヤーさんだとしたらメリットがないどころかかえってデメリットしかないってことですか?」
「そうだ。だからその線は考えづらい訳だがそうなると仏さんは一体なにもんなんだ?」
「職業とかわかってないんですか?」
「いやそれは分かってる。案外すんなり分かってな仏さんどうも自衛隊の隊員何だとよ。ますます理解できねえよ」
佐久間はまたタバコをグリグリと灰皿に押し付けて火を消し、また一本箱から出して日をつけた。しばらく間を置くような感じでタバコを吸いまたハーっと煙を吐き出した。
「分からないってどういうことです?」
「考えても見ろ。なんで東京在住の自衛官が大して縁もゆかりも無いこんなとこになんで外国のハジキなんか持って来てるんだ。聞くところによると日本で採用してるハジキは俺達が使ってるニューなんとかって奴と自衛隊の使ってる九ミリハジキぐらいだ。わざわざ支給されてないハジキ持ち出す動機がない」
それに付け加えるように省吾が「まあ日本にこの拳銃が無くはないのですがあくまで保管ということなんですが、持ち歩くとなると少々理屈が通らないものがりますよ」っと佐久間の補足をするように言った。
「そのヤクザから買ったって線はねえのか?」
「線状痕(※拳銃の指紋ようなもの)対策ですか?もしそうだとしても赤月市まで来た動機が見当たらない以上かえってその結論は不自然ですよ」
「まあ確かにそうだな」っ省吾の否定にと氷室は同意した。
現状、犯人が分からないのは確かではあるが被害者の今井光平にも多かれ少なかれ不自然とも思える点が存在する。まず、四人が話しているように拳銃コルトガバメントの所持である。コルトガバメントはアメリカの製造している信頼の高く民間を始めとし一部ながら同国軍の正式装備として使われている。だがこの拳銃は日本では採用されておらず手にすることはあまりない。ただ自衛隊は厳密にはこの拳銃を所持していないわけでは戦後発足した警察予備隊の結成によりアメリカから給与されていたが現在は予備装備として保管しており持ち出しはそれなりの理由がない限り無理である。では入手するに至って考えるのはそのよっぽどの理由があるのか或いは極道関係の裏ルートで仕入れたと考えるのが自然だろうが今度はこの赤月市に来た動機が見当たらない東京から赤月の自衛隊にようがあってこの地に足を踏み入れたにせよ生まれでも何でもない地の郊外で拳銃を持って来ているのも目を疑うほどの不自然な点である。
次に
「服部さん?」
省吾が服部から渡された資料をペラペラと同じページを捲りながら聞いた。
「ん?何?」
「この資料の三ページ目のことなんですけど」
「うん。それがどうしたの?」
「どこにあるんですか?」
「へ?」総司が間抜けた表示を見せた。
「いえこの資料三ページが無いんですよ」
省吾の手にある資料のしたの方にページが書いてあるのだが二の次に四と書かれていた。
「あ、ホントだ」
「ほう、よく気付くな。意外と青木も侮れんかもな」
氷室が関心したような声を上げた。
「ありゃりゃー、まあ後で持っていきますよ」
「後でちゃんと持って来んだぞ、と」
タバコを灰皿に押し付け佐久間は立ち上がり
「仕事にもどんぞ、青木」
JR赤月駅二階南口を出て少々歩いた夜の繁華街。仕事終わりで飲みに来たサラリーマン、遊び来た若者達などが賑やかにしてる街中の一件のビルの階段から今井光平が肩を揉み首を鳴らしながら降りてきた。
「はあー疲れたぜ。たく、櫻井の野郎が人使いが荒えんだよ」
一人ボヤきながら、駅の方に足を向かわせていた。その向かう途中若い男達が三人が大学生或いは新社会人ほどのポニーテールの若い女を取り囲んでナンパをしている光景が視野に入る。とうの女は俯いたままだ。
「ねえねえお姉ちゃん。今暇してるの?俺達も今から遊ぶんだけど見ての通り男しか居ないんだよね。だからさって聞いてる?」
女は俯いたまま、うんと首を縦に振るでも無く嫌だと首を横に振らすでもなくジッとして立ち竦んだままだ。今井はそれが目に入ると足を止めた。彼が足を止めたのは正義感からでは無い、かと言って彼女がどうなるかという一部始終を見届けたいという好奇心でもない。取り囲む男達の間から見えたのは女のニッと笑ったような引きつった口元と獲物を捕らえた思わせるほど強い視線がこちらに向けられたことに今井は即座に気付いたのだ。
「な、なんだよ。この女!」
一人の男が叫ぶような声を上げた。強引に引き入れようとしたのか引っ張ろうした女の手がまるで銅像の手を引っ張ろうとしているのだが僅かにすら動かないのだ。今井は薄気味悪く思いその場から逃げるようにそそくさと駅の方へとその足を早め、女達が見えなくなった間もな無く携帯を取り出して発信履歴の一番上の連絡先に電話をした。
トゥルルルと暫く鳴った後
「こちらは留守番サービス……」とガイダンス音声が聞こえる。今井には心当たりがあるのだ。あの女の正体に少なからず、だが自分の知っている事は女という事だけでましてや噂で聞いただけで女の顔も特徴も知らない。ただ『女』というだけ、だがこの噂だけの話なのにも係わらず彼は駅へと向かう速度を速めた。
駅に入るとチラリと後ろを見るあの女は居ない。ただの思い過ごしか?そう思いはしたが足はまだ速いままだ。なぜだ?俺は恐怖しているのか?そもそもあの女は自分を知っているのか?俺は知らないのに?とひたすら自問繰り返すしながら改札口をくぐり抜け階段を上がりきってまた後ろを見る。夜中だけあって駅の中は数え切れる程の人数しかいないこの中ではあの女を見つけるのは容易だ。しかし、見渡す限りにはその姿は見えない。
この間でも今井は電話でリダイヤルを何度もしていた。もう何度しているかわからないくらい掛け続けているのに「こちらは留守番サービス……」とガイダンス音声しかならない。
「畜生!何やってんだよあんにゃろうは!」
グチグチと言いながらリダイヤルをしつつホームへと走っていく、着いた時には電車はもう来ており飛び込むようにして車内へと入ると電車のドアは閉まった。窓から外を見ると『居る』のだ。先ほどの女が窓を間に挟みながら彼の目の前に。今井は一瞬息を飲み込んだ、一体いつからこの女が来ていたのかとか、どうやって着いてきたなどは最早どうでもいい、ただこの女は自分を追って来ている。だがもう自分は電車の中、電車は走り始めた。女を見送るようにゆっくりと遠くなっていくが彼女は先ほど同様どこか笑っているように見えた。そして間もなくして見えなくなり「はあ~」と安堵に満ちたため息を一つ吐き出した。
赤月駅の香山線に乗り、2駅行った先の長盛駅。赤月駅とくらべて郊外地だけあって無人駅でありその近辺は見える限りだと田んぼや畑が広がり点々と家が建っているのが見える。ただ、人が余り通らないのか街灯が少なく夜中というのもあり視界が非常に悪い。
今井は駅を降りて冷えた空気を肺いっぱいに入れ、一気にそれを吐き出し自分を落ち着かせた。電車は警笛を鳴らし発進する。
「まだ、誰にも繋がらないの?」
後ろに声が聞こえる。今井は心臓が何かに掴まられたよう気が瞬時に覚えたが、その方向へと振り返った。声の主の彼女は反対ホームに立っていた。