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短編小説どもの眠り場

王太子ルートのフラグが折れたので、転生令嬢は攻略表を捨てて直接口説きに行きます

作者: 那須茄子
掲載日:2026/10/26

 舞踏会の夜。バルコニーで殿下が差し出したハンカチを、私は「い、いえ。またのちほど」と断ってしまった。


 ゲームで何度も見たイベント。

 選択肢は「受け取る」一択、なのに。突発イベントが発生したため、それ相応の準備をすることができていなかった。緊張と焦りで口が勝手に動いてしまったのだ。


 殿下は「そうか」とだけ言い、去っていく。どこかで、ぽきん、と乾いた音がした。そう、もうこれは確実に折れてしまった音だ。


 自室に戻り、私は机に広げた攻略表とにらめっこした。前世でやり込んだ『薔薇の誓い』の知識を、転生後も三年かけて書き溜めた王太子ルートの完全攻略表。好感度の上がる贈り物、出現する場所、最適解の台詞。それが今夜、ただの紙切れに成り果てた。隅々まで調べた結果がこれだ。これまでの苦労は何だったのか、分からなくなる。突発イベントの存在もその重要性も、頭に叩き込んでおいたはずなのだ。それなのに私は、いつもあと一歩のところで、似たような過ちを繰り返してしまう。


 私はこんなに頭のできが悪かっただろうか。前世の方がもっと冴え渡っていたような?


「あれこれ考えてもしかたないわ。もう、表に頼っても意味ないし」 


 考えを改めよう。

 殿下は選択肢で動く立ち絵じゃない。ハンカチを断られれば驚くし、きっと少し傷つく。もし私が殿下の立場だったら、間違いなく悲しいと思う。必要なのは次の最適解ではなく、本人に向けた私の言葉だ。用意された台詞と行動ではない。


 そうと決まれば、行動は早かった。私は迷いなく、攻略表を暖炉に放り込んだ。炎が紙を舐めていく。三年分の努力が燃えるのは惜しかったが、胸は不思議と軽い。


 灰になっていく紙を眺めながら、ためていた息をふぅーっと吐く。

 さて、と思う。表がなくなった以上、明日からは自分の頭と言葉だけが頼りだ。まずは何と言おうか。


 取りあえず、ペンを取り、殿下への謝罪の言葉を書き出してみる。


『昨夜は大変失礼いたしました。心よりお詫び申し上げます』


 うーん、固い。どこか他人行儀で、余計に距離を感じさせる。

 書いては丸め、書いては丸め、気づけば足元に紙くずの山ができていた。結局、攻略表の代わりに「台本」を作ろうとしている自分に気づいて、思わず笑ってしまう。


「だめね。これじゃ同じことの繰り返しだわ」


 私はペンを置き、残った紙くずもまとめて暖炉に放り込んだ。ぱちぱちと爆ぜる炎を、ぼんやり見つめながら、伝えるべき言葉を探る。


 謝りたい。けれど、「お詫び申し上げます」では、私の気持ちの半分も伝わらない気がする。

 私は、ただ謝りたいだけじゃない。断ったのは、嫌だったからじゃない。嬉しすぎて、頭が真っ白になったからだ。


「――よし」


 誰にともなく呟いて、私はベッドに潜り込んだ。眠れるはずがないと思っていたのに、瞼はすぐに重くなった。







 翌朝、私は図書館の窓際で本を読む殿下のもとへ、一直線に歩いていった。


「殿下。昨夜はハンカチを断ってしまい、申し訳ありません」

「……あぁ。気にしていないよ」

「気にしてください。私は気にしています」


 殿下の目が瞬く。

 私は勢いのまま続けて言う。


「緊張しただけです。本当は嬉しかったのです。殿下のことが、ずっと気になっておりました」


 静まり返る図書館に、司書の咳払いが響く。

 顔から火が出そうだが、ここで引いたら折れたままだ。


 私はスカートの裾を握りしめ、真っ直ぐに殿下を見つめた。


「ですから、その、今日から口説かせていただきます。覚悟してくださいませ」


 言ってしまった。

 殿下は目を丸くしたまま、ぴくりとも動かない。


 一秒。二秒。三秒。四秒。五秒。長い。さすがに長い。やっぱり引かれた? 令嬢が図書館で「口説く」などと宣言するのは、きっと礼儀作法の本のどこにも書かれていない。


 ぐるぐると後悔が回りはじめた、そのとき。殿下の肩がぶるぶると揺れ、しまいには声を出して笑い始める。


「ははっ! 令嬢に口説き宣言をされたのは初めてだ……ならば、こちらも宣言しよう」


 殿下は新しいハンカチを、私の前にそっと置いた。

 そして、試すように目を細める。


「今度は受け取ってくれるかな?」


 おのずとハンカチへ伸ばした指先が、殿下の指に触れる。その瞬間、胸の奥でぱっと花が開くような感覚が広がった。


 攻略表はもう要らない。折れたフラグは、私の言葉で何度でも建て直せる。それが分かってしまったから。

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― 新着の感想 ―
「乙女ゲーム転生」物だねー。ゲームの主人公に転生するパターン自体がレアかと思うけど、攻略キャラを1人に絞って、「失敗→リトライ」って言うのは、更にレアかも。  中々よきでした♪
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