9 スライムの生態
あれからしばらくのんびりとしていた。
スライムたちは何かに満足したかのようにモニモニを止め、今は俺が椅子代わりにしている岩に寄りかかって休憩している。
ちなみにお土産として持ち帰ったあの赤黒い色の果実だが、スライムが食べたりしないかと近くに持っていったりぐいぐいと押し付けたりしてみたが特に反応はなかった。
黄色のヤツなんか一度モニュっと体内に入れた後、器用にペッと吐き出していた。……そんな動きもできたんだなお前ら。
まぁ、これに関してはスライムたちが食べなくても納得というか、それよりも気になっているものがある。
この短時間でスライムたちの調子をぐっと上げた存在。
そう、この一面に生えている”苔”である。
俺が座っている岩にも生えているそれを手で撫でる。朝露でしっとりと濡れていて、ふかふかと気持ちがいい。
生育がいいのか高いところだと7~8センチくらいまで伸びており、苔というよりは芝のような雰囲気がある。よく見みると杉の木の葉をより細く柔らかくしたような形状をしており、どこか可愛げがある気もする。
実家に苔玉が何個かあったが、あれとは見た目が違う。家にあったのはもっと短くて太くてにょろにょろしてる苔だった。
そんな苔なのだが、状況から見てもこれがスライムたちの食事、そうでなくともエネルギーの源となっている可能性が高いと思う。
だってそうだろう。昨日までじっとして動かなかったこいつらが、苔の上でのモニモニという謎の動作をしていたら、ものの1時間ほどで体も動きも見違えるように良くなったのだ。むしろこれ以外に原因を求める方が難しい。
ただ苔そのものを食べているわけではなさそうだ。スライムがモニっていた箇所の苔も調べてみたが、朝露が散ったせいか他のところよりやや乾燥してるかなというくらいで、齧られているとかその部分だけ減っているとか、そういう様子は見られなかった。
じゃあ苔からどんなエネルギーを吸収しているのか。水分であれば苔のイメージにもスライムのイメージにもぴったりだが、ただの水分でこれだけ元気になることはないはずだ。それは昨日の大雨で証明されている。
もちろん水分は水分で必要かもしれないが、それプラス何かがあるはず。
「といってもなぁ」
さっき自分で言ったとおり、スライムがモニった後の苔の見た目はほぼ変わらない。正直これ以上は俺では調べようがない。苔が出す何か特殊な成分があるとか、もっとファンタジーに寄るのであれば魔力的なものがあるとか、もう憶測でしか語れない。
俺は研究者じゃないしそんなことをするだけの頭も、調べる設備もない。できることは、経験則に基づいた民間療法のみ。
つまり”どうして苔がスライムの体にいいのか”はこの際どうでもよく、大事なのは”苔がスライムに良い影響を与えた”という事実のみである。
ここを一時的な拠点とするか、点々と拠点を変えていくかはまだわからないが、別の場所にするならこの苔を少し採取して移動先で定着させてみよう。それがスライムたちのごはんになるのなら、大方の問題は解決する。
それにいつか俺が領を持った時に、領内で苔を育てるのもいいかもしれない。
苔はじめじめしたところに生えているイメージがあって、興味がない人だとカビなんかと混同してることもたまにあるが、それは全くの勘違い。苔はれっきとした植物だ。
見た目もよーく見てみると、道端に植えられている植物のミニチュア版のような形をしているものも多く、親しみやすさがある。
苔玉みたいな鑑賞目的はもちろん、保湿性や断熱性、メンテナンスの易さを買われて人間の生活圏で利用されていることも多い。
中には苔の力で自然環境を回復させようなんて動きもあったりして、実は超優秀な植物だ。
このように、個人的には苔はかなり評価の高い植物なので、この世界の苔にも何か不思議な力を期待してしまう。
「苔はいいぞ」
岩に寄りかかって休んでるスライムにそう話しかけると、ふるふると震えて答えてくれた。
昨日からよく見る仕草だが、元気になったからか動きもよりわかりやすくなった気がする。
この体を震わせる動きが、なんとなく肯定的な意味を持つんだろうなと予想できるくらいには、俺もスライム語を理解できるようになってきた。確証はないけどな。
「ん?」
そんなスライムたちは突然岩から体を起こし、スライム同士でしばし顔を見合わせた後、ぴょんと俺の足元に跳んできた。
「と、とんだ!?」
すごい! その動きはまさにスライム!
そうかこいつらこうやって跳ねて移動できるんだな。昨日まではその元気すら無かったわけだ。
しかし、驚きはこれで終わりではなかった。
足元にきたスライムたちが、俺のスウェットの裾をその体で器用に掴み、グイグイと引っ張ってきた。
「うおおっ!?」
その力は思いのほか強く、引きずられないように慌てて岩から立ち上がる。
今までにはなかったアクティブな動きに驚嘆していると、そんな俺を『こっちに来い』と言わんばかりにさらに強く引っ張る。
「な、なんだ? どっか行くのか?」
そう言いながらも、逆らう気はないので歩調を合わせると、裾を掴んでいたスライムたちは俺を先導するようにしてぴょんぴょんと先を跳ねていく。
「着いていけばいいんだよな?」
スライムたちは飛び跳ねながらふるふると震える。
「……おっけー」
突然の展開に困惑しているが、こいつらがどこに行きたいのか、何をしたいのか、スライムの生態の一部を垣間見れるような気がして、どこかワクワクしている自分がいた。
――って、森?
スライムたちはすぐ近くにある森の入り口に入っていく。俺が昨日作ったやつだ。
この道は一本道なので、このまま進んでも元の場所に帰るだけなのだが……。
「ま、黙って着いていくか」
余計な口出しはしない。なんてったってこの異世界歴でいえば俺なんて新人も新人。このスライムたちは大先輩なんだからな。
そうして俺は、細いトンネル状の道を結構なスピードで駆けていく3匹のスライムの後を、小走りで追いかけるのだった。




