79 ご褒美
ゾッとする。
そこにはたしかについさっきまで人が生活していた跡があるのに、肝心の人けは全く感じられなかった。
まるで町ごと神隠しにあったかのような異様な光景にぞくぞくする。
本来なら賑わっていたであろう大通りはしんと静まり返っており、俺の歩く音と、俺の後ろをついてくるスライムたちがぺちぺちと跳ねる音だけが木霊していた。
今回の作戦について来てもらったスライムは各色20匹ずつ、計60匹。
スライム領全体の5分の1程度の数なのだが、船のキャパシティ的にこれくらいが限界だった。
あんまり詰め込みすぎて、空を飛んでる時に誰かが落っこちでもしたら危ないからな。
そのうち、もっと多くのスライムを輸送できるよう考えよう。
そんなことより今はこの人間の町のことだ。
大通りに沿うように、家や何かの店っぽいものがずらっと並んでいる。
何かの施設なのか、大きい建物は石材でできているものもあるが、家々のほとんどは木造だった。
――まぁこれだけ森林の豊かな土地なら、木材なんていくらでもあるだろうからな。
この環境では、人間社会で木材が多く活用されるのは自然なことだった。
町の広さはそこそこで、感覚では東京ドーム数個分ほど。その面積に、俺が今通っている大通り以外はぎゅうぎゅうに建物が建てられていて、人口もそれなりに多かったのではないかと思う。
「にしては人少なかったな」
それは、逃げていく人間のことだ。
この町の規模から考えると、もっと大騒ぎになって多くの人間が街道に溢れてもおかしくはないと思うのだが、俺が門の先で見た人間の数は数百人程度だった。
それに、もっと老人や子供がいて、避難に時間がかかるかと思ったのだが、実際には働き盛りの年齢の人間の方が圧倒的に多かった。
まぁそれがこの町の特徴なのかもしれないし、深くは考えないでおこう。とりあえず、この町から人間を排除できた時点で目的は達成しているんだ。
そうやって、俺たちは町の森側、つまり俺らの領がある北側へやってきた。
町の北側にも門があり、少しの平原が続いた後、森へと繋がっている。
その門を抜けて振り返り、俺の後をついて来たスライムたちも平原に出て来たことを確認する。
「よーし。それじゃあスラちゃんたち……」
スライムたちは何かいいことが起こる予感がしているのか、期待の満ちた目というか顔というか、その小さな体で俺をじっと見つめる。
「この町をぜーんぶ、ぶっ壊すぞ!」
それを聞いたスライムたちは、揃って体をピーンと伸ばした。
俺の目的はこの土地から人間を未来永劫追い払うことだ。
こんな人間が興した文化、文明なんて残しておくわけにはいかない。それに野盗なんかが住み着いても嫌だしな。
スライムたちはいまだに体をピンと張り、硬直している。
「打ち壊しじゃ!」
その掛け声が合図になり、スライムたちはやっと動き出す。
そうなれば早かった。
1匹が外壁に体当たりをすればぼろぼろと崩れ、また1匹が木造の家屋に体当たりをすれば音を立てて崩壊して……60匹のスライムが、町を飲み込むようにして更地に変えていく。
さっきまで嫌味なほどに静かだったこの人間の町は、一瞬にして工事現場が何箇所も集結したような耳に響く騒がしさになっていた。
いつもは俺の側にいる側近スライムも、今くらいはいいだろう。
ソワソワしているそいつらにも、「行って来ていいぞ」と伝える。
しかしその前に、赤スライムにだけひとつ頼み事。
俺は打ち壊され倒壊した木材を植物魔法でひょいひょいと集め、そこに火を放つようお願いした。
これも貴重な資材だからな。万が一人間が帰ってきて、残された資材から町の復興なんて企てても面白くない。
むしろ破壊し尽くされた町を見てから、隣の町に引き返して大騒ぎしてもらいたいのだ。
俺たちがやった悪行を。人の町を襲う魔物のことを……。
側近スライムも打ち壊しに参加し、俺も次から次に出てくる木材を火に焚べていく。
量が多すぎて、炎の規模がすごいことになっているが、森からは距離があるので気をつけていれば山火事にはならないだろう。
そうやって、どんどんと処理していく。
……気がつけば、沢山の人が生活していたであろう町は、ただの瓦礫が残る平野へと成り果てていた。
トドメと言わんばかりに、赤スライムに頼んで残った小さな木材や食い物などの雑多な有機物類に火を放ってもらい、石組みの家や施設から出た石材は黄スライムに砂に還してもらった。
木材の処理が間に合わず、巨大な焚き火はまだ炎を上げているが、これで概ね第一次作戦の完了だ。
「……あっけないもんだったな」
準備に時間をかけた分、作戦の実働としては簡単なものだった。
それは作戦の形としては理想のものだとは思うのだが、拍子抜けだったというのも事実。
――ま、上手くいったならいいか。
そう考え、背中に背負っていた革製の鞄の中から1本の枝を取り出す。
これはうちの領にも生えている、魔王から貰ったあの頑丈な巨木の枝だ。
人間の繁殖力も適応力も半端じゃないからな。こういった平野すらあいつらからしたら都合のいい住処になりかねない。
だからこれは、証だ。
この地は俺らのものだぞという証。
縄張りの主張。
この巨木はそれこそ鉄を叩き割るほどの硬さがあり、炎にも強い耐性がある。俺みたいな植物魔法でもないかぎり、人間には切ることも燃やすこともできないだろう。
消そうにも消えない、この町を破壊し尽くしたという俺らの象徴。
これがあれば人間どももこの地に帰ってくるのを躊躇するだろう。
そうしている間に、この森の生命力であればこの平野もすぐに森に同化していくはずだ。
人間の完全な排除。
そのためにこれは重要な儀式だった。
町であった場所の中心地点にその枝を植える。
俺はそれ向かって手をかざしてから目を閉じ、大きく、強く育つように念を送る。
そして、この地が緑で一杯の、人間など到底踏み入れられないような森をイメージする。
……少しの間そうした後、ふっとひとつ息を吐いて目を開く。
俺の周りには、まだまだ破壊し足りないぞとでもいわんばかりに元気そうなスライムたちが集まってきていた。
「安心しろお前ら。まだまだ人間の町はいっぱいあるからな」
ふと顔を上げると、空にはもくもくと太い黒煙が舞い上がり、雲のようにして広がっていた。
それは、太陽の光すら遮ってしまうのではないだろうかと心配してしまうほどの、どこか恐ろしさのあるものだった。




