72 閑話⑧
ナワ湖中の浮島にクァナック王国の王城は建っている。
その城の中には、王が使うにはあまりにも狭い、まだ公にすることのできないような諸々についての話をするための小さな評議室があった。
そんな評議室には現在、6人の人間が席に座り、カテペックで起きた”悲劇”についての話をしていた。
王側はクァナック王国の王であるピピン8世、そしてこの国の国政を司る宰相、王国衛兵の長であるトリポロというこの国のトップ3が並び、机を挟んで反対には2人の男と1人の女が青い顔をして座っている。
左はポツァルトの応援要請を受け出兵したツィアトルという貴族、右は同じような状況のテモノノクという貴族、そして真ん中には、本来なら今回の件について最も詳しいはずであったポツァルト――その重臣であるチポトリという男だ。
「ポツァルトは戦死したのだな?」
ピピンはチポトリを見てそう尋ねる。
「は、はいっ。状況から考えて間違いないかと思われます!」
そこそこの貴族とはいえ、国の端……田舎貴族の配下であったチポトリからすれば、国王から直々に声をかけられるなど、起こり得ないはずのことだった。
しかし、このような責務を担うべきポツァルトは死に、本件と関わりの深いチポトリがその代わりに召集を受け、このような重責を背負わされている。
「では、どのようにして散ったのか、相手はどのようなものなのだったのか、答えよ」
チポトリの心臓がギュッと掴まれたかのように痛む。
顔面は蒼白。額には玉のような汗が滲んでいた。
「はい。……ポツァルト様の死については不明なところが多く、魔物にやられたのだろうということ以外はま、まだわかっておりません」
チポトリは、もはや自身が何を考えているのかもよくわかっていなかった。
前後不覚。頭の中は真っ白で、とにかく今は地獄への道をひたひたと歩いているような、絶望的な気持ちだった。
しかしそれでも、権力者に長く仕えてきたという経験から生まれた従う者の習性か、聞かれたことに対して嘘偽りなく、頭の中に湧いてきた言葉をそのまま紡いでいく。
「そ、その相手になりますが、調査を命じた冒険者からはひとりの人間のような存在と、丸く小さな数十の魔物からなる魔族だと、報告を受けております」
ピピンはそれを聞くと、隣にいるトリポロに目をやる。
その意を汲んで、王に代わってトリポロが問答を引き継いだ。
「人間とは、人型の魔物ということですかな?」
「いえ……いや、申し訳ありません。詳細はわかっておりません」
「では、その魔物とは? そやつらの規模は? 数十という曖昧な言葉ではなく、もっと具体的に。それにその魔物の繁殖力については把握できておりますかな」
「は、はい……。少なくとも冒険者らはその魔物について知らないと言っておりました。規模に関しても、調査に向かった冒険者のほとんどがやられてしまい、詳しい情報はわかっておりません。その後は……魔族討伐の件に関してはポツァルト様が主導されていたので、私にはこれ以上は……」
チポトリの声はどんどんと小さくなり、最後の方は消え入るように途切れてしまう。
それとは対照的に、王国側の席に座る面々の表情は少しずつ険しくなっていく。
「話では数千の兵を行軍させたと聞きましたが、その兵は今何処へ? 彼らからの聞き取りは?」
「はぃ。その、帰ってきた兵は各領に戻る手筈をしており……、報酬うんぬんもまだ決めかねており……その、ポツァルト様が戦死したということで領内もまだ色々と揉めていて、兵への聞き取り等もまだ進んでおらず……」
――ドンッ。
と、トリポロが机を叩きつける音がチポトリの話を遮る。
「チポトリ殿……クァナックに属する者としてあまりに虚けてはおらんか。この国は魔族を排して生まれた国。魔族の被害も昔に比べれば少なくなったとはいえ、対応を誤れば決して浅くはない傷を負いますぞ」
そのトリポロの刺すような眼光に、チポトリも、その両側に座るツィアトルとテモノノクも、肩を窄めて下を向くしかなかった。
『なぜ、こんな事に……』
チポトリは嘆く。
たった数十の生まれたばかりの魔族に対し、こちらは万全の準備をし、貴族2人の手も借りて討伐へ向かった。
あの日のポツァルトには驕りなどはなく、魔族の脅威を正確に理解しているからこその十全な対応だったはずだ。
それを決断するポツァルトはとても頼もしく、あの日の夜、これでようやく肩の荷が下りたと能天気に酒を煽っていたというのに……。
チポトリがそう思ってしまうのもしょうがなかった。
森の奥に潜む魔族に対して数千の兵を行軍させるというのは、クァナック王国においても最高クラスの軍事対応。
敗戦後の処理が最悪だったとはいえ、魔族に対する職務をポツァルトに引き継いだチポトリが責められるのは可哀想としか言いようのないものだった。
しかし、だからといって脅威が消えるわけではない。
この世は生きるか死ぬか。
勝ったものだけが生き残る弱肉強食の世界。
その胸を焼くような厳しさを理解しているのは、この場では戦いの世界に身を置くトリポロのみだった。
「王よ、これは緊急を有する事態です」
トリポロの真剣な眼差しを見て、険しい顔をしていたピピンの顔がなお引き締まる。
「うむ」
しかし対応するにも難しい。
何せ相手がどんな魔族かも、今回の戦いがどのようなものだったかも、この場にいる全員が知らないのだ。
王としては、未知の相手に対して賭けに出るわけにもいかない。それにカテペックには、この件で直接その魔族と相対した者たちがいるはずだ。
「ポツァルトの領に関しては一時国預かりとし、代理としてツィアトル、テモノノク両名の共同統治下に置く。2名で協力して先の軍事戦闘について早急にまとめ、報告せよ」
そう伝え、ピピンは立ち上がり評議室を出ようとする。
トリポロはいまだに厳しい顔をしているが、王の判断に一定の理解もあり、そのまま黙って王に付いていった。
ひとまず首は繋がったと、残された3名は顔をぴくりとも動かさず、内心で大きく胸を撫で下ろす。
――のだが、それを見透かすかのようなピピンの去り際の言葉に、3人、特に貴族である両脇の2名はまた顔を青くする。
「此度の失態に対する処罰に関しては保留とする。これからの働き如何では、家名の断絶もあると心得よ」
その言葉を最後に、ピピンは評議室から出て行き、続いて宰相とトリポロも部屋を後にする。
パタリとドアが閉まり、評議室には静寂が訪れた。
「なぜ、こんな事に……」
それはチポトリではなく、隣に座るツィアトルの口から出た言葉だった。
高価な髪油を贅沢に使用した、その艶やかな長い髪も今ではどこかへたって見える。
「……とりあえず、やるしかないでしょう。挽回の機会があるだけ幸運だと思わねば」
「ええ、そうね」
そういうと、女性ながらテモノノクより背の高いツィアトルと、貴族にしてはまだ若いテモノノクは席を立つ。
彼らには時間を無駄にしている時間はない。すぐにでもポツァルトが治めていた領に向かい、ピピンが満足する内容の報告書を仕上げなければいけなかった。
こればっかりは部下ばかりに任せるにもいかない。文字通り、自分らの首がかかった任務だった。
「おい、いくぞ」
テモノノクが、いまだに席で小さくなっているチポトリを睨む。
「は、はひ!」
「すぐにでも貴様を殺してやりたいところだが、生憎俺らにはそんな余裕もないようだ」
ツィアトルとテモノノクからすれば、不幸にもポツァルトの策に巻き込まれたような形。
ポツァルトはもちろん、このチポトリという男にも恨みはあるが、今はそうやって足の引っ張り合いをしているわけにもいかなかった。
「いい、今回の結果で汚名を返上できなければ私もあなたも全員終わり。……死ぬ気でやるわよ」
ある意味この3人は一蓮托生。
お互いが生き残るために、貴族社会の生存競争を勝ち残るために、ここに新たな協力関係が生まれたのだった。




