69 夢の跡
「なんだこれ……」
上空から見ると、そこには森の中にぽっかりと、かなり広い空き地のようなスペースがあった。
俺はゆっくりと、木の船をその空き地に降下させる。
地面に着陸すると、スライムたちがようやく好きに動けるぞとぴょーんと大きく跳ねて船から降りていった。
「遠くにはいくなよ!」
そう声をかけて俺も下船。たった1、2時間の空の旅だったが、この大地の感触がえらく久しぶりに感じる。
とんとんと、片足で地面を踏む。
――あぁ、やっぱこの大地の安心感は最高だな。
植物魔法で動かす木の船は揺れがないので、下船病のような足元がおぼつかなくなる感覚もなく、気分よく大地に帰ってくることができた。
そんな日常の小さな感動はさておき、問題はこの広い空き地である、
ただの空き地ではない。
ここには、明らかに人間が過ごしていた形跡があった。
わかりやすものでいうと、倒壊したテントのようなものもあるし、おそらく回収されたのであろうテントが立っていた跡のようなものもある。
それに、地面がしっかりと踏みならされている。
これだけ踏みならすには、少数の人間や動物では無理だ。それなりの期間、もしくは”かなりの人数”がここにいたのだろう。
こうやって見てみると、ここは元々あった空き地ではなさそうだ。
空き地といっても木が1本も生えていないわけではない。ぽつぽつと、感覚を開けて少しずつ生えている。
逆にいうと、本来はここに生えていたかなりの木が間引かれたということだろう。
綺麗に枝打ちまでされた丸太が空き地の端に積み上げられていることからも、それは間違いない。
「……やっぱり、あいつらだよな」
明確な意図を持って作られた広大なスペース。まるで強盗にでもあったかのように、慌てて持ち帰られたであろうテントやその形跡。
いたるところに多くの人間が過ごした形跡がある。それも古いものではなく、どれも新しいものだ。
俺はかなりゆっくり船を動かしていたので、距離的にも数時間でスライム領に着く程度だろう。
身を潜めておくにはちょうどいい距離感だ。
乱雑に倒れている、ぺったんこになったテントに近づき、念の為そこら辺の木の棒に植物魔法を使ってテントの幕をめくり上げる。
しかし、そこには何も残っていなかった。
あの人間たちが持ち帰ったのか、それとも元々道具の類は持ち込んでいなかったのか。
それに火を熾した跡もないし、食料はどうしていたのだろう。まぁ、あの人数を賄える規模のメシの用意を焚き火でしてたら煙でバレるか。
そう何の気なしに思ってから、ぞぞぞっと、悪寒のようなものを背筋に感じた。
まるでこの場所が、丸ごとあの日に死んだ人間たちの怨念のようなに見えてくる。
それだけ、あの人間どもがこの戦いに対して真摯に準備をして、計画を練り上げていたということだろう。
「ほんと、勝ててよかったな」
スライムたちは船でじっとしていた反動か、自分が知らない森が珍しいのか、しばらくは辺りをうろうろと行ったり来たりしていたが、ある程度すると満足したのか船の中に戻ってきていた。
俺もあまりここに長居はしたくないので、他の潰れたテントも簡単に調べてからスライムたちのところへ戻る。
木の船を空に浮かべ、空で石の方位磁針をもう一度確認する。
俺らはこの針の指す方へまっすぐやってきた。そして、その直線上にこの野営地があった。
おそらく敗走した人間たちは、この野営地に一度戻り、とりあえず取るものだけ取ってさらに南下していったのだろう。
野営地から少し進み、下を覗いて閑散とした森をよく見れば、たしかにその方向に土が剥き出しになったような、行軍の跡があった。
「やはりこの先に人間どもの住処があるのか」
そちらをきっと睨む。
少なくとも、この世界の人間にはいい思い出はない。
あちらからすれば俺らのほうが邪魔な存在なのだろうが、こちらからすらば人間などいい迷惑でしかなかった。
世の中には素晴らしい人間もたくさんいるが、どうしようもない人間ももちろんいる。
ましてや土地や国を統べるような人間ともなれば、善人ではやっていけないだろう。
そいつらが俺らを目の敵にしている以上、仲良く平和的に解決とはならない。なるはずがない。
今回、人間側は本腰を入れて俺らを討伐しにやってきた。その作戦には一分の油断もなかったと思う。金だってかなりの額がかかっているはずだ。
それだけ手間をかけて準備して、こんな森の中に行軍してまで、なぜ俺らを狙うのか。理由はわからないが、それだけの価値――もしくは、あいつらからすれば”害”があるのだろう。
俺も別の世界で人間側だったからわかるが、そんな奴相手に、人間社会が下手にでて、共に手を取り合える仲になれるとは到底思えない。
あれほど平和な地球という星でさえ、争いというのはどこかしこで起こっているのだ。
そもそも、俺は人間と会話もできないしな。
だから俺は抵抗する。
俺らを排除しようとする人間に対して、逆に吹っかけてやる。
俺の腹は決まっていた。
これは、スライム領と人間の戦争だ。
◆◆◆
それからしばらく、方位磁針の指す方へ向けて木の船を進めていた。
スピードもかなりあげ、今では風がびゅうびゅうと耳を通り過ぎ、高度もあれからさらに500メートルほど上げている。
いきなり上げすぎだとは思うが、高い方が地面までの距離があり、植物魔法で緊急空中停止をするまでの時間が稼げそうだということに気づき、思い切って上げた。
ここまで高くなると、リアリティが薄れて下を見てもそこまで怖さはなかった。
ビルのように高さを比較できるものがひとつもなく、辺り一面緑が広がっているので距離感がうまく掴めないというのもあるかもしれない。
そうやってしばらく飛行していると、遠くにまた森が開けているようなところが見えてきた。
いや、それだけじゃない。
森の切れ目の先に、何か人工物のようなものが見える。
俺は急いで船の速度を徐行のようなスピードまで下げ、さらに高度を上げた。
できるだけバレないよう、少しずつ近づいていき、はるか上空からそれを眺める。
「町……だよな?」
俺は船の床でじっとしているスライムを持ち上げる。
「スラちゃん、あそこに人間がいるかわかるか?」
念の為、あの町と思しき場所に人間がいるかスライムに探知してもらう。
手の中のスライムはふるふると震えた。
結果はイエス。
――あったんだ、本当に。
もちろんあると思ったからこうして慣れない空を旅してきたのだが、実際に見ると感慨深いものがある。
こんなところで人間たちは暮らしていたのか。これだけ離れていたらそりゃあ会うことなんてないな。
この世界にきた最初の頃の、まだ人間社会で領主になるんだと意気込んでいた自分を思い出す。
思っていたような未来ではなかったけど、俺はこのスライム領の領主になれてよかったと、今では心からそう思える。
「ありがとな」
手元のスライムを床に降ろす。
その時にまた、小さくぷるりと震えた。
こんなちっちゃくて、気のいい奴らと出会えて本当によかった。
あの日、この世界に転移させられてすぐに3匹のヨボヨボスライムを見つけられた幸運を、あの土地に転移してくれた神様っぽい老人に感謝したいなと、久しぶりにそんなことを考えるのであった。




