68 空へ
俺たちは戦いに勝った。
勝ちはした。
しかしだからといって生活が変わるわけでもない。
今の俺らにとって戦いとは、何かを得るための戦いではなく、守るための戦いだった。
命懸けで戦って、ようやく現状維持。
それだけ”ただ生きている”ということは尊いものなのだが、それが当たり前の日本で生きてきた俺にとっては、まったく割に合わないものだった。
プラマイゼロならまだいい。1000体近い死体を遠くまで運んで埋めるという数日がかりの重労働を課せられ、プラスマイナスでいえば大きくマイナスだった。
副次的にトン単位の金属も手に入ったが、残念ながらうちでは使いようがない。そこら辺に生えている木の方がまだ100倍役に立つ。
これが今の俺たち現状だ。常にリスクに晒され、日々をなんとか生き長らえている。
終わりのないクソみたいなギャンブルに、延々とベットさせられてるような気分だった。
だから俺たちは成らなければならない。
奪う側に。
守りたいからこそ、守るための戦いから奪うための戦いに変えていかなければならない。
これは、そのための布石だった。
「こ……こわいっ!」
今俺がいるところは、森の上。
高さでいえば20とか、30メートルくらいだろうか。緑の海を滑るように、木々に触れるスレスレのところを木の船で飛んでいた。
こういうのはだいたい、遥か上空を飛んで高所からの景色に感動したりするものなのだろうが、俺にはこの程度の低空飛行がギリギリだった。
技術的な話ではない、度胸の問題だ。
俺は一緒についてきてもらった、10匹のスライムのうちの1匹をきつく抱きしめ、そっと下を覗く。
そこには、わしわしと生い茂る緑が視界いっぱいに広がっていた。
ちなみにこの船に乗っているスライムは、みんな普通サイズのスライムだ。
鎧人間の群れと戦ったあの日、スライムたちは合体して大きなでかスライムになった。
その大きさ以上にパワーも上がり、まさに一騎当千の活躍をしていたのだが、やはり大きい体を維持するのは大変らしい。
戦いの後、3匹のでかスライムは俺の側に来ると、ポーンとポップコーンが弾けるようにまたいつも通りのスライムのサイズに分かれていった。
面白いのが、子スライムも親スライムもみんな一緒になって合体したのに、別れる時はみんな一律で同じサイズのスライムとして出てきたことだ。
やはりスライムは種の繁栄というより、魔力の効率的な貯蔵手段として分裂という手段を取っているのだろう。
それを証明するように、別れた後のスライムは戦う前より明らかに数を減らしていた。
おそらく2割くらいだろうか。でかスライムとして戦った時間は短かったのに、それほどの数を減らしたということは、大きな体を維持するのにそれ相応の魔力を消費したということだろう。
そんな、今はスライム領でゆっくりリカバリーをしているスライムたちから10匹を選んで、この空の旅について来てもらった。
さすがに俺1人で領を離れるわけにはいかないからな。
ちらっと視線を下げると、俺に絞められているスライムはぐにっと体を締められて苦しそうだった。
――すまん。でも怖いんだよ。
特別高所恐怖症というわけではない。もちろん得意ではないが、高さに対する恐怖心は人並みだと思う。
しかしこれは俺が操作する船。
残念ながら、俺はそれほど自分を信用できるタイプではない。そんな俺が操作する空飛ぶ船というのは、素人が作った絶叫マシンとか、素人が挑戦する人体切断マジックとか、そういう類の怖さがある。
「やっぱり、帰ろうかな……」
もう領地に引きこもって、内政コツコツ頑張って、どれだけ攻められてもびくともしないような要塞でも目指した方が楽なんじゃないか。
そんなことも頭に浮かんでくる。
しかしそれでは、結局今と状況は変わらない。
人間が近くにいる以上、俺らと人間の戦いはずっと終わらないだろう。それこそ、どちらかがこの世からいなくなるまで。
そんな泥沼としか言いようのない現状を変えたいからこうやって空に進出したのだ。
俺は……
この地から人間を排除する。
完全に。
そのためにはまず、人間の住処を見つけなければならない。
スライム領周辺に住む人間の巣を見つけ、破壊する。
抵抗する人間も殺す。
そうやって、この地に二度と人間が近づかないようにするのが俺の大きな目標――理想とする世界だ。
ポケットから、コンパスのような石を取り出す。
これは前に戦った、白いローブを着た人間たちのドロップ品だ。
ちなみに同じようなものを先日も手に入れている。あの偉そうな奴を護衛していた騎士のうち、特にガタイのいい奴が懐に忍ばせていたものだ。
その石も、俺が今持っている白ローブの石も、同じ方向を指していた。
俺はこれが、そいつらの拠点を指しているのではないかと睨んでいる。もしそうでなくても、いつも人間が来るのは南側からだ。
その方角に何があるのかは、調査しなければならない。
そのために、今はその石が指し示す方向へと船を走らせていた。
「お?」
かれこれ1時間くらいだろうか。
しばらく船を進めていると、森の様子が変わってきた。
今までは鬱蒼とした密林のような濃い森が続いていたのだが、ある地点を境に、俺がこの世界に来る前に思い描いていたような空間に余裕のある上品な森が現れた。
スライム領の周辺の森に慣れた今では、もはやスカスカにすら感じるのだが、こっちの森のほうが生物は生活しやすそうだ。
「へ〜」
特に変わり映えはしないのだが、この世界で初めて見る景色に、船の縁から頭だけを出してつい眺めてしまう。
スライムたちは、船から落ちないようジャンプを禁止しているのでどこか不満そうだった。
うちのスライムならこれくらいの高さから落ちても問題ないだろうけど、こっちの心臓には良くないからな。
普通に可哀想だし。
ひょいと赤スライムを1匹掴み、落ちないよう気をつけながら外を見せてあげる。
「この森には来たことあるのか?」
そうスライムに尋ねると、しっかりと俺の手に掴まれたそいつは、ぺこっと体をへこませた。
「そっか」
答えはNOだった。
同色のスライム同士は記憶を共有しているので、こいつ単体の話ではなく、赤スライム全体を含めてこの森に来たことがないのだろう。
違う色のスライムが単独で動くとも思えないので、赤どころか全てのスライムを通してそうなのかもしれない。
――そういえば、スライムって分裂する時に記憶も継承されるんだよな。ということは、昔も昔、大昔のスライムの記憶も受け継がれてるってことなのかな。
受け継がれていたとしても、もう忘れてしまっているのだろうか。
こいつらの頭の中がどうなっているのか、とても気になる。
古代の恐竜がどんな姿や暮らしをしていたのか気になるのと似た気持ちだ。スライムという種が生まれる瞬間の記憶も持っているとしたら、なんだか壮大なロマンを感じる。
その後も、別のスライムに順番に外を見せていく。
それくらいしかやることがなく、たまに外を見たり、船の床に張り付いたりしていると、さすがに慣れてきたのか高所への恐怖心も少しはおさまってきた。
この木の船は、小型の漁船くらいの大きさはある。当然操舵室なんかもないので、1人と10匹でもまだまだ余裕のある広さだ。
俺は船首のほうにじりじりと寄っていく。この木の船も普通の船と同じように船首に向かうにつれてきゅっと細くなっているので、なかなかに足元というか、足場が心許ない。
ゆっくりと前を見ると、そこにはまだまだずっと続く森が見えた。
今までは恐怖心があり、それほど速度を出せなかったのだが、少しずつなら速くしていってもいいかもしれない。
というか、そうしないと空を飛んでいるというメリットが今のところなかった。今のスピードでは森の中を走るのとあまり変わらないのに、ただ余計に怖がっているだけだ。
俺は意を決して、少しずつイメージ上の木の船の速度を上げていくる。
それに呼応するように、体にくっと重みがかかり、顔にそよそよと風がかかる。
――やってみれば簡単なもんだな。
さすが植物魔法製の飛行船。この船は振動も全くなく、エンジン音もしない。
すーっと、まるで線を引くかのように一直線に空を飛んでいく。
「おおー!」
あれだけ怖がっていたのはなんだったのか、速度が出ると逆に少し楽しくなってきた。
そのまま少しずつ速度を上げる。
俺は車を運転したら調子に乗って事故を起こすタイプだろうな。日本では原付の免許だけ取ってろくに運転もしなかったが、本当によかった。
そうやってようやく空の旅を楽しめそうになってきた時。
「ん?」
少し行ったところに、大きくぽっかりと森が開けた、それこそ俺らのスライム領のようなところが見えてきた。




