67 どでかスライム
俺がスライムの体当たりを受ける訓練をする時、その相手には子スライムを選んでいた。
保有する魔力の量で大きさは変わるし、比較も正確ではないが、だいたい子スライムというのはハンドボールくらい、普通のスライムはサッカーボールくらい、親スライムはバスケットボールくらいの大きさと認識している。
子スライムの重さは体感3キロ程度。それを参考に、スライムと水が似たような比重と仮定すれば、体積的に普通のスライムは5キロ程度、親スライムは7キロ程度となる。
そんなスライムたちのプライベートなデータをわざわざ引き合いに出して言いたいのは、子スライムと普通のスライムくらいの差でも、体当たりを食らった時の衝撃はは大きく変わるということだ。
子スライム相手の訓練だからなんとか成り立っているが、普通サイズのスライムたちとガチで訓練をしていたら、俺はどうなっていたかはわからない。少なくとも、訓練で得られる経験値に対してのリスクが高すぎる。
それが親スライムサイズともなれば……考えたくもない。
たとえ盾の上から体当たりを食らったとしても、余裕で吹っ飛ぶだろう。
とにかく、たったひとまわり大きさの違うスライムでも、そのパワーには大きな違いがあるということだ。
スライムが喜びや賛成の意を表す時によく使う、ふるふると体を小刻みに震わせる仕草。その小さな震えですら、でかスライムがやると、さっきの俺がそうだったように人間を吹き飛ばしてしまうほどの力を持っている。
……上空から人族を見下ろす。
そこには、集まった人間の層を食い破るように、でかスライム3匹が体当たりで突き抜けた跡が残っていた。
ひとまわりどころではない。
体積比でいえば何十倍にもなるスライムが人間の群れに体当たりをかますと、数十の人間を吹き飛ばし、そのまま勢い余って反対側まで抜けてしまうらしい。
敵の注目を俺に集めて、その隙にスライムに敵の懐に入ってもらい、その圧倒的な力と耐久力で内側から人間どもの群れを荒らしてもらうつもりだったのだが、一撃でその群れを貫いてしまった。
あまりの手応えのなさなのか、それともいつの間にか目の前から人が消えたことに対してなのか、でかスライムたちはくてんと体を曲げ、頭に『?』を浮かべていた。
しかしそんな可愛い仕草もすぐに終わり、後ろを振り返り新たな攻撃対象を発見。映画に出てくるようなごつい大型バイクほどの大きさのあるでかスライムたちが、ぐぐっと体を縮める。
それは、そこにいる鎧人間たちからすれば死刑宣告に等しかった。
一瞬の静寂の後……激しい殴打のような、破裂のような、エネルギーの爆破音が響く。
――まるで、大型船を係留するためのぶっといロープが引きちぎれる時の音みたいだ。
そう思った時には、その巨大はすでに消えていた。
代わりに聞こえてきたのは、金属がぐしゃぐしゃに潰れる音と、人間の怒号と悲鳴。
そしてまた反対側、つまり今度は俺らの拠点側に、でかスライムがひょっこりと現れる。
何人かの勇敢な鎧人間たちは、また疑問符を浮かべて固まるでかスライムに向かって何度もその鍛え抜かれた剣技をぶつけるのだが、その攻撃は全てスライムのやわらかボディに弾かれた。
……力の差は歴然だった。
いわゆる大局の流れとでもいうのか、なんとなく、場の空気が弛緩するのを感じる。
その証拠に、スライムの周りからじわじわと、人の群れ全体に恐怖が伝播していくのが見て取れた。
そうなると、あれだけ徹底して勝にこだわっていた、規律の厳しそうな軍隊も崩壊するのは早かった。
一番奥にいた偉そうな奴と、ローブを着た魔法使いっぽい奴ら、そしてその護衛隊。そいつらが率先して戦場に背を向けて走り出すと、それを見た鎧人間たちも武器を捨てて逃走を始める。
それは瞬く間に連鎖していき、わずか数十秒でその場にいた全員が我先にと森へと駆け出していた。
しかしそれも当然だった。
頭が逃げ出したのだ。ただでさえ形勢は不利だというのに、そんな奴のために命を張ってここに残り、隊の志を貫いて死ぬ理由はないだろう。
追撃の手を緩める気はないが、だからこそ俺はその首謀者が許せなかった。
――なに助かろうとしてんだよ。
これだけ用意周到に準備して、当たり前のように殺しますよって顔でやって来て、そのくせ旗色が悪くなったら命懸けで戦った部下を捨てて逃げ出すって……。
「そんなもん……通るわけねぇだろ!」
仲間の死体を超えて、目の前で仲間をやられて、それでもそいつらに一目もくれずに、むしろその仲間の死を利用してまで俺の首を取ろうとしていた鎧人間。
その金属の兜の下で、そいつらはどんな顔をしていたのだろうか。
命を懸けて戦った者同士だからこそ伝わる、生への執着と諦めの、一見矛盾しているような感情。
美学といえば大袈裟だが、それに似た、生きる物としての尊厳を踏み躙られたような気分だった。
「スラちゃん! フォローしてくれ!」
浮かべていたアームをぽいと捨て、俺は逃げていく人間の群れを飛んだまま越えていく。
その先頭を走る、一団に守られるようにして逃げる上等そうな鎧を身につけた男の前に着地し、木剣を構えた。
それに呼応するように、偉そうな奴を護衛している数名の騎士も足を止めて剣を抜く……が、そいつらは無視。
俺は植物魔法による急加速でその後ろにいるローブを着た魔法使いに接近し、慌てて腰を抜かすそいつの頭部に木剣を振り下ろす。
――急がないと、遅れてやってくる鎧人間の群れに飲み込まれるな。
猶予はあまりない。
俺を狙う護衛の騎士の剣を避けながら、俺は流れ作業のようにローブたちの頭部を破壊していく。そいつらは特に戦闘訓練を積んでいるわけではないようで、抵抗されることもなく移動のついでにあっさりと殺すことができた。
――よし、これで魔法使いは全員やったな。
やはり魔法は危険だ。
おそらくこいつらの使う魔法も、あの白ローブが使っていたような雷系の魔法なのだろう。もしそうなら、スコールによって濡れた体ではこの木盾で防げるのかも怪しかった。
直撃は免れても、体が痺れてしまえば俺なんて簡単に殺されてしまうだろう。
そうしている間に、護衛の騎士の中でも特に体の大きい人間が俺に追い付き、ごつごつと装飾のされた剣を大きく振り上げる。
……しかし、その剣は俺には届かなかった。
大きな体をぷにんと揺らして、でかスライムたちがぴょんと跳ねて到着する。
偉そうな人間ごと、その騎士たちを蹴散らしてしまった。
スライムの素早さは、大きくなったからといってその分ゆっくりになったようには見えない。
つまり、この大きさのまま、小さい時のスライムと同じようなすばしっこさを保っているということだ。
体当たりでなくとも、この質量とスピードでぶつかれば人間なんか簡単に弾き飛ばしてしまう。
後ろを走って逃げていた鎧人間たちも、自分らを追い越していくでかスライムに気づくと、走る向きを変えてあちこちにと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
おかげで俺はこいつらに集中できそうだ。
すぐに動き出し、倒れている護衛の騎士や、突然吹き飛ばされて前後不覚になっている騎士にトドメを刺していく。
最後に残ったのは、上等そうな服に、意匠の入った高価そうな胸当てと、甲冑でいうところの草摺のような腰回りを守る鎧を着た妙齢の男ひとりだけだった。
腰でも抜けたのか、もう逃げられないと諦めたのか、地面にへたり込み、俺のことを睨みつけている。
――こいつが一番偉い奴だよな。
つまり、敗北の責任を負うべき者。
今回の戦いでいえば、俺と同じような立場の人間ってことだ。
俺は木剣を高く構える。
そいつはワーワーと、口から泡を飛ばしながら何かを叫ぶが、残念ながら俺にはそれがなんて言ってるのか全くわからなかった。
――まだスライムとの方が話が通じるわ。
「うるせぇ!」
構えた木剣が、そいつの頭に吸い込まれるように振り下ろされ、脳天に突き刺さる。
だくだくと血が溢れ、それとは対照的に顔はスゥっと白くなり、そいつは半目のまま地面に倒れて動かなくなった。
辺りを見ると、四方八方とまではいかなくとも、スライム領から逃げるように鎧人間たちが森へと散り散りに逃げていく。
密集した相手ならともかく、こういった散開した相手、さらに掃討戦となると俺らの最も不得手な分野だ。
「ま、今日はもういいか」
地面に体を預けるように座り込むと、スコールのせいでぬかるんだ大地がぱしゃっと水音を立てた。
……さすがに疲れたな。
遠くで人間たちの騒ぐ声と足音が聞こえる。
それがどこか、子供の頃に聞いた遠くで流れる祭囃子を連想させて、郷愁を掻き立てる。
そんな俺を見て何を思ったのか、でかスライムたちもバシャバシャと音を立ててこちらにやって来た。
「ナイ……」
ナイスーと、いつものように手を出そうとしたが思いとどまる。今のこいつらとハイタッチをしたら、俺の腕ごと持ってかれそうだ。
「お疲れ様」
数千人規模の、圧倒的な数的不利から始まったこの戦いは、決して楽ではなかった。スライムがいなければ死んでいたような場面もあった。
しかしそれでも、俺らはそいつらと戦い、こうやって追い払ってみせた。
俺たちは人間の軍隊相手でも、十分以上にやり合うことができたのだ。
「……そろそろ、いいかもな」
今回の勝利は、俺の目指す理想へと近づく、大きな1歩となった。




