66 白光
敵もスライムとやり合うのが得策ではないと考えているのか、それとも俺らの急所を理解しているのか、スライムと相対している奴らに比べて、俺の目の前にいる奴らは気合いの乗りが一段階も二段階も違った。
――絶対死んでやるもんか!
脆く、簡単に死ねる俺は、スライム領で最も弱い存在だ。
それは俺も理解している。だからこそ生き残ることに焦点を当てた、耐えるという訓練をスライムたちと今までずっとやってきた。
――ここで俺が先にやられたら、スライムたちに合わせる顔がねぇ!
敵の攻撃を木盾で受け流し、そいつの顔面に木剣を叩き込む。
別の鎧人間がその隙を狙って横からするりと抜け出してくるが、そいつにはスライムが体当たりをかまし、その跳ね上がった上体に俺が木剣を突き刺す。
スライムと協力しながら、無限とも思えるような人間どもの攻めを捌いていく。
人間の死体が積み重なり、それが俺らと鎧人間を隔てる壁になってくれるかとも思ったが、どうやらこの包囲網は少しずつ移動して場所を変えているようだった。
……もしくは、俺らが追い込まれつつあるか。
それに加え、直接戦闘に参加できない後方にいる鎧人間が、死んだ仲間をバケツリレーのようにして後ろに送り、前線が動けるスペースを作り出していた。
こいつら、どこまでが作戦でどこからがアドリブなんだ。
この死体の運搬も初めから計画の内だとしたら、そんな作戦を立案した奴も実行するこいつらも怖すぎるし、かといってその場のアドリブでこのような連携を取っているのなら、その勝利への執念には敬意すら感じる。
仲間の死すら一顧だにしない一連の動作は、まさに狂気だった。
そうして、一心不乱に鎧人間を打ち倒していると、薄暗かったスライム領に柔らかな西陽が差してきた。
あれだけざあざあと降っていた雨がすっと消え、強まっていた風も元に戻っていく。
それは、当然やってくるスコールのいつも通りの終わりだった。
――これで少しはやりやすくなるか。
なんてことを思っていると、鎧人間の奥の方から、ピーーーッと耳に障る甲高い音が聞こえてきた。
なにかの合図かと思いつつも、目の前の鎧人間の攻撃を木盾で受け流し、そいつの側頭部に一撃をお見舞いしてから、さぁ次だと追撃してくる鎧人間の動きを捉えようと集中する。
……が、その追撃はやってこなかった。
「なんだ……?」
目の前にいる鎧人間からは、さっきまでとは打って変わって全く殺意を感じられない。
それどころか、防御姿勢をとりながら、じりじりと鎧人間の前線が下がっていく。
すぐに、ガチャガチャと鎧の動く音がそこら中から聞こえるようになってきた。
……撤退か?
いや、そんなはずはないと思い直す。
あれほど勝ちにこだわっていた奴らが、こんなに簡単に引いていくとは思えない。
しかしその考えとは裏腹に、じりじりと下がっていた前線はどんどんと後退し、スコールで鎧に付いた雨粒を西陽でキラキラと輝かせながら、ついには走るようにして全員が引いていってしまった。
――いや、ただ引いたわけではない。
俺の正面に大きな道ができるように、そこだけぽっかりと開けて左右に分かれるように引いていったのだ。
その道の先、100メートルほどのところには、数名のローブを着た人間が立っており、その中心には――煌々《こうこう》と白く輝く大きな光が浮かんでいた。
――既視感。
『あぁ、あの時の短剣を持った白ローブの魔法か』と思うのと同時に、突き刺すような怖気が全身に走った。
雷魔ほ――
俺が考えるより早くスライムたちが動く。
周りにいたスライムがぴょんと飛び、俺を覆うようにして集まってくる。
――閃光。
目の前が白で塗りつぶされる――より一瞬早く、ぷにゅんと飲まれるような感覚が体を包む。
そして……鼓膜を直接殴りつけたかのような轟音が響いた。
「――ッ!」
息ができない。ひんやりと冷たい、心地よい感覚。
……。
少しすると、ぺっと”そこ”から吐き出された。
「っはぁ!」
と大きく息を吸う。
「あっちぃ!」
膝と手に焼けるような熱と痛み。吐き出された時に地面に着いた箇所だ。
地面をよく見ると、スコールの後だというのにそこはすっかりと乾いていた。
いや、そんなことはどうでもいい。
俺は振り返り、ソイツを見る。
「お前……っ」
そこには、俺の身長よりも大きい、赤、黄、緑の3色が淡く混ざり合った超でかスライムがぷにんと鎮座していた。
お前お前……っ!
「まだそんな技隠してたんかっ!!!」
目の前のどでかスライムをむぎゅっと抱きしめる。
手の届く距離に大きくてプニプニしたものがあるのなら、抱きしめたくなるのが人の性。
いや、相手がでかすぎて、抱きしめるというよりは俺が張り付いているみたいになっている。
「ありがとうっ」
と、スライムに顔を埋めたまま感謝を伝える。
――また命を救われてしまった。
見覚えのある白く光る魔法。尋常じゃなく熱せられた大地。
そしてちらりと見えたローブを着た奴ら。
これはおそらく、あの短剣を持った白ローブが使っていた雷魔法の、上位的な存在のものなのだろう。
白ローブの魔法はデバフがメインで殺傷能力はなかったが、この魔法に関しては威力も相当ありそう。
もしスライムが守ってくれなかったら、俺なんて消し炭になっていただろう。
というかお前ら……魔法耐性もあるのかよ!
うちのスライムが強すぎる。
3色が混じったどでかスライムは、俺の『ありがとう』の言葉に応えるように、ふるふるっと体を震わせる。
「ぐえっ」
いつものスライムの意思表示の仕草も、その巨体で行われると軽く人を飛ばすくらいのパワーがあるのか。
「あぢぃ!」
当然、尻餅をついた俺のお尻と手も焼かれる。
――ふざけてる場合じゃねぇ!
急いで立ち上がり、じんじんと痛む手を冷ますように振って、人間の方を見る。
「へぇ」
……どうやら、これは相手も想定外だったみたいだな。
引いていった兵士はビシッと静止しているが、開けた道の先にいるローブや護衛っぽい騎士、そしてそいつらに守られている偉そうな奴は何やら揉めているようだった。
どでかスライムは、その体を維持するのが大変なのか、ポンっと音を立てて赤、黄、緑の二回りくらい小さくなったでかスライム3匹に別れた。
それでも俺の胸くらいまでの高さはあり、かなり大きい。
……よし。
俺はそのでかスライムを見て、ひとつ作戦を思いつく。
何より今は相手が揉めている大チャンス。これを逃す手はなかった。
3匹のでかスライムに簡単にやることだけを伝え、俺はいまだに動かない鎧人間たちに体を向ける。
「すぅー、はぁー」
ひとつ大きく深呼吸。
スライムたちが合体したので、いつも俺の側にいてくれる側近スライムは今はいない。
この作戦の口火を切るのは、俺1人でやりきらなければならない。
――行くぞ。
俺は遠くに落ちていた、トレビュシェットの残骸の中でも1番大きいアームの部分を植物魔法で持ち上げ、走り出す。
「うおおおおおおおおおおおお!」
鎧人間も、その奥にいる奴も、全員がその雄叫びに気づき、俺を見る。
俺はそのまま高くジャンプし、さらに木盾に植物魔法を使い、空高く舞い上がる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
喉が裂けてしまうのではないかと思うくらい、腹の底から声を張り上げる。
それと同時に、俺は木盾と拾ったアームの制御に集中する。
そのまま飛び続け、今では地上から50メートルくらいの上空にいる。アームはまだしも、木盾のコントロールを失えば真っ逆さまに落ちて死にかねない。
そんなひりつく緊張感の中、俺はさらに声を上げ、人間の群れに向かって飛んでいった。
「おおおおおおおおおおおおおおおぉぁあああああああああああああああああっ!」
木剣を持った方の手と一緒に、空中でアームを振りかぶる。
実際に俺がアームを持っているわけではないのだが、体の動きがついていたほうがイメージがしやすい。
俺はまるでトレビュシェットで放り投げられた丸太のように弧を描き、とうとう人間どもの頭上にまで飛んできた。
「いっけぇええええええええええええ!」
視線をロックする。
俺の下にいる人間どもは、空から飛来する俺に備えるかのようにして、天に向けて剣を突き出す。
その場の全員が、俺の動きに注目していた。
――ただし、スライムを除く。
「へっ……馬鹿が」
ギャリギャリと、金属を裁断する機械のような甲高い音がスライム領に響き渡る。
鎧人間の群れの中に生まれた、3本の赤く染まった道。
それはまるで、人混みにブルドーザーが突っ込んだかのような、凄惨な事故の現場だった。




