65 包囲網
バケツをひっくり返したかのような、視界すら悪くなるほどのスコールが降る中、俺らと人族の戦いは始まった。
俺はまず、俺専用のトレビュシェットに植物魔法を使い、少し離れたところにいる鎧人間たちに向けて思い切り横薙ぎに振り払った。
こちらに向かってきていた戦闘集団は慌てて立ち止まろうとするが、集団での行軍においてそれは悪手。
そいつらは後ろから押されるようにして詰まり、周りを巻き込んでそのまま体勢を崩す。
「おらぁ!」
植物魔法が持つ圧倒的なパワーを、トレビュシェットを介してそのまま伝える。
20mほど先にいた人間たちは抗うことのできない力に吹き飛ばされ、体をへし折られ、あっという間に絶命した。
本来そんな使い方をされるはずのない、トレビュシェットでの”殴り”という暴力。
それは対集団に置いては反則級の兵器だった。
――トレビュシェットは壊れてもまた作ればいいしな。
先のことは考えない、今日勝てればいい、そんな滅茶苦茶な攻撃。
技術も膂力も必要としない。魔法の力に任せて、乱暴にそれを振り回す。
10メートルはあろうかという巨大な構造物が戦場で暴れ回り、鎧人間たちを軽々と弾き飛ばしていく。
そいつらは、そんな俺に近づくことすらできなかった。
「おらおらおら!」
言葉ですらない、体の奥底から湧き上がるものをそのまま相手にぶつける。
しかし、これは半分虚勢だった。
俺の魔法の性質上、相手に懐まで入られると今振り回しているトレビュシェットの制御は手放さなければならない。
さすがに目の前の敵の相手をしつつ、離れたところにあるトレビュシェットのイメージを並行してすることはできないからだ。
つまり、敵が俺を恐れて取っているこの距離こそが、そのまま俺が攻撃するために必要な安全圏となっている。
だから半分は虚勢。動物が威嚇して相手を怖気づかせようとしているのと同じだ。
「っらああァ!」
俺は前に少しずつ進み、敵の前線をじりじりと下げさせながら鎧人間をボウリングのピンのように吹っ飛ばしていく。
しかし、これだけ人間どもを轢き倒しても、まだまだ人間の数が減っているような気はしなかった。
……相手の数が多すぎる。
この虚勢混じりの攻撃が破られるのも時間の問題だろう。
「……おっらぁ!!!」
だから、それまでに1人でも多くの敵を殺す。
俺は悲鳴ともとれるような怒号で自分を奮い立たせ、ただひたすらにトレビュシェットを振り回していた。
――ん?
少し経つと、敵の変化に気が付いた。
相手は少しずつ前線を下げてはいるが、その代わりに、横に広がるようにして隊列を広げている。
もちろん俺の両翼にはスライムたちがいるので俺だけが孤立するようなことはないのだが、まるでその動きは俺らを囲もうとしているかのようだった。
いや、実際囲まれているのだろう。
俺らスライム領と鎧人間たちの数の差は歴然。どうやり合っても、自然と俺らが囲まれるような形になるのは仕方がない。
それに後方に意識を向けると、スライムと鎧人間がぶつかり合う音が聞こえてくる。
包囲されているという状況は最悪だが、どのみち俺らは勝つか負けるか、死ぬか生きるかの2択でこの戦いに挑んでいる。
――デスマッチは望むところ。
むしろ、このような背水の陣は願ったり叶ったりだった。
それからも、幾度となくトレビュシェットを人間の群れ目掛けて打ち込んでいた。
いまだに俺の目の前まで飛び込んでくるような勇気のある者はおらず、そのおかげで俺は、植物魔法による攻城兵器の振り回しという反則技で鎧人間を蹂躙できていたのだが、先にトレビュシェットの方に限界がきてしまった。
「くそっ!」
巨木産の木材は耐えていたのだが、各素材の継ぎ目の強度に関しては俺の技術不足だ。
そこから綻びが生まれて、トレビュシェットがバラバラに瓦解してしまった。
とはいえ、これだけ乱暴に扱ってよく今まで耐えたものだと、本来は俺もトレビュシェットも褒めてあげたい気持ちなのだが、今はそんな余談を許す状況ではなかった。
それが壊れたのを見て好機と見たか、日和見を続けていた鎧人間たちが、今まで溜め込んでいたフラストレーションを発散するかのように雄叫びを上げて雪崩れ込んできた。
あの鎧の前では緑スライムの風魔法も効かないだろうし、黄スライムの土魔法はこういった瞬発的な局面は不得手。それにこのスコールでは、赤スライムの火魔法も封じられているようなものだ。
今のところ有効なのは打撃のみ。こちらも体で押し返すしかない。
――とにかくあいつらの足を止めないと潰される!
俺はトレビュシェットの部品だった太い角材を新たな武器にして、こっちに来るなと言わんばかりにぶんぶんと振り回す。
バキバキと鎧がへこみ、中身ごと潰れるような音が聞こえる。一振りで4、5人はあの世に送っているだろう。
しかし、人間の身長の倍はありそうな角材でも、この人数を捌くのには力不足だった。
一振りで複数の人間の生涯を終わらせる攻撃の、その振りと振りの合間――わずかな隙間を狙って人間どもが押し寄せてくる。
俺の植物魔法による純粋な暴力も大概だが、こいつらの数の暴力もチート級だ。
――やっば!
眼前で、数人の鎧人間が剣を構えた。
剣撃。
激しく降る雨粒を弾き、美しい軌跡を描いて銀光が走る。
――っぶねぇ!
角材を放り、木盾に植物魔法を使い斜め後ろに急浮上。
長く連れ添ってきたTシャツの腹のあたりがぱっくりと開いてしまったが、ギリギリのところでその剣を躱すことができた。
あと一振りでも角材での攻撃を欲張っていたら、俺のお腹がぱっくりといっていたことだろう。
――熱くなりすぎるなよ、俺。
と、一度頭を冷やす。
植物魔法を使えばこのまま上空から一方的に攻撃できないかと思って試してみたところ、数回は上手くいったが、鎧人間が死んだ奴から剣を奪って俺に投げてきたためすぐにその作戦は終わってしまった。
それは、トレビュシェットを振り回していた時の、”懐に入られたら俺の攻撃が成り立たなくなる”のと同じ理由だった。
投げられた剣を木剣で弾くと、体を浮かせている木盾までは制御できても、攻撃に使っていた角材はポーンとどこかに飛んでいってしまう。
仕方なく、あまり余裕のない後方に下がり、地面に着地。
「押し返せ! 飲み込まれるぞ!」
上から見えた景色は、決していいものとは言えなかった。
200いくらかのスライムたちを囲む、鎧人間の輪。
それは、この戦いがまだまだ続くことを示唆していた。
それに俺らを囲む鎧人間の向こうに、少数だがもう1部隊控えているのが見えた。
もしくはこいつらの上官かもしれないが、こいつらは何かもうひとつ手を持っていると考えておいたほうがいいだろう。
しかし悪いことばかりでもない。相手が数千いるとしても、俺らを囲むためにはかなりの人数が必要らしい。
その囲いの層は、たいして厚くはなかった。
どこかに穴が空いてしまえば、その包囲網は、相手の作戦もろとも崩れることだろう。
木剣を握る手に力を込める。
もう角材を振り回すだけの距離的な余裕はない。得物が一般的な剣サイズになり、鎧人間たちが俺の首を取りに駆けてくる。
「舐めんなっ!」
先頭を走る鎧人間に木剣を叩き込み、その顔を覆う金属ごと、べこりとへこませ吹き飛ばす。
しかし、次々と鎧人間はやってくる。
後隙を狙われないよう小さく後ろに引き、木剣を叩き込む時は大きく踏み込む。
そうしてなんとか俺らの陣地を確保しながら、敵の数を減らしていく。
スライムたちは俺の方を気にかけてくれているのか、俺の周りにはかなりのスライムが集まってきており、こちらも負けじと次々に体当たりをかましていた。
鎧を陥没させるほどの威力を持ったスライムの攻撃に、鎧人間も対応に困っている様子。
鎧のおかげで体当たりのダメージを分散できてはいるが、その鎧のせいでスライムの素早い動きについていけていない。
さらにスライムは物理耐性が異常に高く、疲れてるところを見たことがないほどに持久力もある。
――いけるぞ!
とても油断できる状況ではないが、この展開は決して不利ではない。むしろ場を支配しているのは俺らとも思えた。




