64 大合戦
スゥ……と寒気がする。
これは精神的なものではない。
「嫌なタイミングで来たな」
温度のやや低い、涼しい風。
それはスコールの前触れだった。
しかし、だからといって止まるわけにはいかない。
目の前にはどこか焦点の合っていない、やぶれかぶれの人間の群れが迫っていた。
「アルファは待機! 残りのスラちゃんたちで戦うぞ!」
ワーワーと跳ねてやる気を見せるスライムたちを連れて、こちらも前に出る。
敵の本隊から切り離された威力偵察……つまり、俺たちの能力を測るために当てられた捨て駒たちの数はそれほど多くはない。
おそらく数百程度。
しかも訓練を積んだ兵士にも見えないこいつらなら、うちの全戦力で相手するまでもない。
これは相手を舐めているのではない。
スライムアルファがトレビュシェットに居座ることで敵本隊の合流を牽制し、かつ相手の『こちらの戦力を見極める』という思惑を阻止、もしくは誤認させるという意味合いもある。
相手の計画通りに事が進むのは気分が悪いからな。
「魔法使うなよ! ただし自分の命が最優先!」
と言うのと同時に、俺を追い越すように飛んでいった黄色の子スライムが、奥の本隊から逃げるかのように走ってきた人間の顔面に突き刺さった。
たぶん、一撃。
スライムアルファは魔法を使うので、余りとなったスライムたちは子スライムが多い。
子スライムというのは他に比べて魔力が少ないのであまり魔法は使わせたくないし、奥で見ている奴らにわざわざこちらの手の内を披露してやる必要もない。
「もうバレてるかもだけど……なっ!」
自分を鼓舞するように大きく発声。
腕に力を込め、ボロい貫頭衣を着たやつれた人間の側頭部に木剣を叩き込む。
ぐしゃりという水っぽい音と、手に伝わる”割った”感触。
――即死。
そいつの血走った目から、急速に生気が抜けていく。
そのまま1人、2人と、次々に一撃で頭部を破壊していく。
少し余裕ができたので周りを見てみると、貧相な人間たちの体に、俺でも耐えるのが難しいほどのスライムの体当たりがボコボコとねじ込まれていた。
……相手になっていない。
悲しいことに、やはりそいつらはただの民間人。
とてもこんなところで先陣を走らされるような人間ではなかった。
とはいえそれは人族の事情。俺らがわざわざそれを汲んでやるつもりはない。
それは戦いというより、一方的な蹂躙だった。
「恨むならお前らのとこの領主を恨んでくれ」
グキリ、と木剣が首に飲み込まれ、目の前の男の首がくの字に曲がる。
そいつは泡を吹いて倒れ、歯こぼれだらけの手入れのされていない鉄剣が、その手からカランと溢れた。
……つい数分前まで騒がしかった戦場が、突然シーンと静かになる。
――全滅だ。
そこには夥しい数の、二度と動くことのない人間の抜け殻が横たわっていた。
あいつらはどんな気持ちでこれを見ているのかと、本隊の方を見る。
……。
しかし、そこには直立したまま微動だにしない鎧を着た兵士たちがいた。
――裏でなんか作戦でも立ててんのか?
木盾に植物魔法を使って空を飛び、人間の群れの陰になっている後ろの方でも見に行こうかとも思ったが、ここで飛んでるところを見られたらそれこそあいつらの思う壺かと思いとどまる。
とはいえ時間をくれてやるつもりもない。
俺はスライムアルファたちが待機しているところまで戻り、とあるトレビュシェットを引っ張ってくる。
「そこが安全圏だと思ったら大間違いだぞ」
これは試作型……俺が初めて作ったトレビュシェットであり、そこからさらに改良を重ねた俺専用のそれだった。
スライム用より一回り大きい俺専用機に、獣脂を染み込ませた特別な丸太を載せる。
「赤スラ、これに火をつけてくれ。緑はアシストを頼む」
ボッ、と丸太が赤々と燃え上がると同時に、俺は植物魔法でアームの反対側を思い切り引き下げた。
ギチギチとアームが反って歪むが、巨木から作られたこのトレビュシェットは無理な動きにも耐えてくれる。
ブォンという、振動すら感じる風切り音を鳴らし、火のついた丸太が高速で射出される。
丸太に染みた獣脂と、緑スライムによる空気抵抗の低下に守られ、燃え盛る炎は消えることなく遠くで待機している鎧人間の群れへ飛んでいく。
つらっとしていたそいつらもさすがにこれには驚いたのか、ざわざわと騒ぎ立てる。
1発目にしてはかなりいい起動だったが、残念なことに丸太はそいつらの手前で地面に墜落し、大きな破裂音を上げて火のついた木切れを撒き散らした。
「くっそ。もうちょい強めだな」
次は当てる。
このトレビュシェットは植物魔法の力加減で飛距離を調整できるのが最大のメリットだ。
二発目を装填し、燃え上がる丸太をまた飛ばす。
あいつらは横に広がっているので、左右のブレは気にならない。
丸太があいつらに届きさえすれば、着弾点の周囲に致命的なダメージを与えられるはず。
『〜〜〜!』
そう空を飛行する炎の塊を見ていると、突然掛け声のような咆哮が聞こえてきた。
なんだと思って目線を下にやると、つい今までじっとしていた鎧人間の群れが、ゴゴゴと、今まで聞いたこともないような地鳴りを上げてこちらに向かって走り込んでくる。
「――っ!」
ビリビリと肌が粟立つ。
数千という途方もない数の兵士たちの殺意。
まるでそれを俺が一身に受けているかのように錯覚し、頭がくらくらするような酩酊感を覚える。
――いや、錯覚じゃない。
これは人族とスライム族の命を懸けた戦い。
相手がそれを知ってる知らないに関わらず、スライム領の領主である俺には当然スライム族に対する全責任がある。
スライム領のためとは言いつつ、俺は今まで好き放題やってきた。
訓練メニューも俺が考えたし、魔力だって頼まれたわけでもなく、俺が勝手に集めて与えた。こいつらの住む土地も好きなように作り変えて、戦いだって当たり前のように偉そうにこうして命令をしている。
利害の一致という点もなかったとは思わないが、その全てを受け入れて、スライムたちは俺に付いてきてくれた。
だから俺は、たとえ相手が1000人だろうが、10000人だろうが、世界中の人間だろうが……その全ての殺意を受け止めなければならない。
誰に認知されるとか関係なく、俺はこのスライム領の領主なのだから。
スゥ、と大きく息を吸う。
「アルファ、撃てー!」
待機していたスライムアルファたちが、一斉にアームを止めていたロープを外す。
20基のトレビュシェットのアームが次々と跳ね上がり、空に丸太を放り投げる。
それは突撃してくる兵士の群れに突き刺さるように飛んでいくが、それでも兵士たちの速度は緩まなかった。
先頭の奴らは、さっき俺らと戦った捨て駒にされた民間人が倒れるエリアに到達するが、それを気にすることなく、死体を踏み越え突っ込んでくる。
――覚悟が違うな。
初めて出会った、白いローブを着た人間たちを思い起こさせるようなプロフェッショナルの精神を鎧人間たちから感じた。
少しでも数を減らすよう、俺は丸太を直接操作してそのまま相手に投げつける。
これくらいの距離であれば、こんな攻撃でも有効になる。
そうやってギリギリまで引きつけ、できるだけ敵を討ち取っていくが、それも長くは持たなかった。
「撃ち方やめー! こっからは白兵戦だ!」
ようやく出番だと、トレビュシェットを操作していたスライムアルファたちがぴょんと飛び出てくる。
ここらは小細工なしの力と力のぶつかり合い。
お互いの生存を懸けた戦いだ。
分厚い雲が流れてきて、太陽が遮られる。
眼前には、視界いっぱいに広がる鎧を着て、剣を構えた人間ども。
「お前ら、行くぞっ!」
その途方もない数の人間を迎え撃つ。
今、スライム領史上最大規模の戦いの火蓋が切って落とされた。
テンションは最高潮。俺もスライムも、体中に気が漲っている。
……しかし、そんな俺らの熱気に冷や水を掛けるかのように、空からは大粒の雨がざぁざぁと降り注いできた。




