63 捨て駒
「ふーん。最近森でちょろちょろしてた冒険者風の人間は、やっぱりうちのことを調べてたみたいだな」
森に大きく開いた水路のための道からは、ゾロゾロと、まるで壊れた蛇口のように人間だと思われる点が湧いてきていた。
「……にしても多すぎだろ」
水路から出てきた人間は、スライム領の開けた大地に着くと、後続の到着を待つかのように広がって待機しているように見えた。
それは、この行軍が行き当たりばったりのものではなく、初動から計画された緻密な作戦だということを示していた。
「スラちゃんたち、気合い入れてくぞ」
と、俺は真剣な顔で、ついさっき選んだ今日の側近スライムたちに伝える。
スライムたちも久しぶりの大規模な戦いに興奮しているようで、ピリピリと殺気立っている。もしスライムに眉があったなら、見事に逆ハの字になっていることだろう。
敵の層が厚すぎてもうその向こうにある水路は見えないが、荒地で待機する敵の群れはいまだに数を増やしているようだった。その証拠に、群れのサイズが横にどんどんと広がっていた。
俺はトレビュシェットの配置まですっかり終わらせてしまったのだが、まだ時間に余裕があるようなので弾となる丸太を追加で製造しておいた。拠点の資材置き場にある丸太を輪切りにするだけなので、簡単な作業で済む。
弾は無くて困ることはあっても、余って困ることはないからな。どんどん作って配備していこう。
そうやって空を飛びながら拠点とトレビュシェットの間を行き来していると、敵の群れがようやく動き始めた。
しかし歩いているのか、その動きはノロノロと緩慢に見えた。
――いや、最近戦った奴らのせいでスピード感覚がバグってるだけで、普通はこんなもんか。
魔族の身体能力の高さは俺も最近身をもって体験した。あんな奴らと比べるのは人間とはいえさすがにかわいそうだ。
「スライムアルファ! 配置に付け!」
と、俺は偉そうに号令を掛ける。
相手がスライムじゃなくて人間だったら、俺嫌われてたんじゃないか? なんて少し不安になってしまうが、自分が嫌われてるかどうかを気にするような奴はそもそも人の上に立つ器じゃないか。
――人間って面倒だよな。俺もだけど。
そういう意味でも、俺はスライム領の領主が向いている。
俺の掛け声に合わせて、スライムたちがズラリと並んだ”20基”のトレビュシェットの元に自ら集まっていく。
スライムアルファというのは、トレビュシェットを1基に対してスライム6匹で構成されたチームのことだ。
最初は海外の特殊部隊よろしく、チームごとに、アルファ、ベータ、ガンマと名前を付けていたのだが、スライムの数が増えるにつれてトレビュシェットの数も増えた結果、デルタの次がゼータだかシータだか何だったか思い出せず、計画が頓挫してしてしまった。
そうしてアルファだけがトレビュシェットを扱うスライムのチームを指す言葉として残り、今もこうして使われている。
まぁ俺たちのやり方だと、別にチームごとに名称を分けるメリットもあまりないしな。それっぽい雰囲気があればいいだろう。
そうして、各トレビュシェットにスライムたちが着いた。
1基に対して6匹のスライムが担当するので、20基分のスライムだけで120匹はいるということだ。
当然俺の後ろには、主に子スライムたちがまだまだ控えている。
全部足せば200は超えるだろう。
目の前にいる敵の規模を考えればそれでも多いとは思えないが、信頼するスライムが大勢いるというのは俺の自信に繋がる。
「やっぱり人間だな」
徐々に敵の姿が明確になっていく。それはいつも森で見るような、冒険者風の人間たちの群れのように思えた。
こいつらの国の人口がどれくらいかは知らないが、よくこれだけの人間を集めたものだ。
「本気で潰しに来たか」
しかしそれだけの人間からの敵意を受けても、俺には少しの怯えもなかった。
むしろ、呆れや怒りといった感情が近い。
前に人間の群れが来た時には、おそらく人数は50もなかったと思う。それに比べれば今回は1000とか、2000とか、とにかく途方もない数に見える。
あの時に今回並の人数で來られたらさすがにちびっていたかもしれないが、あれからも俺たちは成長を続けてきた。
時間というのは、俺らに対して大きく味方する。
この世界は優しくない。負けるということはすなわち死ぬということだ。
そんな世界では、俺らからすれば時間というものは金なりどころの話ではない。
時は命なりだ。
「弾込めよーいっ!」
そう号令を掛けると、スライムアルファ各チームが一斉に動き出した。
3匹のスライムたちがトレビュシェットのアームに乗り、そこから体を繋ぐようにして垂れ下がる。
下にいるスライムがその垂れたスライムをジャンプして掴み、またジャンプして掴み、6匹全員で協力して綱引きのようにアームを下げ、ツタを編んで作った頑丈なロープで固定する。
それができると、赤と緑のスライムは降りてきたアームの先にある受け皿に丸太を運び、その間に黄スライムは受け皿の反対側にあるカウンターウェイトに土魔法で太い角柱のような大岩を載せる。
丸太のセットも終わり、重りを乗せ終えた黄スライムがトレビュシェットの下から抜け出してきたら準備完了だ。
スライム領の南側、一面に広がる人間の群れを見る。
「ん?」
……なんか、服装に統一感がないな。
そいつらは冒険者風の姿だと思っていたのだが、どうやら全員がそうではないらしい。
もちろん冒険者っぽい人間もいるのだが、どちらかというと、服と呼べるのかも怪しいみすぼらしい格好の人間の方が多かった。
――貧民層から徴兵でもしたか?
とはいえ攻撃の手を緩めるつもりはない。
射程圏内に入ってきたそいつらに対し、スライム領側から口火を切る。
先手必勝だ。
「撃てーっ!」
ガコン! とカウンターウェイトが下がり、トレビュシェットのアームがギギギと音を立て回転する。
人間たちは足を止め、一斉に空を見上げる。
面白いもので、それは前にやってきた冒険者の群れと全く同じ行動だった。
しかしその数は前回の比ではない。
局所的とはいえ、空を埋め尽くさんと空を飛ぶ大きな丸太。
風魔法のアシストを受けたそれは、綺麗な曲線を描いて音もなく飛んでいく。
ざわざわと人間が騒ぎ始めるが、もう遅い。
トレビュシェットはあまり精度が高くないのだが、それゆえに、一斉に放たれた空飛ぶ丸太は広がって面の攻撃となる。
長いような短いような、一拍の間を置き、重量のあるものが地面と衝突した時の重厚な破裂音と、人間の怒号。
高速で飛来する数十キロの物体は、初めからそうと決まっていたかのように、人間の群れに吸い込まれていった。
「撃ちまくれ!」
あとはもう各チームに任せてとにかく撃ちまくる。
トレビュシェット20基、総勢120匹のスライムによる一斉掃射。
それは、この距離でもわかるくらいに人間に深刻な被害を与えていた。
――よしっ。
と拳を握る。
この人数差……直接打ち合うまでに敵の数を減らしておくのはマストだった。
しかし今回の敵は以前攻めてきた人間より賢いのか、俺らの先制を数発は許したものの、恐慌状態から持ち直しこちらに向かって走ってきた。
その場で留まっているのが一番の悪手。投石器に対してその行動は正解だった。
……いや、恐慌状態から持ち直したというのはどうやら語弊がありそう。
目を凝らして見ると、みすぼらしい姿の人間どもの後ろに何か……鎧を着た人間の群れが見え、その中の数名が剣を抜いて手前のみすぼらしい人間たちを脅しているように見えた。
なるほど……どうやら後ろの鎧を着た奴らが本体らしい。
ということは今こちらに向かってきている奴らは、
「威力偵察か」
それも、捨て駒同然の。
――やっぱ人間という生き物は面倒だな。
半狂乱で叫びながら突撃してくる、ろくに装備もしていない人間と、その遠く後ろで、じっとりと俺らを見つめる鎧の人間。
それは残酷な対比だった。




