6 植物魔法
「お?」
森を強く打ち付けていた、耳にうるさいくらいの雨音が突然消えた。
「嘘だろ……」
まさか通り雨だったとでもいうのか。
風も伴うあれほどの大雨だったというのに、たったの10分や20分でピタッと止んでしまった。
いや、雨が止むのは喜ばしいことなのだが、なんだかイタズラに服だけ濡らされた感は否めない。貼りつく服もそうだが、たっぷりと水分を含んだ靴はなかなかの不快感があり、それを思うと少しだけやりようのない気持ちも残る。
わさわさと生い茂る葉の間から空を覗くと、たしかに雨雲は消え失せており、変わりに淡く滲む橙色がちらりと見えた。
「うわ、やっば」
タイムリミットはもうすぐそこまで迫っている。
それに山は日が暮れるのが早いと聞いたことがある。ここが山判定でいいのかは微妙なところではあるが、真っ暗になって身動きが取れなくなる前に一晩凌げる場所を確保したい。
植物魔法でここに小さくスペースを作り、横になれるくらいの簡単な小屋をつくるか、それとも大きな木のうろを探してそこに身を隠すか……。
小屋はいくら一晩だけ持てばいいとはいえ、それなりに建てる時間はかかるだろうな。木のうろを利用する方は時間はかからないが、安全面に不安がある。
うーん。ま、多少は時間に余裕もあるだろうし、やはりここは小屋を建てることにしよう。この森に入ってから未だに魔物っぽい生物とは遭遇してないし、森が深すぎて”ある程度大きさのある生物”がはたしてこの森で暮らせるのかという疑問もあるが、ここは安全第一でいきたい。
それにヘビみたいな小さくて怖いやつはいてもおかしくないしな。あとサルみたいな樹上生物とか。
とにかく、まずはここらへんの木を除けよう――と辺りに目をやった時、遠くの方から微かに水が流れるような音が聞こえてきた。
「おっ!?」
慌てて耳に意識を集中する。
風に揺れる葉のざわめきと、遠くで聞こえる鳥の鳴き声。その奥に、たしかにテレビの砂嵐のような、水がざぁざぁと流れる音が聞き取れた。
これは念願の川か!? 数十分程度の雨だったが、かなり激しい雨だったので川が増水してここまで音が聞こえるようになったのかもしれない。もしそうならいよいよ神の作為的なものを感じるが、俺にとっては渡りに船である。
耳に手を当て、川の音が聞こえてくる方角を特定する。
だいたい当たりをつけたらその方向へ進んでいき、しばらくしたらまた耳に手を当て方角を確かめる。
そうやって道を変えながら進んでいくと、もうわざわざ耳を澄まさなくても聞こえてくるくらい川の音は大きくなっていた。
「おい、川が見つかったかもしれないぞ!」
スライムを支えてる腕を少しだけ揺らしてそう伝える。スライムたちはもぞもぞと体を動かし、体を伸ばして辺りを見回してる……ような気がする。
はやる気持ちを抑え、植物魔法で道を作りながら音のする方へ急ぐ。もじゃもじゃと繁茂する下草や大きな木々を動かすので道がすぐにできるわけではない。それがなんとももどかしいが、どんどんはっきりとしてくる川の音に期待は膨らんでいく。
いよいよその音がすぐ近くになった時、ふっと視界が開けた。
「きったぁ!」
目の前には、森の間を縫うように右から左に流れる幅4メートルほどの川があった。
第一目標であった川の発見を、なんと異世界転移の初日に達成し片手で小さくガッツポーズをする。
……が、それは思い描いていた川とはだいぶかけ離れていた。
「きた……んだけどなぁ」
これはどうも手放しで喜べるような状況ではない。
目の前を流れる川は大雨のせいか泥水のように濁っており、流れも速く、今のままだと生活用水としては使い難い。特に飲料水として使うのにはかなり抵抗がある。
それに一時的な増水で幅4メートル程度なら、時間が経って増水が落ち着けばより小さい川になるだろう。川の中からはところどころ岩が突き出ており、深さもそれほどあるようには思えない。
つまり、現時点では水問題は解決せず、またこの小川を中心とした人間の集落があるかも怪しい。魚が獲れたらいいなって期待もあったんだけど、この感じだと無理そうだ。
「ま、とりあえず今日はもう探索は終わりだな」
あくまで大雨の影響で増水しているのなら、何日かしたら透き通った綺麗な川に戻るかもしれない。それに人間文明との接触に関しても、この川のサイズでは人間の生活を担うのに力不足だが、この先が大河に繋がってる可能性は高く、そうなれば人との出会いもすぐだろう。
よって今は主張を強める喉の渇きを無視し、安全に明日を迎えられるよう寝床の準備をするのが正解だ。
スライムたちに関してもこの川の水を試すのはちょっと憚られるしな。
脱水症状で体調を崩していたのならさっきの雨で解消されていてもおかしくはない。あの小さな体からしたら充分に激しい雨の量だった。だが未だにスライムたちは元気がなく、水不足だけが不調の原因ではないように思う。それにこの川の流れの速さだと、うっかり手をすべらせたらスライムたちはあっという間に流されて行ってしまうだろう。正直なところ今のこの川にはちょっと近づきたくない。
「おまえらこの川どう? 入りたい?」
スライムに水浴びするような習性があるのかはわからないが、一応聞いてみる。
腕の中のスライムたちはおそるおそるといった感じで川の方に身を乗り出すが、すぐに体を引っ込めてその弾力のあるボディをぺこっとへこませた。
……やっぱりこいつら俺の言葉わかってるよな?
俺の言葉とスライムの行動は意思疎通がちゃんと取れているかのように噛み合っている。まぁそうだとしても、俺がこいつらの感情をわからないからあんまり意味はないんだけどな。
増水してる川の近くは危ないので、少し離れたところに小屋を建てることにする。
今まで散々やってきた植物魔法で森に道を作るのと同じ要領で、四畳くらいの空間を森の中に開ける。この森でこれくらいのスペースをとってしまうと、どかされた植物が不自然にぎゅうぎゅうと押し込まれていてあまり見ていて気分のいいものではない。
元より木を資材として領地経営に活かす気満々だったので今更自然愛護を謳う気はないが、気になったので少し手入れをする。
余分な下草は抜いて端に寄せ、太い木は上から一定間隔で切断し、今まで通ってきた道に無理やり放り込む。残った切り株はどうしようか迷ったが、とりあえず今はそのまま放置することにした。
当然のように魔法で木を切っているが、頭の中で”これがこうなる”とイメージした通りに現象が起きてくれるので、魔法も製材もど素人の俺が簡単に作業をすることができた。対象の植物に触れている必要もなく、しっかりイメージさえしていれば到底俺一人では動かせないような丸太もふよふよと宙に浮かべて運ぶことができるという出鱈目な便利さだ。
今のところレベルや習熟度を上げないと上手く使えないというようなこともなく、あの老人が言っていた通り、これはまさにチート能力だった。
これだけ使いやすいのならアイテムボックスや転移魔法なんかと比較しても十分に選択した意義があるだろう。
「あ」
ふと気が付く。まだスライムたちを抱えたままだった。
直接手を使う作業はないのだが、チート能力があるとはいえ作業現場で片手が埋まってるのはさすがによくないか。
俺はさっき抜いた下草を鳥の巣のような形に簡単に整え、ある程度離れた安全なところに敷き、その上にスライムたちを乗せる。
「ちょっと待っててな」
スライムたちは俺の言うことを聞いてちゃんとその場所に留まってくれるみたいだ。信頼されてるのか、動くだけの元気がないのか、まぁ後者だろうな。明日には何かスライムを元気にする方法が見つかればいいのだが……。
両手が空いた俺は、今度はちゃんと両の手のひらを合わせて空を見上げる。
『こんな素晴らしい能力をありがとうございます。あと図々しいけどもうひとつ、このスライムたちをどうにか元気にしてやってください』
俺はそう、あの老人に念を送るのだった。




