59 閑話⑦
クァナック王国の北方の一部を治める、ポツァルトという貴族がいた。
大貴族というほどではないが、木っ端貴族でもない、それなりの力とそれなりの発言力を持つそれなりの貴族だった。
そんなポツァルトは今、評議室で頭を抱えていた。
「……ポチトリよ。一応聞いておくが、お前はその魔物どもをどう解釈する」
「はい。その規模の大きさ、縄張り意識の高さ、何より住処に近づく冒険者たちを排除する攻撃性、どれをとっても魔族――それも危険度Bの魔族だと考えます」
「ふむ……」
その考察は、ポツァルト自身の臣下であるポチトリから、魔族発現の可能性有りとの報告を聞いた時に感じたものとほぼ同じだった。
危険度Bというのは、要警戒対象である魔族に付けられるランク。これはつまり、人間社会に影響を与える可能性の高い魔族ということだった。
『我が領地から数日という距離に魔族が生まれてしまった。これにどう対処するべきか……』
ポツァルトは頭を悩ませる。
危険度というランクは魔物の強さを表すランクではない。脅威度、つまりこちらに手を出してくるだとか、生活圏が被った時に争いになるだとか、面倒事の起きる度合いといった側面が強い。
『当然、この魔族は冒険者を何十人も亡き者にしているのでその力を侮ることはできないが、何よりも距離の近さと、そしてその攻撃性が問題だ』
魔族の中には人間を見ると逃げていくようなものもいる。そういった魔族は危険度が低く、討伐もしやすい。
しかし今回報告に上がってきた魔族は、それとは全く逆の性質を持つように思える。
『厄介だな……』
ポツァルトの頭に、討伐しないという選択肢はない。もちろん討伐が失敗するという考えもない。
今重要なのは、この魔族を排除するのにどれだけの戦力と財を投入すればいいかということだった。
「トライツィトはどうだ」
ポツァルトが抱える私兵団の長である、筋骨隆々の男、トライツィトは会議の始まりからずっと難しい顔をしていた。
「……ひとつ、ポチトリ殿に尋ねたいことがありますな」
「はい、自分で答えられることならなんでも」
「かなりの冒険者がやられたと言っておりましたが、その冒険者の遺体はどのような状態だったので?」
「それは……」
ポチトリは言い淀む。これは本来は、自分が担当する町が発端の出来事だ。
その町を任されているポチトリとしては、できることなら内々で済ませたかったような問題でもある。
しかし調査を続けているうちに、どうにも自分で対処できる範疇を超えているということがわかり、自分の上司であるポツァルトまでこの話を持っていったという経緯があった。
『できることなら、大事にしたくはない』、それが正直なポチトリの胸中だった。
しかし、自分が今から伝えなければいけない内容はことの重大さを明るみにする可能性がある。
誰にも気づかれないよう、一度唾を飲み込む。
「死んだと思われる冒険者……正確には、”行方不明”となった冒険者たちの遺体は、まだひとつも発見されていません」
それを聞いて、トライツィトは腕を組んだまま黙る。
どこか埃っぽい評議室に、ピリピリとした緊張感が漂う。
「トライツィトよ……この魔族のこと、どう考える」
そうポツァルトに促され、ようやく口を開く。
「……危険度をAに引き上げるのがよろしいかと」
トライツィトは相手の目を見てそうはっきりと告げた。
「まず、ポチトリ殿の報告からは、結局のところ相手がどのような行動をするのかが全くわかりません。わかっているのは姿と、概ねの個体数のみ。これは未知の相手と言っても過言ではないですな」
平静を装ってはいるが、僅かにポチトリの眉が動いた。
「さらに人間を積極的に攻撃し、その死体を全て自分の住処に持ち帰っている。これは、この魔物がすでに人間の味を知っているからと考えられます。今は住処に籠っているようですが、人の味を覚えた魔族はそのうち”狩り”をするようになるでしょう。現状、この魔族からすれば人間というのは容易く狩れる食料という認識でしかありません」
今度はトライツィト以外が眉を顰める番だった。
そこまで断言できるものか、とポツァルトは思ったが、この場においてトライツィト以上に魔物との戦いに理解のある者はいなかった。
『仕方ないか……』
「ミヤツィワよ、すぐに周辺貴族全てに応援の要請を出せ。理由は今聞いた通りだ」
ポツァルトの重臣として政務を任されるミヤツィワは、『はっ』とだけ言い残して足早に部屋を出て行く。
ポツァルトが今代の当主になってから魔族を潰したことは何度かあったが、そのどれよりも、今回の魔族は異質で恐ろしく思えた。
「トライツィト、他の貴族の力を借りる以上、私も戦場に向かわなければならないだろう」
それは一端の貴族が先導するには、かなり大規模な軍事行動だった。
「本件においては、予算の制約を設けぬ。他貴族の兵団とすり合わせの上、委細全ての準備を任せたぞ」
「ハッ!」
ポツァルトの本気具合が伝わるその言葉に、トライツィトも背筋を伸ばしそう応える。
「本日の議は終わりだ。解散せよ」
魔族というのはどこで生まれるかも、どんな性質を持つかも現れてみるまではわからない。まるでタチの悪い感冒みたいなものだとポツァルトは考える。
そういう意味では、自分が治める領の側にこのような魔族が現れたのはポツァルトからすればまさに運が悪かったとしかいいようがない。
早くに治療しなければ、どんどんと悪化し、我が物顔で体を犯し蝕んでいく。
『故に、その芽が出る前に病態の根を断ち切るのだ』と、そう勇んで席を立つ。
病根を早期に刈り取ることで事態の収束を図ろうとする。それは、魔物や魔族との争いを繰り返してきたクァナック王国に属する貴族としては殊勝な心掛けだった。
しかし、ポツァルトは見落としていた。
すでにその諸悪の根源たちにかなりの時間を与えてしまっていることを。
行軍の規模が大きくなることで、さらに時間を与えてしまうことを。
貴族としては賢明に思えるその判断も、その実は彼らの数歩後ろを追いかけているようなものだった。




