57 トトロード
目の前には3つの籠があり、どれも中にはごちゃごちゃと色んなものが詰め込まれている。
これはそれぞれ、コヨトル領、ゴーレム領、マヤウェ領から鳥人間が持ってきた交易品リストの現物だ。
ちなみにあの鳥人間、さすがに毎回鳥人間と呼ぶのもどうかと思い名前を聞いたのだが、そんなものはないと一蹴されてしまった。
それ不便じゃないか? とも思ったが、よく考えれば俺らの領でも名前を必要とする場面はなく、そんなものかと納得してしまった。
俺はコヨトル領からの交易品が入った籠を取り、そのまま地面にひっくり返す。
「うっ……これはちょっとないかな」
中から出てきた物は、まだ乾いてもない魔物から剥いだ皮や骨など、言ったら悪いが生ごみのような物だった。
交易をするにあたって、まずはお互いの出せる物品を開示する必要があった。
俺が長期間領を開けるわけにもいかないので、その物品の運搬はトトたちに任せるのだが、その分相手の顔を見て交渉することができない。
なので、まずは何が出せるのか、何が欲しいのかを調べるために、うちで出せる物を適当に積んだ籠を運んでもらい、相手から出せる物も色々と見せてもらうことにした。
これでお互い欲しい物があれば、これからはそれをトトや鳥人間に運んでもらってやり取りするという算段だ。
貨幣なんてないので基準となる価値はないし、こちらの◯◯ひと山をそちらの××これくらいと交換、みたいな細かく正確な取引はできないが、まぁそこらへんはノリでいいだろう。
鳥人間から聞いた感じ、魔族の世界に経済なんて概念ほとんどないっぽいしな。
魔族自体色んなところで生まれては消えるを繰り返しているのだろうし、魔族間の相互扶助が成り立ちにくいというのも関係してそうだ。
と、そんな経緯があり、俺は今他の領からの交易品のサンプルが入った籠を確認しているのだった。
しかしその1発目で、目の前にあるのはこの残骸。交易計画には早くも暗雲が立ち込めていた。
特に魔物素材はうちも飽和状態なので、欲しいどころか売り捌きたい物だった。
「コヨトル領って、たしか人間とバチバチやり合ってるところだよな? じゃあ産業に力を入れてる場合じゃないのかもな」
魔物を狩るのはメシのためとして、それ以外に割く時間はあまりないのかもしれない。
うちも魔力の確保や訓練などにかなり力を入れているので、程度は違うがどこか似たものを感じる。
心の中で『頑張れよ』と、軽く応援してからその残骸を籠に戻そうとする。
「ん?」
とその時、皮にでも引っかかっていたのか、たまたま埋もれていたのか、残骸からポロポロと何かが落ちてきた。
「こ、これは……」
急いでそれを拾う。
「やっぱりあったのか!」
指先で鈍く光るそれは、魔石だった。
これがあればなぁと思ってはいたが、スライムが魔石を必要とするのと同じように、他の魔物も魔石を必要とするのかもと半分諦めていた。
スライム領でも魔物素材は飽和しているとはいえ、魔石に関しては別。むしろいくらでも欲しい、買取強化素材だった。
「よし! とりあえずコヨトル領からは魔石をもらおう」
これだけでも交易を始めた価値がある。
ちなみにこちらから送った物の中では、コヨトル領は燻製肉がたくさん欲しいということだった。
うーん。あまり邪推はしたくないが、どこか末期の軍国主義国家的な雰囲気を感じる。
この豊かな森であれば食料に困ることはないと思うんだけどな。まぁその領の実情がわからないからなんとも言えない。
それにコヨトル領は抱える魔物の数も多いらしい。スライム領でいう魔力のように、食料はいくらあっても嬉しい物なのかもしれない。
……なんか、ますますうちと似てるな。
親近感もあるし、たくさん燻製肉を送ってあげよう。交易も頻繁にやり取りするわけではないし、日持ちする燻製は向いてるだろう。
いそいそとコヨトル領からの物品を籠に戻し、次はゴーレム領から届いた籠に向かう。
さっきと同じように籠をひっくり返すと、中からはゴロゴロと石のような物がいくつかと、見覚えのある植物が出てきた。
まずはその植物を、手で触らないように気をつけながら観察する。
厚みのある、大きな楕円形の緑の葉には棘が生えており、その先にオレンジがかった淡い緑色の実がいくつか付いている。
まるでデフォルメされた動物の手のような見た目のそれは――。
「サボテンだ」
この籠を俺に渡す時、鳥人間は『人間が好きそうな物を入れといたらしいぞ』と残していた。
つまりそれは、この土地の人間はサボテンを好んで食べるということだよな。
たしかに向こうの世界でもサボテンは普通に食用として売られているし、俺は経験ないがサボテンの実も食べられるらしい。
ここら辺りの鬱蒼とした森からはサボテンという植物は全くイメージできないが、ゴーレム領ではこういうのが取れるのだろうか。
ゴーレム領の立地も気になるし、そのゴーレムが人間の好みについて詳しいというのも気にはなるが、なんにせよ食材が増えるというのは嬉しいことだ。
俺の植物魔法があればこのサボテンを元株として栽培できるだろうが、さすがにそれは気が引けるので、少量ずつ送ってもらおう。
続いて、ゴロゴロと落ちていった石を見る。
まず目を引くのは黒く平べったい石。
「この光沢……」
人間が持っていた黒曜石のナイフと同じ素材だ。
人間も利用しているということは、ここらでよく採れる石材なのだろう。
刃物としては素晴らしい切れ味を持つことを俺も経験上知ってはいるが、加工できるかというと自信はないし、黒曜石製のナイフも何本か在庫はある。
わざわざ交易してまで欲しいとは思えないな。
他に出てくるのは、くすんだクリスタルのような鉱石の塊や、オレンジ色をした高価そうな石など。
どれも装飾として重宝されるのだろうが、残念ながらうちはそんな色っけとは無縁の領だった。
にしても鳥人間――というかゴーレム領の奴が言っていた『人間の好きそうな物』というチョイスが妙に生々しい。
どれも人間を相手にすれば大金を手にできそうなラインナップだ。
そんなことを考えながら大きな石や鉱物の山をかき分けていると、見覚えのある結晶が目に入った。
「おお」
少しだけ削りとって、舐めてみる。
――岩塩だ。
今回の交易で魔物肉の捌け先が決まったので以前ほどの需要はないが、定期的に補給できるのはありがたい。
「普通に嬉しいな」
とりあえず、ゴーレム領から受け取る交易品は岩塩とサボテンを少しでいいだろう。
逆に俺らが送った物品でゴーレム領が気に入った物は、鞣した魔物の革と、とりあえず何でも入れておけの精神で籠に積んでおいた俺とスライムを模した木製の人形だった。
革もゴーレムが何に使うのかという疑問はあるが、まさか木製人形が交易品として受け入れられるとは……不思議だ。
ゴーレムという無骨なイメージとは違って、意外と文化的な生活をしているのかもしれないな。
食料問題を感じさせるコヨトル領とは大違いである。
物品のやり取りをしているだけだが、その領の特産品からこうやって生活や環境などを想像するのはなかなか面白かった。
「よし、次だ!」
楽しくなってきた俺は、ゴーレム領からの品を籠に戻し、次の籠に手を伸ばした。
これはもう一目でどういう領かわかる。
「海……いや、磯の匂いはしないし、川か湖の近くに住む魔物なんだろうな」
中にはまだエラがパクパクと動く銀色の魚がたくさんと、小さな巻貝とエビが少し入っていた。
マヤウェは水産資源の豊富な領なのだろう。
この世界にきてから魚は一度も口にしていないのでかなり嬉しい。
淡水っぽいので寄生虫が怖いが、きちんと熱を通せば大丈夫だとは思う。……たぶん。
この籠に関しては即決。消費するのが俺だけなので量はいらないが、水産物の入手経路が見つかったのはQOL的にでかい。
ごくりと生唾を飲み込む。
正直、この魚を今すぐにでも塩焼きにして食べてみたい。
しかしまだ交易が始まったわけでもないし、あくまでサンプルの商品に手を出すのは心象が良くないだろう。
……いや、魔族だしそんなこと気にしないか?
と、都合よく解釈をするもう1人の自分が甘い言葉を吐くが、だからこそ自分を律しないと悪いことはいくらでもできてしまいそうだと頭を振る。
特にゴーレム領なんか、こんな高価そうな物を他人に任せてぽんと送るあたりかなり危険意識は薄そうだ。
やろうと思えば他の魔族たちから搾取に搾取を重ねて、ひと財産稼ぐこともできるだろうが、俺はそんなことをするためにこの世界で頑張ってるんじゃない。元手ゼロのとうもろこしで鳥人間を利用しているという事実はあるが……あっちにも利があることだし、植物魔法の技術料ということでそれは許してほしい。
それに、財産なんて死んでしまったらなんの意味もないしな。
「ふぅ」
とひとつ息を吐く。
これで3つの領の交易品を見せてもらったわけだが……鳥人間の話では、あともうひとつの領に話をつけに行っているらしい。
そんなにとうもろこしが欲しいのか、あいつがこの件にかなり前向きに協力してくれるのはありがたい。
俺もトトたち用に、昨日からとうもろこしの作付けを増やしたところだ。協力してくれる分、しっかりと報酬は渡してあげたいからな。
と、そんなことを考えていると、ヒューと風を切る音が聞こえてきた。
空を見上げると、大きな籠を持った鳥人間が優雅にこのスライム領に戻ってきているところだった。




