56 交易
丸太に縛り付けられている鳥人間は眉をぐぐっと寄せ、目線を上にやって考え込む。
よしよし、ちゃんと真剣に考えてくれてるみたいだ。
「あー……まず俺らの領ではそういった栽培? みたいなことはしてないな。実のなる木はあるけど別に何か世話をしてるってわけでもない」
ふむふむ。予想だけど、俺らみたいに住みにくい土地を改造したというより、住みやすい土地に居着いたって感じなんだろうな。
「んで、他の魔族だけど……あんまり詳しくないけどやってるところもあるんじゃないか? 第一お前もやってるし」
うーん、なんかはっきりしないな。あまり有用な情報とは思えない。
「ちなみに、ここの近くに魔族の領ってあるのか?」
「近くか。俺らの感覚とお前らの感覚だと結構違うだろうけど、そうだな……コヨトルとか、アココがいるな」
そいつは顔でくいっと場所を示そうとしながらそう言う。
俺も方角は知りたいので、黄スライムに頼んで片方の腕だけは動けるように解放してもらう。
「悪いけどコヨトルとか言われてもわからん。説明してくれ」
「……変な奴だな、お前。コヨトルってのはあれだ、4本足の黒いもじゃもじゃだな。数が多くて爪と牙を持ってるけど、俺らの方が強いな」
どこか自慢げにそう話しながら、そいつは東の方を指差した。
4本足の黒いもじゃもじゃで爪と牙があるって、犬とか狼とかそっちの類だよな? それか、俺も何度か見たことのある猪系の魔物か?
「アココってのはなんていうか……んー。木が丸くなったみたいな、小さいやつらだな。戦ったことはないけど俺らの方が強いだろうな」
と、そいつは西の方を指す。
なるほどね。
謎の俺らの方が強いマウントはどうでもいいとして、そいつらには心当たりがある。
あのでっかい花をうちに連れてきた魔物たちだ。
というか、こいつは鳥の魔物のことをトトと呼んでいたから、おそらくコヨトルやアココも魔物の名前ってことだよな。
じゃあ、あの人間の上半身が生えたでかい花も同じアココという魔物だったのか? この鳥人間もトトと同じ? ……とてもそうとは思えない。
「なぁ、お前はどうやってトトの長になったんだ? どう見てもお前はトトではないよな」
そう尋ねると、そいつは変なものを見るような目で答える。
「お前が言うか?」
……たしかに。
ただ俺はかなり特殊なケースだと思う。違う世界から来ましたなんて明かすつもりはないけどな。
「まぁ俺らはなんというか、その場のノリでそうなっていったというか、気づいたらなってたって感じなんだよな」
あえて言うなら魔王にそう伝えられた時だが、それはすでにあるものに後付けで名前を付けられたようなものなので、それが長の始まりというのは少し事実と異なる。
「俺らだってそんなもんだよ。気づいたらそうなってた。たぶん他の魔族も同じようなもんじゃねーか?」
……まぁ、そうか。
そう言われたら納得するしかないな。
魔王たちが言っていた、魔物の群れにリーダーがいて、住処があって、人間を殺す、という魔族になるための条件もかなり緩かった。魔族となるものを選んだというより、偶発的に生まれたものに魔族と名前を付けるって感じだもんな。
「話を戻すけど、近くにいる魔族はそのコヨトルとアココって奴らだけか?」
「近いのはそいつらくらいだな。あとはあっちにゴーレムがいたり……あ! ゴーレムってのはだな。なんか……魔物が石になったみたいな奴らだ」
久しぶりに聞いたことのあるワードが出てきてほっとする。特徴も頭に思い描いていたゴーレムそのまんまだ。
鳥人間が指したのは北の方。結局どの方角にも魔族はいるみたいだ。南以外。
「あとは……あの遠くの山にはドラゴンがいたり、あっちにはコロトルがいたり……俺らの領の先にはマヤウェがいるな。向こうにはテペコアトルもいるし、アストランとか、カテネパとかも――」
「わ、わかったよ。ありがとう」
一生懸命思い出そうとするそいつの言葉を一旦遮る。
ドラゴンという気になるワードも出てきたが、こんなに大量に横文字が出てきては覚えられない。しかも位置的にそれほど関係のない領っぽいしな。
とにかく魔族はたくさんいるということがわかったのでよし。
それらは置いといて、近くの領のことについてもっと聞きたい。
「コヨトルの領はここからどれくらい離れてるんだ?」
「うーん。俺らだとすぐ飛んでいけるけどな。地面を歩いていくならかなりかかるぞ」
これあれだな。たぶんこいつら時間を表す単位の概念なさそうだな。
「俺がこの領から歩いていくとして、太陽が登ってから沈むまでの間にコヨトル領につくと思うか?」
「んん? うーん……歩くって、森の中だよな? 考えたこともねぇな……うーん。たぶん無理な気がするな。お前ら遅いし」
……なるほど。一番近い領でも気軽に歩いて行けるような距離ではないのか。
まぁその方がこっちも気が楽でいいな。隣人トラブルなんか起でもしたら面倒だ。
「じゃあその領に、なんか特産品みたいな物あったりしないか?」
「特産品? あいつらは人間の領と近くて、ずっとやり合ってるからなー。少なくとも俺は知らないな」
そうか。なにか交易できたらと思っていたが、生産をしているわけではないのか。
「他の領で、なにか俺らが使えそうなものを作ってるところはないか?」
「さっきから難しいことを聞いてくるな。その俺らってお前のことか? それともその小さい奴らのことか?」
「あー、まぁどっちでもいいな」
鳥人間は俺とスライムを見比べる。
「そうか……うーん……」
そいつは少し悩んだ後、
「わからん!」
と、元気に答えた。
「お前らが何を必要としてるかなんて知らん!」
はぁ……まぁしょうがないか。ならば作戦変更だ。
「なぁ、お前。とうも――テオシントが欲しいんだよな?」
「テオシント!?」
相変わらずとうもろこしに対する食いつきがいい。
「俺の頼みを聞いてくれるなら、お前を逃してやってもいいし、そのテオシントを定期的に分けてあげてもいいぞ」
そいつはブルブルと震え、翼をモゾモゾと動かす。
「なんだ!? なんでもやるぞ!」
鼻息を荒くし、目を見開いてそう答える。
……大丈夫かな。
あのとうもろこし、なんか変な成分とか入ってないよな?
と、少し不安になるが、この鳥人間が扱いやすいのはいいことだ。
「交易ってわかるか? うちの領にある物と、相手の領にある物を物々交換したいんだけど、お前が言った通り俺じゃ他の領に行くのに時間がかかる。そこで、その物品のやりとりや運搬をお願い――」
「やる! やるぞ!」
と、こいつは足をバタバタさせて、俺が言い終わる前にその異常なやる気を見せつける。
ほんとに大丈夫かよ……。
まぁやる気があるなら話は早い。
俺は黄スライムに頼んで、そいつを丸太に縛り付けている石の輪を外してもらう。
「いっとくけど、俺らに敵対するような動きをしたら次は確実に殺すからな」
「お、おう……」
当然釘は刺しておく。
お互い利益があるから契約したが、これは所詮口約束でしかないし、お互いを信頼したわけでもない。
あくまでリターンがあるという前提で互いに利用し合っているだけだ。
「今からはさすがに無理だから、また明日こい」
「おう! わかった!」
それから、そいつが持てる大きさとか運べる重さとかを聞いたり、報酬について取り決めをしたりと、細々したところまで決めてその日は別れる。
数十匹の、そこそこでかい鳥が一斉に飛び立っていく姿はなかなか迫力のあるものだった。
「……俺らも帰るか」
ずっと待機していた、100匹を超えるスライムたちにそう伝える。
とうとうスライム領で交易が始まる。
交易――。
それは内政チートの必修科目その②だ。
しかも植物魔法で生産した、元値ほぼゼロのとうもろこしが交易の種になるのだから、心の中では笑いが止まらない。
相手の出せる品が全く予想できないのでギャンブルではあるのだが、それでも負けようのない簡単なギャンブルだった。
――まさかここにきて交易を始められるとはな。
この先どうなるかはわからないが、この新たな繋がりによってスライム領がさらに発展すればいいなと、俺はスライムたちと拠点に帰りながらそう思うのであった。




