55 テオシント
『緑スラ――俺の後ろに移動して、次にあいつが俺に向かって降下してきた時に全力で風をぶつけてくれ』
護衛と連絡係を兼ねる側近スライムにそう小声で伝えると、それはすぐに全体に共有される。
話の内容を聞かれることなく、その場で作戦を味方だけに伝えられるスライムネットワークは、やはり戦闘においても超有用だった。
その結果がこれ。
俺の目の前には、地面に刺した丸太に石の輪で縛りつけられた、未だ目を覚まさない鳥人間がいた。
背中に生えた一対の緑色の翼に、ショートの黒髪を後ろに流したさっぱりとした印象の髪型。
着ている服は腰で縛ったゆったりとした貫頭衣に、七部丈のサルエルパンツのような上が膨らんでふくらはぎですぼむスタイルの、全体的に野暮ったい服装をしている。
こういう服ってどこから調達しているのだろうか。やはり人間からか?
特に腕と足首に巻かれたレザーのアームガードのようなものは、ただ鞣しただけの革ではなく金の意匠まで施されていた。
縛られて窮屈になっているこいつの手を見る。
俺の倍はありそうなごつごつとした太い指から、鋭く硬そうな、犬歯のような爪がきらりと伸びていた。
……こんな繊細な作業ができるとは、とても思えんな。
こいつが引き連れていたピンクの鳥の魔物たちは今、離れたところからこちらをじっと見つめている。
どういう心境なのかはわからないが、とりあえず攻撃してくるような素振りは見えない。
遠くから見られているというのは気分のいいものではないが、わざわざ追いかけ回して倒すほどでもないだろう。なによりあちらに攻撃の意思がないのなら、空を飛んで逃げることが可能な鳥系の魔物を仕留めるのは一苦労だ。
やり合うのなら全力を出すが、鳥を追っかけるなんてそんな無駄なことに魔力を使う必要はない。
……にしても起きないな、こいつ。
息はしているようなので死んではないはず。
別に俺らが待つ必要なんてないよな……叩き起こすか。
鳥の魔物も静観しているみたいだし、スライムたちがいるから少しくらい俺がいなくなっても大丈夫だろう。
俺はスライムにここを任せ、一度拠点に帰る。
前に作った大きな木製の升を倉庫から引っ張り出し、植物魔法で浮かせてため池に沈め、たっぷりと水を入れる。ちなみにこれは25リットルの水が入る升だ。
それを持って鳥人間のところに戻る。
――こういうの、ドラマとか映画で見るよな。
少しだけワクワクしつつ、そのたっぷりの水を鳥人間目掛けて思い切りぶちまける。
「ん……うわっ!? なんだ!?」
おぉ〜。
絵に描いたような反応。
気分はスパイを尋問する特殊部隊のようだった。
「よぉ。ようやく目を覚ましたか」
自分で言っておいてなんだが、お決まりの台詞をまんま言ってしまった。
しかし実際やってみると、これ以外の言葉も別に思い浮かばない。使い古された言葉というのは、それだけ使われるのに理由があるということだ。
鳥人間は2度3度と体を動かそうと身じろぎするが、丸太にがっちりと固定されているのを見てがっくりと項垂れた。
「負けちまったのか……俺は」
「あぁ、そうだな。完っ全に負けたな」
それを聞いて何を思ったのだろう。そいつは少しの間下を向いていたが、何かを思い出したかのようにハッと顔を上げた。
「と、トトは!?」
「……ととと?」
こいつ、さっきから説明が足りないんだよな。それとも俺に常識がないのか。
「トトトル。トトだ! 俺と一緒にいたやつら!」
あぁ〜。あのピンクの鳥の魔物か。トトっていう……んだよな? トトトル? トトが略称でいいのか?
「あのピンクの鳥なら向こうにいるぞ」
目線をそいつの奥の方にやるが、そいつ自身は後ろを振り向くことができない。
仕方がないので、丸太ごと回転させてやる。
「ほっ。よかった……」
と、安堵してくれたが、3分の1くらい数が減ってるような気がするのは触れないでおく。気まずいからな。
それにこいつらだって覚悟はしてただろう。殺しにかかるってことは、逆に殺されることもあるってことだ。
また俺は丸太を半回転させ、そいつと顔を合わせる。
「それで聞きたいことが――」
と、俺が切り出すより先に、
「俺はどうなってもいい! あいつらだけは許してやってくれ!」
と、そいつは真剣な目で俺に懇願してきた。
「お、おう?」
こういう感じなのか、魔族って。
いきなり攻めて来たことといい、無策で飛び込んできてあっさりやられたことといい、正直粗暴でアホな奴という印象があったが、意外と情に厚い熱血タイプっぽい。
その鳥人間の言葉が聞こえたのか、トトとやらたちがぐわぐわと騒ぎ出す。
そっちから手を出しといて何を勝手なことを……と思わないでもないが、鳥人間の嘘偽りを感じさせない真っ直ぐな言葉に、すっかり毒気を抜かれてしまった。
それにこいつを殺すと後ろのトトたちが面倒くさそうだ。
「俺の質問に正直に答えるなら、考えないでもないな」
もうほとんどこいつは逃してやる腹づもりだが、俺が正直者になる必要はない。
生殺与奪の権利はこちらにあるというアドバンテージはしっかり使わせてもらう。
「な、なんだよ」
と、鳥人間もその顔に不安を滲ませる。安心しろ、そんな大層な質問はしない予定だ。
「まずお前がさっき言ってた、テオシントってなんだ?」
「テオシント!?」
手始めに簡単な質問から……と思ったのだが、そいつはハッとして目を大きくして、白い膜のようなものを目頭から目尻へと、横に動かして瞬きする。
そういうとこは鳥っぽいんだな。と思いつつ、なぜこいつがテオシントとやらにこれほど反応するのかが気になった。
まず間違いなく、それが今回の争いの種だろう。
鳥人間はどこか不思議というか、不可解な表情を浮かべて口を開く。
「お前らの領で育ててるだろ……。隠しても無駄だぞ。トトが散歩中に発見したんだ」
俺はそいつの口から出た”領”という言葉にドキリとする。
魔王から認められたとはいえ、ずっと俺1人で自称していたそれを他人の口から聞いたのは、あの日の魔王たちを除けば初めてだ。
それに魔族の間でも普通に領という言葉が使われていることがわかって高揚しているというのもある。
こいつにも領があり、そしてこの森のどこかにも色んな魔族の領があるんだろう。なんだか一気に世界が広がったような気がした。
それは俺の冒険心と内政チート心をくすぐる事実だった。
「こわ……なんだよニマニマして」
そいつは動けないとわかりつつも、体をモジモジと動かす。
「いや、気にしないでくれ。残念ながら俺は自分の領で育ててるものの正式な名前を知らないんだ。育ててるってーと、果物のどれかか?」
なんか好きそうだし、鳥。と出かけた言葉は飲み込む。
「へ……お前テオシントも知らないのか? あの背の高い草についてる白いのだよ。めちゃ旨いやつ!」
あー、とうもろこしか。
さらっと馬鹿にされた感もあるが、なるほど穀物か。たしかにこっちも鳥の好物ってイメージはあるな。
「テオシントは人間しか持ってないんだ。しかもほとんどが古いやつばっかり。なのにお前のとこには生ったばかりのものがあるっていうじゃないか」
なるほどなるほど。
こいつらはその人間たちしか栽培できていないテオシント(とうもろこし)を俺らが栽培してると知って、奪いに来たってわけだな。
だいたい大枠の事情はわかってきた。ただ気になるポイントもいくつかある。
「テオシント”は”人間しか持ってないって言ってたよな? じゃあ他の植物なんかは魔族でも栽培できてるのか? これお前らだけじゃなくて、ここら辺に住む魔族全体に対する質問だ」




