53 感知能力
ここ最近、スライム領近くの森で人間を見かけることが多くなった。
風体としては、どいつもこいつもいかにも冒険者といった感じで、公的な組織の者とは思えない。
しかしこいつらの国のやり方によっては、国や権力者が民間の冒険者を雇うこともあるかもしれないし、公的組織の服装がこういった冒険者スタイルということもあり得る。
つまり、人間どもが俺らの領のことを嗅ぎ回っているという可能性は十分にあるということだ。
「どうしたものか……」
俺らのことが人間側にバレているのは間違いない。だいぶ前に、人間の群れから襲撃を受けていることからもそれは明らかだ。
しかしここにきて、ちまちまと偵察みたいに人間を寄越してくるのはなぜだろうか。
一度人間の群れを退けたから相手も慎重になっているのか、それとも何か企んでいるのか。
または、次の襲撃のための情報収集か。
なんにせよ、俺らにとってそれはよくない兆候だった。
可能な限りスライムたちが排除してくれてはいるが、なにせ拠点から森までは距離がある。
スライムが早めに敵を察知しても、倒しにいくまでに気取られて逃げられるという可能性は否定できない。
敵を早く視認できるこのだだっ広い荒野という俺らの強みが、そのまま相手に利用されてしまう形だ。
「ま、今はやれることをやるしかないか」
人間を倒し、できるだけ侵攻を遅らせ、時間を稼ぐ。これが重要だ。
時間というのは、スライム領にとって有利に働く。
現に今、スライム領のスライムの数は100を超えるほどに膨れ上がっていた。
解体場所の東屋から、拠点の方を眺める。
ため池、その周りの旧苔エリア。その奥に見える巨木と、その巨木が作る木陰に広がる新苔エリア。果ては俺の家の屋根や果樹、巨木の上など、いたるところでスライムが寛いでいるのが見られる。
スライム自体が小さいため、100を超えるといってもそれほど場所は取らないが、それでも拡張したスライム領が手狭に感じるくらいには増えていた。
ちなみに100を超えてから、数はもう数えていない。
さすがに把握しきれないし、数えているだけで時間が取られる。
「にしても、だいぶ増えたなぁ。なんか、30、40匹あたりから一気に増加したんだよな」
一度増えた子スライムが大人になったタイミングとか、やってくる魔物が増えて魔石量も増えたりとか、そういう要因が重なったのだろう。ねずみ算とまではいかないが、スライム算式に個体数を増やしていった。
しかし面白いもので、そのまま倍々に増えていくということでもないようだ。
急増する時期を越え、今ではスライムの増加数は落ち着いているように見える。きちんと数えているわけではないので目算だけどな。
これはおそらく、スライム全体で見た時の魔力の消費量と吸収量の問題だと思っている。
個体が増えれば、当然その増えた個体が生きていく分の魔力消費量も増える。
10の個体を保持するには10の個体分の魔力が、100の個体を保持するには100の個体分の魔力が必要だ。
逆にいうと、その数を保持するだけの魔力供給がなかったから、俺がスライムと会った時は3匹しかいなかったのだろう。
それに、たとえスライムが分裂をせずにひとつの個体で大きくなっていっても結果は同じだろうな。
人間でいうなら、食費と捉えてもいいかもしれない。
1人より2人の方が食費はかかるし、たとえ分裂――人数を増やさなかったとしても、1人で2人分3人分と多くの食事を必要とするのなら、どんどん食費は増えていく。
ここまでスライムの数が増えたのは政策どおりで、喜ばしいことなのだが、今のスライム領で稼げる魔力量では、近いうちにスライムの数が頭打ちになってしまうのだろうなとも思う。
残念ながら、100匹ではまだ俺の野望を達成するのには心許ない。
もちろんスライムに苦しい生活をさせるような、無闇やたらと数を増やすようなことはしないが、まだまだスライム領は強くならなければならない。
――俺はやるぞ。スライム領の安寧のために。
目標を定まった。後はその実現に向けて頑張るだけだ。
◆◆◆
魔物2体の解体を終え、スライムたちが狩ってきた人間も戦利品を回収した後、スライム領から離れた森に埋め終えた。
今は10キロはあろうかという魔物の肉をスライスし、燻製器で加熱、脱水しているところだ。
燻製は焦げない程度の温度で長時間加熱し、硬くなった状態からさらに1日干して作る、かなり硬めの乾燥肉だ。
この地域は夕方頃にスコールが降ることが多いので、基本的には日没間際まではしっかり東屋に守られた燻製器で加熱。その後、日が落ちる前に並べて、一夜干しのように一晩風に当てる。
本来は干してから燻製する場合が多いだろうが、うちはいわゆる調味液に漬けるといった工程もできないし、気温もそこそこ高い中で生肉を一晩放置するのは衛生的な不安があったのでこの方法でやっている。
せめて塩の供給が安定していればもっとマシな方法をとれるのだが、現状は人間からのドロップ頼りだ。
最近は人間が増えたこともあり、岩塩の在庫も増えてきたのだが、この量の肉を塩漬けにするには全く足りなかった。
ただ悪いことばかりでもない。
うちの領は荒地の中心にあり、萎びた草が地面の割れ目からたまーに生えているくらいで、自然に生えている木や草はほとんどない。そのせいか、もしくはおかげか、虫の類を全く見ないので、その点では肉を干すのに向いていた。
環境が悪いとハエが肉に卵を産みつけるとかあるらしいからな……グロ耐性はだいぶ向上したが、それ系はちょっと……いや、だいぶ厳しい。
「こっちも火を頼む」
赤スライムにそうお願いすると、そいつはぴょんと跳ねて箱型の燻製器の中に火の玉をぺっと吐き出す。
狭い箱の中で熱がぼうぼうと渦巻き、少しすると空気中に溶けるようにして消えていく。底の方を見ると、赤々とその身を輝かせる木炭が残っていた。
その炭の上に木のチップをざばざばと入れる。このチップに使われている木は、近くの森の中で1番香りの良かったものだ。ちゃんとした燻製に使われるチップには劣るだろうが、どちらかというと煙による殺菌効果を期待しているので、そこは妥協している。
チップによる煙と、炭による加熱と脱水によって保存期間を伸ばす、これがスライム領の名産、保存食なのだ。
プスプスと燻り始める木のチップを見ながら、串に刺した肉のスライスを燻製器に引っ掛けるようにして設置し、蓋を被せる。
4、5時間くらいはこのままじっくり加熱だ。
「ふぅ」
と、額の汗を拭い一息つく。
同じような燻製器がいくつもあり、さらに向こうでは革を鞣すために木材も燃やしている。
日陰で風の通りもよいとはいえ、この東屋での作業はかなり汗のかく作業だった。
……水飲も。
喉が渇いたというのもあるし、定期的な水分補給は体のためにも大切だ。
そう思い、ため池の方に向かおうとした時。
「――ッ!」
スライム領全体に、緊張が走る。
のんびりと過ごしていたスライムたち……しかも100を超えるそいつらが一斉にピクッと体を震わせ、固まる。
その光景はどこかゾッとするような怖さがあるのだが、これはスライムが敵を感知した、もしくはしている時の仕草だ。
俺は急いで家の壁にかけてある木剣と木盾を手元に呼び寄せる。
スライムたちのこの反応の強さからして、単体、もしくは弱い魔物や人間ではないのだろう。
――どっちから来る。
スライムたちの反応を探る。
そうやってしばらくスライムの様子を見ていると、ピタッと固まっていたスライムたちが一斉にそちらを向いた。
――北東のあたりか。
その方角からくる魔物に対してこの反応を見せるのは初めてだ。
急いで拠点の北東側に向かうと、遠くの空に、なにか黒いモヤのようなものが見えた。
そのモヤはどんどん近づき、すぐに無数の点になり、粒になり……翼を羽ばたかせる何かの群れになる。
「鳥……?」
速い。しかも多い。
やはり、今回はスライム部隊の出番はないようだ。




