51 閑話⑥
クァナック王国の最北には、カテペックという町がある。
クァナックではまだ手付かずであった北方の森を開発するべく生まれた開拓村だったが、大森林の恩恵を一身に受け、多くの職業人が集まり、僅か数年で町と呼べるほどの発展を遂げた。
わざわざ開拓村まで出張ってくるような、野心溢れる働き盛りの大人たちが集う活気あふれる町だったのだが、最近はその勢いにも陰りが見えていた。
――冒険者が消えた。
この国では、土地を広げるということはつまり魔物との戦いであり、その土地の所有権の争いだった。
元々、魔物が跋扈する森を切り開き、その土地に巣食う魔物を打ち倒し、この村は生まれたのだ。
その時の戦いの主導者は貴族であったが、村が安定し、冒険者が居着いてからはその戦いの主役は変わっていった。
冒険者というのは粗暴で捻くれた者も多いが、それでも彼らは村や町の安全を守るために必要な者たちだった。
つまり冒険者とは、村や町の安全の指標ともいえるのだが、それがすっかり町からいなくなってしまったのだ。
当然、全ての冒険者たちがいなくなったわけではなく、召集に従わなかった者や、前の仕事のタイミング的に参加できなかった者も少数はいたが、それでも町民は不安だった。
この召集に関してだが、カテペックの冒険者ギルドがこの町の冒険者を集めていたことは町民の間にも広く知れ渡っていた。
『どうやら急だった割に、かなり本気の召集だったらしいぞ』
『魔族でも出たんじゃないだろうな』
『この町は大丈夫なのかしら?』
口を開けばそんなことばかり。
人と顔を合わせれば不安を口にし、それがさらに不安を煽る。
町全体に、どこか陰鬱な空気が立ち込めていた。
冒険者たちが町を発ってから時が過ぎていくほど、その空気感も徐々に濃くなっていく。
それが10日も続くと、危機感の強い者は早々にこの町に見切りをつけ、荷物をまとめて出ていったりもした。
――それからさらに時が経った。
不幸だったのは、この町が最近できたもので、為政者からすれば数ある開拓村の成功例のうちのひとつでしかなかった。
到底主要な町とはいえず、管理体制も杜撰。
この土地はポツァルトという貴族が治めていたが、カテペックには下の者をたまに送る程度で、それほど気にしている町でもなかった。
そんな町の大探索など、貴族の身分からすればどうでもいいもので、『お前らでやっとけ』といった程度である。
カテペックを含む、いくつかの町を任せている配下の者に丸投げをし、それで終わり。いつものような簡単な仕事だった。
その任を受けた、カテペックを含むこの辺りの町の代官というのがポチトリという男。
上司の熱量は部下にも伝染する。
ポチトリも、自分が任されている町のことについてそれほど熱心ではなく、定期的に町のギルドから税を取っていくことにしか興味のない男だった。
とはいえ大探索は重要な儀式。任された町が魔物に襲われたとなれば自分の立場も危うい。
遠い血縁であるとはいえ、当主のポツァルトはポチトリより身分が上。自身の進退を決めることのできる人物だった。
そんなポチトリが、駕籠に揺られてカテペックの町へやってきた。
駕籠といっても人が抱えて運ぶような物ではなく、大型の人力車のようなもので、車輪があり、前で駕籠を引く者と後ろから押す者がいた。
なぜポチトリがカテペックにやってきたのかというと、税の徴収ではなく、その大探索のことについてだ。
ポチトリがカテペックの冒険者ギルドのマスターに森の大探索をするように伝えてから、もうふた月も経っていた。
さすがにこれだけの期間なんの連絡もないのはおかしいと思い、あの大男を折檻して左遷でもしてやろうと鼻息を荒くしてやってきたのだが、町の様子がどうにもおかしい。
以前来た時よりも活気がなく、どこか人気も少ない。
大通りを駕籠が進み、窓の外から端に寄って頭を下げる町民の姿が見えるのだが、その数は明らかに減っていた。
不思議に思いながらも、駕籠が冒険者ギルドの前に着き、従者が戸を開く。
「なんだこれは……」
困惑。
ポチトリの目に、もぬけの殻になった冒険者ギルドが映った。
「カテペックの冒険者ギルドといえば、それなりに賑わっているはず……」
なにせ数年前までは未開の地だったカテペック。冒険者の仕事が豊富にあるというのは想像に難くない。
従者に合図を出し、中を調べさせると、すぐに小さな悲鳴が聞こえてきた。
首根っこを掴まれるように連れてこられたのは、奥にいた女性。おそらく受付嬢なのだろう。
「ギルドマスターはどこだ」
そう、目の前で顔を青くする女性に問う。
「ぎ、ギルドマスターは、ひと月ほど前に冒険者たちと森に向かったまま、まだ帰ってきておりません……」
その知らせを聞いて、ポチトリは眉を顰める。
「どういうことだ」
冒険者ギルドの受付嬢は、私は罰を受けるのだろうかと、恐怖で体を震わせながら話した。
突然、ギルドマスターが冒険者を召集したこと。次の日には森に向かったこと。それから一度も姿を見せていないこと。
「なぜ冒険者を集めたのか、あいつから聞いていないのか」
ポチトリはそう強い口調で詰めるも、女性は小さく首を振るだけだった。
「くそっ!」
近くにあった椅子を蹴り付け、ポチトリは怒りを露わにする。
「あの野郎……面倒なことしてくれたな!」
従者は眉ひとつ動かさないが、声を荒げるポチトリを見た受付嬢は「ひっ」と声を漏らして肩を小さくする。
たいしてこの町に来ることはないが、この男は一介の受付嬢など簡単に消してしまえるくらいの権力は持っていた。
『間違いなく、ギルドマスターたちは魔物にやられたのだろう。いや、やられた冒険者の規模からすれば、魔族が出た可能性もある』
この辺りを任されているポチトリからすれば、それは最大級の面倒事だった。
『せめてあの大男が持ってる情報をこの受付嬢に流していればよかったのに、あいつ……周りに何も伝えずに勝手に死にやがった!』
迅速に対応しなければならない問題に対し、全てが後手。
実際には逃げ延びた冒険者もいたのだが、ギルドマスター直々の召集、その依頼から逃げ出した手前もうその町にはいられなかった。
事前に、ギルド側が『今回の召集に従わなければ冒険者資格を剥奪する』と脅しをかけていたこともそれに拍車をかけ、今回の件にポチトリが気づくまでに時間を要した一因となっていた。
つまり今は、被害は確実に出ているのに、その相手が何なのか、どれくらいの規模なのか、人間側にはまだひとつの情報もない状況。
「帰るぞ!」
荒々しく、ポチトリは従者にそう伝える。
『まずは俺の管理下にある各町の冒険者ギルドに通達。この森に巣食う魔物、もしくは魔族が何なのか、その調査からだ』
敵がわからなければ、対策のしようがない。
一刻も早くこの問題を解決しなければいけないのに、こんな初歩の調査から進めなければならない。
駕籠に乗り込んだポチトリは足をカタカタと揺らし、苦々しげに外を見る。
外では従者が、駕籠を運ぶ奴隷たちに鞭を振るっていた。
「面倒なクソ魔族どもが、絶対に潰してやる」
拳で膝を叩き、そうひとりごちる。
動き始めた駕籠の窓から見える景色は、来る時よりもいくらか速く流れていくのだった。




