50 弔い
その花の魔物の傍らにいる、子スライムくらいの大きさの木の玉から、小さな4本脚をツンと生やした魔物たちが俺を見る――いや、正確には見てるような気配を感じる。
なんだかスライムと出会った頃のような、仕草の探り合いを思い出す。
――俺にどうしろってんだ?
俺をここに連れてきたスライムたちに目をやると、どこか困ったように体をへにょっとさせていた。
「あー、お前ら俺の言葉わかるか?」
木の玉たちはソワソワとして、一応反応を示すが言葉が通じているのかはわからない。
「スライムたちはあいつらと話しできるのか?」
スライムたちに聞くが、こちらはこちらで微妙な反応。
体を曲げたり伸ばしたりした後、申し訳程度に体をふるっと震わせる。
――ある程度は会話できるってことか? まぁ少なくとも否定はしないってことは、全く話が通じないってことはなさそうだな。
「じゃあ、あいつらが何しにきたかわかるか?」
スライムたちに尋ねる。
すると、代表なのか赤スライムがそいつらの近くまで跳ねていき、ぷにょんみにょんと体をプニプニさせながら、何かを一生懸命に伝えてくれているっぽい動きをする。
――たしかに、これはスライム同士の会話では見られない動きだな。
同色同士の念話はもちろんのこと、別色間のコミュニケーションでもスライムは静止した状態で行う。
それと比べると赤スライムの動きは、まさにボディランゲージのようだった。
それに呼応するように、相手の木の玉もカタカタ体を震わせたり小さい脚でぴょんと跳ねたり、何かを伝えようとしている。
うん、俺にはさっぱりわからない。
しばらくその肉体言語を交わした後、赤スライムは力なくひょこひょこと帰ってきた。
「どうだった?」
と聞くと、こちらを眺めたままピッと固まる。
黄と緑のスライムも寄ってくるが、結局3匹とも固まってしまった。
こういう場合は、急かさず見守るのが吉。
前がかりになっていた自分を窘め、ふぅと一呼吸。
上体を起こし、空を見上げる。
ギラついた太陽と、青というより、魔石のような淡い水色が遠くまで広がる空。そこを思いの外早いスピードで駆けていく煙のような形の雲。
雲が早いのはこの土地で風がよく吹いているからなのだろうか。なんだか、その雲が近くにあるように感じられる。もしかしたらこの土地は標高が高いのかもしれないな。
なんてことを考えていると、拠点から1匹の赤スライムがぴょんぴょんと走ってくるのに気づいた。
どうしたのかとそいつを見ていると、その赤スライムはどうやら四角い木の端材を頭に乗せているようだ。
そのまま俺の足元まで來ると、ぐいっとその木材を俺に押し付けてくる。
「お、おう」
と、それを受け取るが……どうしたらいいのかわからない。
手に木材を持ったまま、4匹になったスライムを見る。
……。
――なんだよ!
とりあえず何か俺のアクション待ちっぽいので、植物魔法を使って、手元の木材を宙に浮かせてひゅんひゅん回してみた。
すると、スライムたちはピンと体を伸ばし、ぷるぷると体を震わせる。
――これであってるのか?
同時に、ことの成り行きをじっと見ていた木の玉たちが俺の足元に集まり、カタカタと体を震わせる。
浮かせる? この花を?
いや、そういうことじゃないだろう。
頭の中に浮かんだひらめきに、俺は思わず眉を顰める。
「……無理だぞ」
やったことはないが、感覚でわかる。
それは俺がこの世界に来たあの日、学んだわけでもない植物魔法を自然と使いこなせていた時の感覚と似ていた。
知識や経験ではなく、なんとなくとしか言いようがない、直感のようなもの。
スライムたちもそれがわかっていたのか、へにょんと体をへこませて悲しそうにしている。
それでもなお、足元の木の玉たちは、俺に縋るように懸命に体を揺らしていた。
――一応、やってはみよう。
それがこの魔物たちへの、魔族”だった”者たちへの俺なりの誠意。
俺は木の玉を蹴らないようにそっとその輪から抜け出し、大きな花に近づき、膝を折る。
このような状態だからか、そういう花なのか、不思議と匂いはしなかった。
中心で寝ている人間の形をした上半身とは違い、この濃い紫色をした綺麗な花は見た目ではまだ生きているように見える。
そのひとつの花弁に、両手でそっと包むように手を当てて、頭の中でイメージする。
この花が、魔物が、みるみるうちに元気になってまた動き出すところを。
そうやって、この今にも泣き出してしまいそうな木の玉たちを連れて、共に森に帰っていくところを。
……。
しばらくそうしていたが、結局その花の魔物が動くことはなかった。
花から手を離し、体の前で両手を合わせる。
こいつ自体を植物魔法で動かしたり、宙に浮かべたりすることはできるだろう。
しかし、魔物としての命を取り戻すことは俺にはできなかった。
立ち上がり、固唾を飲んで見守る木の玉たちの元へ戻る。
「ごめんな。……できなかったよ」
伝わるかはわからないが、そう報告する。
どんな形でも、一度手を出したのだから包み隠さず結果を伝えるのが義務だろう。
木の玉たちは俺の顔を見上げて、じっとしている。
それから5分か、10分か、それくらいの間、木の玉たちとずっと見つめ合っていた。
少し離れたところで、スライムたちも静かに俺たちの様子を観察している。
1匹の木の玉がカタカタと体を鳴らし、その大きな花の元へ戻っていく。すると、それを皮切りに残りの7匹もゾロゾロとそれに続いていった。
木の玉たち全員が花に隠れるようにその下に潜ると、大きな花が小さくひょこっと持ち上がる。
別れの挨拶なのか、大きな花を持ち上げたまま、木の玉たちは何かを伝えるかのように少しだけそこに留まる。
「元気でな」
その言葉に反応して、ゆさゆさと、美しい濃い紫色をした花弁が揺れた。
その後、大きな花はぐるっと半分回転し、ちょこちょこと森に帰っていく。
あいつと初めて会った西の森にだ。
「……俺らも帰るか」
行きとは逆で、俺の後ろをスライムたちがペチペチとついてくる。
――あいつらも魔族だったんだろうな。
あの大きな花の中心にある体、その真ん中には、黒く固まった血で閉じてはいたが細く平べったい穴が空いていた。
おそらく人間に剣で突かれたのだろう。
あいつらがどんな戦いをしたのかは知らない。しかし結果、あいつらは負けてしまったのだ。
不思議な感覚だ。
残された木の玉を憐れむ気持ちもゼロとは言わないが、別に可哀想だとも思わない。
負けたら死ぬ。この世界の当たり前のルールだ。
だけど考えてしまう。
戦って、戦って、勝ち続けて。一体いつまでそれを続けなければいけないんだ、と。
答えは分かりきっている。死ぬまで、一生。
しかし、そんな当たり前を受け入れきれない自分もいた。
戦って、戦って、その先も戦って。本当にそんなことを続けて意味があるのか。
全ての戦いに勝つことなんて不可能だ。どれだけ強くても、負ける可能性がゼロでない限り、いつかは負ける日が来るのだろう。
その時がスライム領の終わりだ。
――くだらないよな。
そんなの出来レースだ。いつか死ぬ日のために、一生懸命戦って延命しているだけ。
そんなのやってられない。俺が向こうの世界で好きだった内政チートに、こんな意味のない結末は求めてない。
内政チートで領を繁栄させる。それはただの過程であって、目的ではないのだ。
「何のために強くなるのか」
俺の中で、頭の中の妄想でしかなかった『スライム領を強くする』という漠然とした理想が、ようやく現実と結びついたような気がした。
「スラちゃん……いくぞ!」
俺は走りだす。なんとなく、じっとはしていられなかった。
いきなり走り出した俺に、スライムたちはなんの躊躇もなくすぐにぴょんと加速してついてくる。
今日のこの出来事は、俺とスライム、そしてこのスライム領の未来を変える、大きな出来事となった。




