49 元魔族
同時なのでタイミングは取りやすいとはいえ、2匹となると綺麗に躱わすのは難しい。
今度は横へのステップでその2匹の体当たりを避ける――が、すぐに顔面へ飛んでくる別のスライム。
慌ててそれをダッキングのように上体を下げて躱わす。
――嫌な感じだ。
どんどんその代償というか、動作の負債が溜まっていっている感じがする。この感覚があると、たいてい長くは持たない。
顔を上げると、すでに2匹の緑スライムが俺の顔に向かって来ており、その奥に力を溜め始めている黄色いスライムも見える。
ダッキングで顔を下げていたので、今飛んでいる頭狙いのスライムの軌道は、丁度胴体辺りにまで下がっていた。
殺傷能力は落ちるだろうが、耐えるだけというこの条件では胴への攻撃のほうが厄介だ。動かしやすい頭部に比べて胴は回避しづらく、体も余計に動かされるので余裕が奪われる。
この体当たりに関しては回避する暇もない。俺は腕を丸めるようにして、なんとか盾をスライムと俺の腹の間に滑り込ませた。
「ぐっ」
ゴム板を叩きつけたような高い打撃音が2発。
子スライムとはいえ、かなりの衝撃。
俺は押し出されるように数歩後退し、上体がはね上げられバランスを崩しそうになる。
――まずい。
こいつらの後ろにはすでに”溜めている”スライムがいたはず。
もう相手を見る余裕もなく、スライムの体当たりで流れた上半身の傾きそのままに、植物魔法での回避行動をとる。
加速する俺の体の横を、2匹のスライムがヒュンと飛んでいく。
――あぶねぇ!
思っていたより攻撃の準備を終えていたスライムの数が多かった。
しかしまだスライムの攻撃は終わらない。なにせ14匹もいるのだ。
俺の大きな移動の着地ぎわを狙うかのように、緑の子スライムが顔面に飛んでくる。
「ふんっ!」
しかしこれは予想できたので、落ち着いて盾で受け流すように後方へ弾いた。
こいつらもただ突っ込むだけの単純な体当たりから、こういったタイミングを見計らうような、考えた攻撃を見せるようになってきた。
今はまだ工夫がシンプルなので読みやすいが、これがより手の込んだ攻撃になってきたら俺なんかもう相手にならないだろう。
と、少し寂しいことを考えながら、スライムの体当たりをいなしていく。
今日は結構頑張った方だが、結局はこの後3分も持たなかった。良いのを1発頭にもらってしまい、そこからは子スライムたちの集中砲火。
頭にもらった最初の一撃以外はさすがに手加減してくれていたようだが、結果はこの通り。ボコボコにされてしまった。
俺はそのまま、地面に大の字に寝転ぶ。子スライムたちも満足したかのように大人しくなり、俺の周りで休憩している。
訓練とはいえ実際に戦うのは、体も疲れるがやはり精神的な疲労が大きい。
相手の動きに集中するし、その都度瞬間的な判断が求められる。
俺はこの世界に転移したときに肉体的なバフはもらったが、精神的なバフは(おそらく)もらっていない。
なのでステータスのバランスは精神力がかなりへこんでいると思われる。
「まぁ、ポジティブに考えるならまだまだ伸び代があるってことか?」
……だといいな。
俺は地面に寝転んだまま、頭を使った後のボーッとする感覚の中、少しだけ休憩を取るのであった。
◆◆◆
その後、魔法を使う訓練や、トレビュシェットを扱う訓練なんかを終え、スライムたちと昼休憩に入る。
昼というにはまだ早いが、実質長めの休み時間みたいなものだ。
このタイミングで服を洗濯し、朝食と昼食を兼ねた、いわゆるブランチを食べる。
今日のメシは魔物肉の串焼きと、角切りした緑トマトと白いとうもろこしの実を岩塩で和えた簡単なサラダ。……『今日は』といいつつ、毎日似たようなものだけどな。
それでも初期の頃を思えば十分豪華な食事だ。食後には南国フルーツもある。
午後は何をしようかと、そんなことを考えながらメシを食う。
――昨日やって来た魔物が1体水に沈めてあるので、そいつの解体は確定。あとは……最近魔物の肉も皮もかなり在庫が増えているので、それの処理をやってしまおうか。
なんて、今日の予定が決まりかけた時。
「ん?」
近くにいた赤スライムが俺を呼ぶかのように、丸太に腰掛けている俺の足をぐいぐいと引っ張ってきた。
「なんだ?」
何か問題でも起きたのだろうか。
俺は促されるまま、ぴょんと跳ねるスライムについて行く。
俺を先導する赤スライムに黄と緑も加わり、その3匹は緑トマトやトウモロコシを植えている畑を越えて拠点の外に出る。
ちなみに明確にここまでが領と決まってるわけではないのだが、この森の中にぽっかりと空いた荒地は俺らの領という認識でやってる。
領というには狭すぎるが、それ以上広くてもどうしようもないしな。
それだと森は領の外ということになり、つまり俺らは領外に道や水路を勝手に伸ばしていることになるが、別に法律があるわけでもないので気にしない。
俺らが幅を利かせている土地は俺らのもんだ、という理論。領というより感覚は縄張りに近い。
そしてこのスライム領にあるため池を中心とした生活空間のことを拠点と呼んでいる。拠点は昔からそう呼んでいたので馴染みがある。
なので俺らは今、生活スペースである拠点を出て、領内の荒地部分に足を踏み入れたということだ。
向かう方角は西側。この先に何があるのだろうか。
と思っていると、遠くに何かが見えるのに気づいた。
「なんだあれ。魔物……じゃないよな」
スライムたちを見るが、反応なし。
魔物だったらもっとスライムたちが興奮しているはずだし、少なくとも敵ではないのだろう。
スライム3匹と荒野を進む。
遠くに見えていたものが、少しずつ近づいてくる。
「花……?」
それは紫色をした大きな花のようで、少しずつこちらに移動しているみたいだった。
「魔物だよな?」
そうスライムに聞くが、これも反応は返ってこない。
動くでかい花なんてどう考えても魔物としか思えないのだが……。
仕方がないので黙って歩く。
しばらくすると、もそもそと動くそいつ”ら”とようやく対面することになった。
「お前は……」
濃い紫色の花弁を沢山つけた、直径で1メートル以上はありそうなでかい花を地面に降ろし、その下から脚が4本付いた小さな木の玉がわらわらと湧いて出てきた。
――こいつ、西側の獣道を作っていた時に出てきた奴だよな。
たしか、その木でできた体を見て、俺が植物魔法をかけようとしたら逃げて行ったやつだ。
色々あって忘れていたが、たしかにこの先にある森で一度見たことのある魔物だった。
久しぶりの再会にも驚いたが、俺が気になるのはこいつらではなかった。
こいつらが運んでいた巨大な花。
その中心に横たわる”人の上半身のようなもの”だった。
「なんだよこれ……」
その服も着ていない人間は、花の中心から生えていて、ウェーブがかった長い黒髪を散らして後ろに倒れるようにして寝ている。
その姿はまるで童話にでもでてきそうな、大きな花のベッドに横たわる少女のような姿だったが、今はそれはいい。
今問題なのは、その体の胸の辺りから、おびただしい量の赤黒い血が流れた跡があるということだ。
その乾いた血は、胸から腹を伝い、繋がっている花の中心部まで赤黒く染めていた。
――死んでる。
唇は紫で、体は青白く生気がない。
俺も人間の死体は結構見てきたが、少なくともこれは昨日今日命を落としたようなものには見えなかった。




