48 スライム訓練
「いち、に、さん、しー」(いち、に、さん、しー)
「にー、に、さん、しー」(にー、に、さん、しー)
「スラ領ー、ファイ(オー)ファイ(オー)ファイ(オー)ファイ(オー)」
スライム領の朝はランニングから始まる。
かっこ内の掛け声は、本来はスライムの分なのだが、なにせスライムなので俺が代わりに心の中でやっている。つまり1人で掛け声をやり合っているということだ。恥ずかしさはもうなくなった。
拠点から始まり、水路を下って荒地の外周を1周。かなり曖昧だが、おおよそ10数キロほどの距離はあるだろう。
それを1時間ほどでこなすのだから、日本にいた頃のインドア派の俺では考えられない体力だ。
この世界に転移した時に貰ったバフと、この世界での体を使わざるを得ない環境により、身体能力はこの2ヶ月ほどで大きく向上した。
とはいえ植物魔法なしではそこら辺の魔物にも勝てないだろうが、植物魔法による移動や攻撃をするにしても、身体能力や筋力が高いに越したことはないだろう。
スライムたちも一緒にランニングをしているのだが、このトレーニングがスライムに効果があるのかは全くといっていいほどわからない。
ただ本人たちもみんなで体を動かすのは好きそうなのでいいだろう。
「ぷはぁー、うめぇ!」
拠点に帰ると、湧水を一杯飲んでから戦闘訓練に入る。
「全体ー、並べ!」
意外にも団体行動は好きなのか、普段はのほほんとしているスライムたちもこういう時はきびきびとしている。
「番号!」
今となっては、毎朝これをやらないとスライムが増えたかどうか確認ができない。
ちなみにランニングの影響だが、俺はそれなりに疲労が残ってはいるが、スライムたちにはそんな様子は見られない。
まるで子供のような底の見えない元気さだ。10キロ以上走ってケロッとしている子供は流石に怖いが……。
そんなことを考えていると、最後のスライムがぴょんと跳ねた。
ここまで数が多いと、俺も移動しないと後半のジャンプを見逃してしまいそうだ。
今日のスライムの数は、26匹。
うん、また増えたみたいだな。
人間の群れに快勝してから10日ほど。あの時から8匹も増えたことになる。
今回の人間たちはそれほど物資を持っていなかったのだが、数が多いので戦利品はそれなりだった。
とはいえ白ローブの時みたいに魔石を持った奴はおらず、魔力に関しては魔法を使った分マイナスだと思っていたのだが、魔力重視政策の獣道と新苔エリアの2本柱が効いてるのか、こうしてまたスライムの数を増やしている。
どこまで増えるのかわからないが、スライムが増えるのはいいことだ。
「並べ、赤スラ!」
そう号令をかけると、赤スライムがシュバっと俺の前に並ぶ。
黄スライムと緑スライムにも同様の号令をかけるが、どちらも期待通りの動き。
「並べ、子スラ!」
「並べ、親スラ!」
「並べ、赤の子スラ!」
……と、様々な号令を繰り返す。
これからもスライムの数は増えていくだろう。そうなれば戦場でスムーズに連携を取ったり、作戦を伝えたりする時にきちんとその対象に俺の言葉が伝わらなければならない。
誰に向けて話しかけているのか、念話をするのか、混乱しないように対象のグループ名とスライム自身の所属をはっきりとさせておく必要がある。
これはそのための訓練だった。
特に子や親といった概念は魔力量の増加によって変わってくるので、各々で判断できるようになって欲しい。子スライムに無理させたくない場面もあるだろう。
それが終わるとぶつかり稽古。とはいっても相撲でいうところのぶつかり稽古ではない。文字通り、ぶつかる稽古だ。
みんなで巨木の下に移動する。
大人スライムの全力体当たりなんて俺は受けたくないし、たとえ木を植えてそれを的にしても数回で折れてしまうだろう。
つまりスライムのいい稽古相手を用意できない……はずだったのだが、そこでこの魔王から貰った木が現れた。
ある日、この木からぽとりと枝が1本落ちてきた。
上を見てもどこも枝が折れたような跡はなく、それはまるで鹿の角の生え替わりかのように、自然にコロンと落ちてきた。
その時は深く考えることもなく、どんな材質の木なのかと枝を振ったり地面を叩いたりしていたのだが、どうにもその感触がおかしい。
木材置き場から使いかけの太い角材を1本持ってきて、その枝を思い切り叩きつける。すると、指1本くらいの太さの枝が、20×20センチはあろうかという角材をぽきりと折ってしまったのだ。
当然硬化処理はしていない。素材そのままでこの硬さ。
その後も実験を繰り返したところ、この枝は無処理でも、硬化処理を施したそこら辺の生木より硬いことがわかった。
硬すぎである。
魔王から枝を貰った時はその意図がわからなかったが、つまりこれを使えってことだよな? と、俺はそう判断した。
細い枝でもこの硬さなのだから、この巨木のぶっとい幹がどれほど頑丈なのかは想像がつかない。
実際、今まで数百数千とスライムの体当たりを受けているのだが、表皮に傷ひとつすらつけられていないのだ。……ちょっと悔しい。
とにかく、この巨木はスライムのパワーを受けるのに最適な存在だった。
「親スラと普通スラはいつも通りな。力一杯やっていいぞ」
別に煽ったわけではないのだが、スライムの間にどこかピリッとした闘志のようなものが見える。
スライムとしても自慢の体当たりをここまで受け切る相手に対抗心が芽生えているのだろうか。なんにせよ、思い切りやってくれ。
巨木の幹にはツタを編んで作った太いロープが2本、俺の頭の高さとヘソの高さに合わせて巻きつけられている。
攻撃する時のだいたいの目安として巻いたものだが、早速スライムたちはバチン! と、それめがけて重い打撃音を響かせていた。
「子スラはこっちだぞ〜」
そんなスライムたちを尻目に、残された子スライムたちを連れて苔エリアから離れる。
俺の手には木剣と木盾。
さっき『大人スライムの全力体当たりなんて俺は受けたくない』と言ったばかりだが、子スライムならばギリギリ……なんとか……かろうじて許容範囲。
もちろん本当は子スライムの体当たりも受けたくはないが、この領で1番訓練を積まないといけない俺がサボるわけにもいかない。
それに全てを受けるつもりはない。むしろ逆、これはスライムの訓練というより俺の訓練という意味合いが強い。
スライムの攻撃を避ける、躱わすなどといった、生き延びるための訓練なのだ。
子スラの数は多く、その数は14匹。なんとうちの領の半分が子スライムだった。
まぁ分裂という仕様上、子スライムは増えやすいのでしょうがない。
「うし!」
と気合を入れる。生半可な気持ちでは、最悪死にかねない。先日もスライムが人間の首の骨を一撃でぽっきりと折るところを目の前で見たばかりだ。
「順番に来いよー。1回攻撃した奴は10数えるまで次の攻撃禁止だからな」
――うちのスライムは数も数えられます。
と、自慢もそこそこに、盾を構えて子スライムたちを睨みつける。
左端にいた赤の子スライムが、ぐっと体をへこませるように力を溜め、俺の顔面にまっすぐ飛んできた。
右足を半歩ズラし、首を曲げてそれを避ける。
流石にこれくらいは俺でもできる。
次も、その次も、足の移動と上体の動きで次々と躱していく。
しかし問題はここからだ。
次に飛んできた黄の子スライムの体当たりは、右手の木剣に植物魔法を使って大きく距離を取るようにして避ける。
――そろそろ1発目の奴が帰ってくる頃だな。
俺にはスライムのような360度の探知能力も視界もない。背後の相手の気配を感じるような熟練者の感覚もない。
ずるいとは言わないで欲しい。こうやって背後を取られないように大きく距離を空けるしか俺には対処法がないのだ。
それにこの人体の限界を超えた植物魔法を利用した移動は、れっきとした俺の強みでもある。
子スライムたちがぺちぺちと音を立てて追いかけてくる。
黄と緑、2匹のスライムが一度ぴょーんと高く飛ぶと、その着地の反動を使って流れるようにこちらに突っ込んできた。




