47 ギルドマスター
獣のような唸り声をあげて、大男が斧を振り回す。
――これ、打ち合えるのか?
そう不安に思った俺は、木盾に植物魔法をかけ、ふわっと後方に跳んで距離を取る。
これによって、大男の相手をしている間に他の人間に横や背後を取られないような位置取りもできた。
ふっ。とひとつ息を吐き、自分が持っている装備と、相手の武器を見る。
木と、斧。
……相性悪くねぇか?
長物ということもあり軌道は読みやすく、あいつの攻撃に木盾を合わせることはできるだろう。しかし、万が一にも盾ごと腕までざっくりいかれるなんてことがあったら笑えない。
だが試すことなく終わるというのも、先々木剣と木盾に不安を抱えながら戦わなければいけないということになる。人間に限らず、今後こういったパワータイプと戦うこともあるかもしれないのだ。
――1回くらいは思いっきり打ち合ってみるか。
大男は怒り狂ったかのようにすぐに距離を詰めてきて、再度大きく長斧を振りかぶる。
ブォンと音の鳴るその遠心力の効いた斧の刃を、木盾で受けるのはさすがに怖いので、こちらも木剣を振り抜いて合わせる。
「うおおっ!?」
ガキッ。と、木材と斧がぶつかり合ったとは到底思えないような音がすると、腕がぐいっと引っ張られ体が揺らぐ。
このままでは体ごと持っていかれて危ないと、慌てて木剣を離し体勢を作る。
大男が振るった斧を見ると、その三日月状のヘッドに付いた刃に、刀身の半分ほどまで斧めり込ませた木剣が噛み合わせるようにくっ付いていた。
「うっそだろ」
信じたくはないが、鉄の剣とも互角以上に打ち合える植物魔法産の木剣が、負けに等しい損傷を負っている。
しかしすぐに気持ちを切り替える。
残念ではあるが、そもそも植物魔法の強みはスタイルに縛られないこと。
木材さえあれば木剣でもなんでもその場で生み出せるという、装備を選ばない自由さ。それはつまり、木材でさえあれば全てが武器になるということだ。
大男は木剣を手で振り払おうとするが、がっちりと刃に噛みついていて中々離れない。
そりゃそうだ、それはただの木の剣じゃない。俺の植物魔法でカチカチに硬化したもので、むしろ刀身の半分もやられたことにこっちが驚いているくらいなのだ。
それを確認して、即大男に向かって駆け出す。
左手の木盾を前に出し、植物魔法でさらに加速。
大男は俺に気づき、斧に噛みついた木剣のことを一度忘れ、そのまま斧を振って迎撃しようとする。
――馬鹿が。
木盾の力で人間大砲のように宙を飛びながら、”木剣”に対して植物魔法を使う。
「~~~っ!」
呻き声。
そいつは斧を振りかぶったまま、まるで斧の重さに負けるかのようにして膝をつく。
がっちりと斧の刃を挟んだ木剣が、一瞬だが、数百キロの重りとなり大男を地面に押し込んだ。
俺は宙を駆けるスピードのまま、大男の顔面を木盾で思い切り殴りつける。
「くそっ」
しかし大男はすんでのところで上体を捻り、頭部への直撃を回避していた。
俺の盾は相手の肩に当たり、受け流すようにして威力を分散させられる。
……意外と技術もあるんだな。
転ばないよう、植物魔法を使った木盾を支えにしてなんとか地面に着地し、相手を見る。
その男は、受け流したとはいってもノーダメージとはいかなかったようで、俺の盾を食らった方の肩から先をだらんと垂らしていた。
――畳み掛けるぞ!
と思ったのはスライムも同じか、俺の側にいたスライムたちがぐっと体を縮めて、そいつに体当たりをかまそうとする。
ここはスライムに任せて、一旦サポートに回るべきだろう。
訓練の成果か、実践経験を積んだおかげか、こういった判断をスムーズにできるようになってきた。
基本的に、俺はスライムと一緒に攻撃するより、スライム→俺→スライム……と、交互に攻撃していったほうがいい。特にスライムの体当たりは、(最近は魔法の使い方も上手くなって一概にそうとはいえないが)攻撃と後隙が一体になったターン制タイプなので、その隙を埋めるように俺が攻撃するというのが俺たちの鉄板になっていた。
大男も俺が何かをしたということがわかっているのか、長斧を捨てて懐から短剣を取り出す。短剣といっても小太刀ほどの刃渡りはありそうだが、この大男が持つとそれくらい小さく見えた。
バチンと音を立て、スライムが体を弾く。
俺も見ているだけではない。その直前、あいつが捨てた長斧に刺さった木剣を植物魔法で動かし、斧の刃を立ててそいつの背後から振り下ろす。
重みのある長斧を、刃に刺さった木材だけで無音で動かすのは難しい。背後からの気配に気づいた大男は、スライムたちよりそっちを優先したようだ。
大男は俺たちに背を向け、雑に振り下ろされる長斧の側面を叩くようにして軌道を逸らす。
「~~~~!」
肉を打つ、重く鈍い音が同時に3つ。
背中に2発と首に1発。スライムたちの渾身の体当たりが大男に直撃し、そいつは雄叫びのような悲鳴を上げぐらりと体を揺らした。
その瞬間に走り出す。
大男を弾き飛ばし、跳ね返るようにして帰ってくるスライムたちと入れ替わるようにして接近。
地面に崩れ落ちようとするその男の後頭部に、チョッピングレフト――木盾による左の打ち下ろし。
グボッという水気のある打撃音と共に、木盾もろともそいつの顔面を地面に叩きつける。
スライム領に広がる、植物も育たない硬い荒れ果てた大地と、俺の植物魔法による木盾の圧倒的な力に挟まれて、大男の顔面から集中線のように血液が飛び散った。
すぐに離れて、数秒待つ。
「……ふぅ」
手応え通り、そいつはピクピクと体を痙攣させた後……動かなくなった。
「~~~~~~~~~~!」
殺意の籠った叫びに『なんだ?』と顔を向けると、白いローブを纏った人間がひとり、剣を構えてこちらに向かってきているところだった。
そいつが俺の元にたどり着くまでに5秒はかかるだろう。
――せめて、もっと近づいてから声を上げればいいのに。
と思いつつも、どのみちスライムたちの探知からは逃れられないので、不意打ちは成功しなかっただろう。
横からぐぐっと力を込める気配を感じる。
俺のことを睨みつけながら走ってくるそいつの頭部に、あまりの速さでブレて見える赤い物体が、斜め下から突撃。
剣を構えて前のめりになったその顔面に、カウンターのようにしてクリティカルヒット。
打撃音と共に、意外にも甲高い、ボキリという乾いた音が響き、その男は吹っ飛んで地面に転がったまま動かなくなった。
それを確認してから戦場を見渡すと、沢山の死体と、残り僅かとなった人間に群がるスライムたち。
森の方に目をやれば、点々と死体が残されており、その先に逃げていく人間と追いかけるスライムが見えた。
大勢は決したようだ。
「逃げてく人間は追わなくていいぞって伝えてくれ」
全員殺せるならそうしたかったが、初手で逃げた奴らはもうとっくに森の中だろう。一度戦う姿勢を見せた奴らの中でも、逃げ足の早い者はもう森の端にまで到達しているようだし、今回来た奴らの口を完全に封じることはすでに不可能だ。
俺らの居場所も人間にはバレているようだし、無理して追いかける必要はないだろう。むしろ今の状況は、俺らが分断されているとも考えられる。
スライムから念話が届いたのか、遠くで人間を追いかけまわしていたスライムたちが、しぶしぶといった様子でこちらに戻ってくる。
「人間から魔石でもでてくるなら話は別だったんだけどな」
と、考えてからぶるっと体が震える。
その場合俺は人間を解体しなきゃいけないってことだよな? さすがにそんな度胸はないぞ……ほんとに。
俺の中で、”この世界では人間から魔石はでてこない”ということが今決定した。でるわけないじゃん、人間だぞ。
少しすると、人間の残党というか、逃げなかった奴らの始末も終わったようだ。
今この荒野にいるのは、俺とスライムだけ。
「よーし、全員集合!」
と、居残り組と追い打ち組を集める。
「全体ー、並べ!」
そう号令をかけると、スライムたちがぴょこぴょこと動き、赤、黄、緑に別れて横一列に並ぶ。
大丈夫だとは思うが……緊張する。
――スライムを信じろ、俺。
「番号!」
俺のやや上擦ったかけ声の元、スライムたちは左端からぴょん、ぴょん、ぴょん……と、リズムよく飛んでいく。
……1、2、3、4。
俺はそれを順番にカウントしていく。『番号』と号令をかけながらも、数えるのは俺自身だ。
……15、16、17、18。
そう全体をカウントし終えて、ほっと胸をなでおろす。
スライム18名+俺、全員生存。
――よし。
「俺たちの……勝ちだっ!」
そう、片手を天に突き上げ声を張る。
スライムたちもワーワーと、ぴょーんと体を高く弾ませ喜びを分かち合う。
俺たちは確実に強くなってる。
スライムを1匹1匹抱きしめながら、俺はスライムという種族の強さを、スライム領の確かな成長を感じていた。




