41 ねっこ
草むらから出てきたそいつは、うちの子スライムくらいの大きさの木の玉に、小さな脚のようなものがちょんちょんと4つ生えている謎の生物……? だった。
疑問符が付くのは仕方がない。今まで見た魔物とも毛色が違う。こいつがどういうものなのか全くわからなかった。
そいつは自分から出てきたくせに、ピタッと止まって動こうとしない。
――侮るなよ、俺。小さいからといって弱いとは限らない。
その最たる例を、俺はよく知っている。
木盾を構え、様子をさぐる。
「ぐっ」
と、漏れる呻き声。
……こいつ、ちょっとよくないな。
額から汗がぽたりと落ちる。
捉えどころのない少しだけ横長の丸い体に、取って付けたような脚みたいなものが4つ。
――こいつ、俺の嗜好を刺激してやがる!
なんというか、説明の難しい変なモノ。
今理解した。俺ってこういうのがツボなんだ。
見た目は結構違うのだが、雰囲気というか生きにくそうな感じというか、どこかスライムに通ずるものがある。
……くそっ、ここは一時撤退か。
と、よくわからないものからこのまま逃げてしまおうかとも思ったが、ふと疑問がひとつ浮かんだ。
――あれ、こいつ見た目が木の玉っぽいけど、俺の植物魔法って効くのかな。
もし効くのなら植物魔法を使う俺の相手じゃない。10‐0の有利マッチアップだ。
魔法を使うのにリスクはないし、それを思ってしまうと止める理由がない。
俺は何の気なしに、普段の生活で植物魔法を使うのと同じようにその謎の木の玉を魔法で持ち上げようとした。
その瞬間。
今までじっとしていた木の玉が、ピーン! と体をのけ反らせ、ピュンと木陰に飛び込んで逃げていってしまった。
「……なんか、悪いことしたかな」
野良猫に逃げられた時のような侘しさが胸中を駆け巡る。まぁいきなり植物魔法は失礼だったかもしれん。ごめんな。
念のためしばらく盾を構えながら木の玉が逃げて行った方を見ていたが、何分経っても帰ってはこなかった。
――もういいか。
俺もいつまでもこうしてるわけにはいかないので、木剣と木盾を連結し、また背中に戻す。
さて、このまま獣道を作るか、安全を期して帰るかの2択だが……。
俺は後ろを振り返ってスライムを見る。
――あの木の玉に対して、スライムたちが特に警戒しているような様子がなかったんだよな。
スライムなら、あんな距離まで近寄られなくとももっと早い段階で敵を探知できるはず。
「ということは、大丈夫なのか?」
スライムが気にしてないなら俺が気にする必要もないな。
この世界には中立的な魔物もいるのかもしれない。
一応聞いてみる。
「なぁ、さっきの奴、危険か?」
すると、スライム3匹は難しい仕草。
これは……危険とも安全とも言い難いってことか?
スライムの肉体言語も少しはわかってきたが、まだまだ理解してあげられないこともある。
うーん。とりあえず油断はしないよう気を付けよう。
獣道も、どうしても作らなければいけないというわけではないし、このくらいの距離があればいいだろう。
この先にあいつらの群れがあって、待ち伏せされているなんてこともあるかもしれない。今日は帰宅だな。
「スラちゃんたち、今日はもう帰ろう」
そう伝えると、今まで後ろをついてきていたスライムが今度は一転して先頭になり、今まで作ってきた獣道を戻っていく。
スラ時計の成否も気になるが、これは別方角の獣道を作るときでもいい。
安全第一でやっていこう。
なんて、道を辿って拠点に向かっていると、スライムたちが動きを止め3匹ともピクッと体を震わせた。
――なんだ?
と俺は意識を集中させる。
スライムが気にしていることは、俺も十全に気にしなければいけない。
そう身構えていると、3匹のスライムはシュッと呼び動作無しで俺の体に飛び込んでくる。
「おっ!」
お前らそんな動きも出来たのか!
吹き飛ばされないようにしっかりとスライムを体で受け止めると、3匹のスライムは奪い合うようにして首飾りに付けられた木のタグにしがみついた。
こ、これは……!
「きったあああ!」
そう、これは”合図”。
スライム領からの、時間のお知らせの合図である。
その知らせを受けて急いで帰った俺たちは、水が溢れる石の槽でプカプカと浮いているスライムたちを褒め、また次の獣道作りへと向かった。
スライムの助けもあり、しっかり時間を管理できたおかげで、予定していた西、北、東の獣道を、その日のうちに3本とも完成させたのであった。
◆◆◆
「いやー、今日でこんなに進むとはな」
3つの獣道を作り終えた俺は拠点に戻り、”とある”木の下で悠々と食後のフルーツを楽しんでいた。
作業もスムーズに進み、水時計ならぬスラ時計もうまく行き、森では新しい食べ物にできそうなものも見つかり、最高の1日だった。
今食べているのはその森で見つけた物のひとつ。パッションフルーツだ。
今領で育てている赤黒い小さい果実とか、緑の皮をした白い南国っぽい果実とか、名称はわからないのだが、これに関しては食べたことがあるので知っていた。
色は赤黒い小さい果実と似たような小豆色で、大きさは野球ボールほど。ごわっとした皮を割ると、なんというか……中に黒い種がある黄色い小さな粒がびっしりと入っている。正直、見た目は虫とかカエルの卵みたいであまりよくない。
おそらく日本で食べた経験がなければ、これを初見で食べる勇気はなかっただろう。
しかし一口食べてみると、独特な香りと酸味、それになによりポリポリと食べられる種の食感が特徴的で、食品数の少ないこの領ではその新しい食感が嬉しかった。
にしても、これが日本で食べたパッションフルーツとほぼ同じということは、赤黒い小さい果実も緑の果実も、俺が知らないだけで地球で手に入るものなのだろうか。
赤黒い方はともかく、緑色の外皮をした中身が白い果実は匂いが南国系なんだよな。そういったフルーツを食べた経験は少ないが、ああいうのって匂いで南国感が伝わってくる。パッションフルーツもおそらく南国系のフルーツだし、スコールが降ることとかも考えるとやはりこの土地は熱帯地域なのかもしれない。
それにしては、イメージしていた熱帯ほど暑くはないな。いや、汗をかくくらいに暑いは暑いのだが、日本の夏と比べると大したことない。
時期の問題だったり、ここは風が吹くからそこの差かもしれないけどな。
とにかく、このパッションフルーツも植えておこう。たしかこのフルーツは栄養価も高かったはずだし、この領の食卓を彩る新たな戦力となってくれるだろう。
森では他の木にツタが絡まるようにして生っていたので、今植えている木の側に植えるつもりだ。特に赤黒い小さい果実の木は幹が細いし巻き付きやすいだろう。
そしてもうひとつ、新たに森で見つけたものがある。
「じゃじゃーん」
なんと、トマトだ! ……緑の。
しかもなんか枯れ葉みたいな変な皮もついている。
もしかしたらトマトではないのかもしれない……でも、実の形は完全にトマトなんだ!
と、トマトであってほしいという願望溢れる見た目の評価なのだが、一口齧ってみたところ味は酸っぱくて青臭かった。きっとまだ熟れていないのだろう。
これも領で育ててみる。植物魔法で育てた食材たちは、俺の要望が反映されているのかちょうどいい食べ頃まで育ってくれるので、おそらくこの緑トマトも赤々と熟れた状態で実をつけてくれるはず。
今はもう夕方なので、確認するのは明日でいいだろう。明日の朝、緑トマトがどうなっているか見るのが楽しみだ。
と、今日も朝から夕まで植物魔法が大活躍の1日だったのだが、今俺がいる木陰を作っているこの木、これも植物魔法の賜物だ。
これは昨日魔王から受け取った物。あの、葉の付いた枝が育ったものだ。
魔王たちが帰った後、枝についてどうしようかと考えていたのだが、結局俺ができることなんてひとつしかなかった。植物魔法だ。
この小さな枝をそのまま加工して使うなんてことは考えにくい。となればこれを育てて大きな木とするべきだろう。
あっちの世界でも接ぎ木という手法はあったし、接ぎ木でなくても葉を苗のように植えて植物を育てるという方法もあったはず。
だったらこの枝を植えても育ってくれるのではないかと思ったのだ。
ダメだったらその時はその時。まず手を動かすべしの精神で家の裏手、小さいとうもろこし畑より少し離れたところに植えてみたのだが、1日経つと3メートルほどの木に育ってくれていた。
ため池まわりに植えている果樹たちと比べると幹がだいぶ太く、どっしりとした木という印象がある。葉も針葉樹林のようなツンツンとした細い小さな葉が沢山ついているタイプで、少なくともうちの領にある木とは違う。
――たしか針葉樹林って燃えやすいから焚き付けにいいんだよな。
魔王は火起こしの大変さを緩和するためにこの枝をくれたのだろうか。もしそうならなんともリアリストな魔王様だ。渋すぎる。
だがな、残念ながらうちには赤スライムがいるから間に合ってるぞ。
ちなみに万が一、この木が”杉”だったら俺は魔王を討伐する勇者となるだろう。
「この世界では、日本のような悲劇は起こさせない」
俺はまさに物語の主人公のように、キリっとした顔でそう決意するのであった。
――翌日。
「ええっ!?」
起きてから外にでて取水場で顔を洗い、さて緑トマトはどうなったかなと家の裏手に向かうと、トマトよりも先に、10メートルは優に超えるであろう大木が目に飛び込んできた。
経験上、ひと晩たてば種子は大人の木になっているはずなのだが、2日かけて2段階の成長をしたのはこの木が初めてだ。
――魔王様、あなたが渡してくれたこの木は一体なんなのでしょうか。
魔王の意図はわからないが、俺ではこれを持て余すような気がしてならなかった。




