40 スライム時計
「なにしてる!?」
石の槽の上部に橋を渡すようにして取り付けられたガイドとなる板を吹っ飛ばし、3匹のスライムは水しぶきをあげて槽の中に飛び込びこみ、数秒経ってからプカーっと浮いてきた。
うん。3匹でちょうどいい感じのサイズだ。
「って違う!」
水の中で満足げに浮かぶスライムたちに説教をする。
「こら! ここはあなたたちが遊ぶところではありません! いくらそんなゆったりと気持ちよさそうに浮かべるからって――」
……あれ?
俺がやりたかったことってなんだっけ。
自分で作った水時計がうまく機能するか、それに気を取られ過ぎて本当の目的を忘れていた。
俺の構想では、①俺が領外に行く②領内で水時計がタイムリミットを示す③それを領内のスライムが確認する④領外の俺に伝える、という流れを想定していた。
つまるところ、時間がわかって領内のスライムと領外の俺が連絡取れればいいわけだ。
んー……。
今一度、目の前の光景を見る。
……水時計の中で、スライムが浮いている。
「これでよくねぇか」
水位を計る棒が吹っ飛んでいったので、水時計の機能としては果たせないのだが、中にスライムがいればその問題は解消される。
石の槽に水が溜まるにつれて、スライムも浮いていき、水が溢れるくらいのタイミングで俺に念話を飛ばしてもらえればそれでいい。
念話のタイミングがスライムの主観になってしまうので多少のズレはあるだろうが、この領にそんな正確な時間は必要ない。むしろ俺が作った物よりスライムの方が信じられる。
それになにより、
「せっかくスライムが気に入ってる物を奪うのはな……」
スライムさえいいなら、俺もスライムもWin-Winだ。
「とりあえず試してみるか」
やってみなければ始まらない。そもそも念話が森まで届くかもわからないし、スライムが飽きて槽から出て、タイマーが成立しない可能性だってある。
俺は改めて、スライムたちに今俺が考えていることを説明する。
話を一通り聞き終わると、さっきとは違い、スライムたちはふるふると体を震わせて答えてくれたのだった。
◆◆◆
「スラちゃんたち、ゆくぞ!」
と、声だけは勇ましい号令をかけ、3匹のスライムと共に森に向かったのもしばらく前の話。
今では赤、黄、緑のスライム1匹ずつを連れて、領から西の方の森をせっせと切り開いている。
南はすでに水路のために広い通り道ができているので、追加で西、北、東と各方位に1本ずつ獣道を作ろうと思う。果たして人工的に作られたものも獣道と呼んでいいのかはわからないが、まぁいいだろう。
魔物を呼び込むために獣道を増やすのだが、あまり目立ちたくないという気持ちもある。なので南にあるものに比べたらだいぶ細い、人がひとり通れるくらいの獣道にしている。魔物の強さとサイズに関係があるとは言い切れないが、あまり大きい魔物に来られても困るしな。
それにこれで効果が薄ければ、後々獣道を増やしたり伸ばしたりすることはできる。最初から欲張るのはやめといた方がいいだろう。
南の森を切り開いた時は大量の木材が取れて、領に保存してる分も少しはあるがほとんどを砕いて森に撒いて還した。その時はそれ以外やりようがなかったが、なんだか申し訳ない気持ちがあったのもたしかだ。
しかし今回は狭い道でいいので、どうしても邪魔な木と下草だけ抜いて、残りは植物魔法でズラすようにして道を作るという方法で十分。この世界に来た日にやっていたやり方と同じような手法だ。
うちの領もこれから木材の需要が増えるだろうし、これくらいの木材の入手量はちょうどいい塩梅かもしれない。自己満足ではあるが、人間が大いなる自然に対して手を加えるという精神的な抵抗はある程度軽減される。
「あー、結構進んだなー」
なんて、後ろをぴょこぴょこ跳ねるスライムたちに聞こえるように白々しく独り言を漏らす。
俺が領を発ってからどれくらいだろうか。1時間は経ったと思う。
……そろそろ念話が来てもいい時間だよな? いや、さすがにまだ早いか。
なんて、獣道を作ることよりもそっちが気になって仕方がない。
領にある水時計ならぬスラ時計は、あの後簡単に石の槽の容量を計ってから、流しそうめんの時に使うレールのような形の木材を使って、最初に開けた取水場の穴と繋いだ。使用済みの魔石で蓋をしていたあの穴だ。
スラ時計でどれくらいの時間を計れるかだが、俺はまず200ミリリットルのカップを用意した。日本にいた時に家で使っていた計量カップが200㏄だったので、できるだけそれに近づけるようイメージしながら植物魔法で作ったものだ。
それを5杯分で1リットルの升、さらにそれを5杯で5リットルの升、さらにさらにそれを5杯で25リットルの升と、元になった容量の升を使ってさらに大きな升を作った。
さすがにあのでかい石の槽を200㏄のカップで計るのは無謀だからな。
その大きな升に水を汲んで空の槽に入れたところ、25リットルの升11杯と5リットルの升2杯、1リットルの升3杯で一杯になった。
つまりあの石の槽には、約288リットルの水が入るということだ。
スライムが浸かって水位があがる分も考慮して、わかりやすいようにおおよそ280リットルで計算する。
次に取水場の穴から流れてくる水量を調べた。
まず、今取水場から流れてくる水が1リットルの升を一杯にするまで何秒かかるかを数えると、約17秒だった。……もちろんカウントしたのは俺の体内時計だ。
これを280倍すればいいので……えーっと。
どうせ後で秒を分に直すので、先に280÷60を約分して14÷3にする。17×14÷3で約79分が槽が一杯になるまでの時間だ。
みたいなことを暗算でやった結果、
「……ちゃんと書いてやるか」
と、結局地面に棒で式を書いて計算をすることにした。ここで間違ってたら最悪だからな。
幸いにも検算の結果も79.333...と、ほぼ同じ。つまりこの水時計で約80分の時間を計れるということが分かった。
80分はちょっと短いかなとも思ったが、まだ実験の段階だしちょうどいいかと考え直し、取水場の穴のサイズは調整することなくそのまま利用。
タイマー係をしてくれるスライムを募集して(定員各色1名までのところ、好評につき抽選で選出)槽にスライムも水もセットし、俺は意気揚々と森に出かけたのである。
なので、体感1時間ということは念話が来るのはまだ20分も先の話ということだ。
……とはいえ俺の体感なんて当てにならないし、1回帰るか? 今なら道に放置してる丸太を一度拠点に運ぶという大義名分もあるぞ。
なんて弱気な考えも頭に浮かぶ。
いやいや、それじゃあなんのためのタイマーなんだ。
一応、各方角に作る獣道の長さをできる限り揃えるという名目もある。キロ単位の距離を測る技術はまだうちにはないので、ここで戻ってしまったら後から長さを揃えるのは難しい。
「なんていうか……なんかきてない?」
と、歯切れの悪い質問でスライムを困らせたりもしてしまう。
「はぁ……なにしてんだ」
このままでは作業にも支障が出てしまう。
よし、決めた。
あと体感で1時間経っても何もなかったらスラ時計システム失敗ということで引き返そう。
それまでは作業に集中!
頬をパンパンと叩いて気合を入れ直す。
「やるぞ!」
と、また目の前の木々を横にズラそうとした時、俺が植物魔法を使うよりも先に、地面近くの草が動いたような気がした。
サッと距離を取り、背中の木剣と小盾を取る。首飾りが揺れてカランと音を鳴らした。
小盾は木剣と留め具で繋がっており、俺が木剣を引き抜いて視界に入れさえすれば植物魔法ですぐに左手に渡せるようになっている。
盾を体の前にして構える。
魔物を呼び込むための獣道。当然、ここで魔物と出会う可能性も考えてはいた。
ここは鬱蒼とした森の中。身動きは取りにくいことこの上ないが、植物魔法を使う俺にとっては最高の環境。もし魔物がでたら草木で雁字搦めにして一時撤退。いのちだいじに作戦でいくことは最初から決めていた。
集中して、動いた下草のところをじっと睨みつける。
武器を構えたままそうしていると、しばらくしてから1匹? の小さな根っこみたいなものがひょこっと草むらから現れてきた。




