39 工作
上が空いている縦長の直方体の槽の辺を、木のフレームで囲む。こうすることで、石の槽の強度を上げつつ植物魔法で運べるようにもなるので格段に扱いやすくなる。
かなりの圧がかかるであろう地面と接する部分は、力が分散するように多めに木材を追加する。
この大きな槽に水がなみなみ入れば、重さにして300キロくらいにはなりそうだからな。
今俺が作ろうとしているのは水時計。
容器に水を一定量ずつ入れ、そのかさの増え方で時間を計るという昔からある装置だ。
といっても特別難しいことはしない。水時計というと日本でも飛鳥時代から使われていた漏刻が有名だが、俺がやるのはその漏刻の一部を真似た物。
この四角い槽に木の棒を入れ、それがまっすぐ上がっていくようにガイドを取り付ける。やることはそれだけ。
そうすればこの槽に水が入っていくにつれて木の棒が浮上し、その木の棒に付けたメモリを読み取れば経過した時間がわかるというものだ。
この手の水時計の欠点として、水源となる上部の槽の水が下の槽に流れて減っていくにつれて水圧が低くなり、流れる水量が変化してしまうというものがある。
漏刻ではその水量の違いをサイフォンの原理を利用して解消しているのだが、幸い俺の領では常に湧き続ける地下水があるので水量差が出にくく、このような簡単な装置でもある程度の精度は期待できるはずだ。
それにスライム領には人間の世界のような”時刻”は必要ない。太陽の位置である程度の時間帯がわかればそれで十分だ。
なので長く稼働し続けるような装置である必要はなく、一定の時間が計れるタイマーのようなシンプルなものでいい。
まだメモリのない木の棒を槽に入れ、木でできたガイドも取り付ける。
さて、ここからが最後にして最も大切な工程だ。
この槽にどれくらい水が入り、水が一杯になるまでにどれくらいの時間をかけるのか。それを設定する。
まずは水が一杯になった時に、どれくらい木の棒が浮くのかを調べる。
水で満たすだけなら槽を植物魔法で操作して直接ため池の水を汲めばいいので簡単だ。
……じーっ。
と、木の棒の揺れが収まるのを待つ。
「意外と浮いてこないんだな」
水面から出ている木の棒の重さの方が、想定より浮力を上回っている状態だ。
一度木の棒を引き抜き、ひと回り大きい別の木の棒を用意して、さらにその棒の中身を慎重に繰り抜いていく。
この処理で、水中部分の体積に対する棒の重量が少なくなり、その分浮力は強くなるはず。
そうやって加工した棒を、そっと槽に取り付けられたガイドの穴に落とす。
……うん。
思ったより劇的な変化はないが、さっきよりは棒の動きがわかりやすくなった。
あとは木の棒に対して、ガイドの穴の位置と同じ高さにメモリとなる傷をつける。ちょっとわかりにくかったので、木炭でその部分を掻いて見えやすくしておいた。
と、ここでまた問題点。
……これだと地面にいるスライムからじゃ見えないな。
この装置は俺が使うのではなく、スライムに使ってもらうつもりなのでこれじゃあだめだ。
槽の上部に取り付けてあるガイドとなる穴が開いている板に、身長計のような別の板を取り付ける。外付けだ。
その外付けの板に、木の棒が一番高くまで上がったところよりも少し下に木炭で線を引く。ついでに木の棒の先端も黒く塗っておこう。
これで、槽の中の水位が上がるにつれてガイドに沿って木の棒がまっすぐ上に浮上していき、槽が一杯になる頃には外付けの板に引かれたラインを木の棒の先端が超えるという機構が完成した。
水に浸かっている棒に水分が浸透して結果に差異が生まれてしまうかもしれないが、これはまた後々改善しよう。何かに使えるかと取っておいた獣脂を塗るとか、棒自体を交換するとか、いくらでもやりようはある。
……ふぅ。思ったより時間がかかってしまったな。
頭の中で知識としてはあっても、それを実際に形にしようとすると思いもよらない問題に直面するというのはよくある話だ。
ただ木材を使う部分に関しては、まず作ってみて壊してまた作ってと、植物魔法のおかげで簡単に調整ができるから助かる。これがなかったら余裕で倍以上は時間がかかっただろう。
石の槽を作ってくれた黄スライムにも感謝だ。
あのパーツは木の棒以上に浸水が気になるし、大きい物を作ろうとするとどうしても木組みになる。木組みで水漏れが起きないようにあの大きさの槽を作るのは植物魔法といえど時間はかかるからな。さっと作れて水に対する耐性も高い石の槽はまさに打って付けのものだった。
「スラちゃんおいでー」
さて、このタイマーの機構をスライムに説明する時がきた。
これがうまくできるかがずっと不安だった。
なぜ俺がスライムにこの水時計を見れるようになってほしいのかというと、今後スライム領を再構築していく上で領地を無人……無スライム状態にはあまりしたくなかったからだ。
スライムの数が増えればそもそも全員連れて行くこともなくなるだろうし、領の改革を進めればよそ者には触れてほしくない機構や設備も増えていくだろう。
それに白ローブから頂戴した戦利品など、物質的な領の資産も今後増えていくかもしれない。
つまりこの領自体の価値が上がっていくので、その分防犯もちゃんとしなきゃねということだ。俺らが全員どっかに出払っている間に魔族や人間が領にやってきて好き放題されるなんてことは、スライム領の領主としてあまりにも許しがたい。
今回の獣道作りで俺がやりたいことは、道をつくるだけでなく、スライムの念話を利用した領と俺との遠距離通信がどこまで有用かの実験でもある。これが可能なら、領の外に出ることに対する不安はかなり解消される。
それに加え、タイマーがあれば獣道を深くまで通し過ぎないというセーフティにもなる。作業に没頭しすぎて時間を忘れるなんてことはよくあることだし、獣道を通すには植物魔法をフルに使うので、意識は完全にそっちに集中している。
木を引っこ抜きながらの作業なので、どれくらい進んだかなんて距離感もわからない。
作業時間をコントロールすることで、気づかないうちに長時間領外にいるという不安要素がなくなり、獣道を過剰に長くしてしまうという危険も未然に防止できる。
さっき言った念話の実験も合わせて、まさに一石三鳥の作戦だ。それだけの期待がこの水時計にはかかっている。
俺の掛け声に集まってきてくれたのは、さっきから俺のやっていることを興味深そうに見ていた赤、黄、緑の3匹のスライム。まぁ俺もこいつらを見ながら声を掛けたしな。各色1匹ずついてくれればスライム領にいる全スライムに伝えたも同然なので十分だ。
「よし、今からこの装置の説明をするぞ」
俺はできるだけわかりやすく、懇切丁寧に、この装置の仕様やなぜこの装置が必要なのかを身振り手振りを交えて伝える。
俺の熱弁とは裏腹に、スライムたちは銅像のように微動だにしないが、おそらくちゃんと聞いてくれているはずだ。……たぶん。
「全員腕に乗ってくれ」
あらかた説明した後、一度上から木の棒のメモリのところを見せようと思い、そうお願する。
スライムが乗れるよう腕を腹の前で台のようにすると、固まったかのように動かなかったスライムたちがぴょんと跳ねて乗り込んできた。
「おも……」
さすがに3匹同時となると、重さもなかなかのもの。しかしこれもスライム達が成長した証かと思うと悪くはない。
「ほら、この水に浸かってる棒の先が黒くなってるのわかるだろ? これが横にある木の板の――」
なんて俺が一生懸命説明し始めると。
「って、おいィ!?」
腕に乗っていたスライムたちが、嬉しそうにぴょんと石の槽の中に飛び込んでいった。




