38 スライム・リビルド
「どうも。私がこのスライム領の領主です」
ため池の水面が朝日を反射してキラキラと煌めき、北から吹く清々しい風が心地よい気持ちのいい朝。
過剰なほどに胸をパンパンに張って、俺に無理矢理集められたスライムたちにそう宣言する。
反応はイマイチで、興味なさそうにぽけっとしている者から、俺の真似なのか対抗心からなのかぷっくりと胸を膨らませている者まで様々だ。
「これからの領政として、我が領は富国強兵を推し進める!」
と、そんな若干のアウェーの中、手をぐっと握り唾を飛ばす勢いで言い放つ。
「欲しがりません、勝つまでは!」
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!」
「今日も決戦、明日も決戦!」
しかもそのどれもがどこかで聞いたことのあるような軍国主義的な言葉であり、もし領民が日本人であったら間違いなく『ハズレ領主だ……』と頭を抱えてしまう内容である。
これは最も俺がなりたくなかった領主像に近いものだが、残念ながら……
「俺は……そうだったみたいだ」
と、悲しい表情を浮かべてスライムたちに伝える。
魔王たちの急襲から一夜明け、あいつらの言っていたことや自分やスライムの置かれた状況などを色々考え直した結果、我がスライム領は『かなり危険』な状態であるという結論に至った。
もともとそういった危機感はあったが、俺の中ではまだふらりふらりとそこらを漂う根無し草のような気持ちでいた。
だがどうやら魔王たちの話を聞く限り、思っていたよりも俺たちはがっつりとこの世界の文化に組み込まれていたらしい。
特に俺らに魔族というステータスが付いてしまい、それが人間に付け狙われる原因となりかねないのはかなりのマイナスポイントだ。
人間たちがいつまたこの地に現れるかわからない状況で、この”ある種のデバフ”が付いているのは頂けない。
それに人間だけが敵とは限らない。
あの黒髪の不死女は言っていた。
『魔族を潰そうとするのは何も人間だけではありませんので、ご注意を』
これはおそらく、魔族同士の潰し合いが起こることもあると、俺に教えてくれたんだと思う。
魔族は横の繋がりが薄いみたいなことも言っていたし、別に同じ魔物だからといって仲間意識はそんなにないんだろう。理由はわからないが、お互い生きていくためには争いになることがあってもおかしくはない。
そもそも俺らはすでに魔物に襲われているし、スライムも手加減なしでそいつらをボコボコにしている。
これも一つの争いだよな。生き残るための。
女の言葉を深読みするなら、あいつからの宣戦布告とも考えられないことはないが、もしそうだとしても俺らのやることは結局同じだ。
強くなるしかない。
人も魔物も魔族も、この世は敵だらけだ。
と、そんなことを考えていた結果、俺はこのようなミリタリズムに染まった独裁者のような姿になってしまったのだ。
「はい、かいさーん」
手をパンパンと鳴らして、演説を終える。
今言ったことは決して嘘ではないが、俺ができることには限りがある。
富国強兵とはいったが、悲しいかな、うちの領に経済という概念はない。札束がいくらあってもただの紙屑だ。
しかしお金ではない、領を富ませる重要な要素がある。
――魔力だ。
うちの領の強さとは即ちスライムの強さのこと。つまりスライムのための領を作ることがこの領を強くする一番手っ取り早く効率的な方法になるだろう。
かの有名実業家もこういっていた、『人をつくることは国をつくること』。
領がスライムをつくるのではなく、スライムが領をつくるのだ。
そのためにまずは、魔力を確保しやすいよう領地改革を行う。
前から拠点の手直しはしないといけないとは思っていたので丁度いい。拠点から領へと、この土地を再構築しよう。
「フンフーン」
と、俺は誰から見てもわかるくらいに機嫌がよかった。
なぜなら、領地改革は内政モノの必須課題。人が暮らす領とはまた勝手が違うだろうが、これも立派な内政だろう。
ならばあとは俺次第。
このスライム領を世界一の領にするべく、このスライムたちを世界一の魔族にするべく、胸の奥で闘志をめらめらと燃やすのだった。
◆◆◆
本日からしばらく朝の訓練は中止だ。
領地改革が終わったとしても、実際に効果がでるまでは時間がかかるだろう。
俺たちにどれくらい時間の猶予があるかはわからない。最悪の場合、明日にだって何者かに襲われる可能性はあるのだ。
なのでまずは領地改革に全力を注ぎ、すこしでも魔力を溜められる時間を早くする。ここからは安全策だけではやってはいけない。生き残るという長期的目標達成のために、ある程度のリスクも飲み込まなければならないだろう。
ということでまず取り掛かるのは”獣道作り”。
これだ。
水路作りの時に切り開いた森から魔物が来るという事象を逆手に取った、意図的に魔物を領地に呼び込もうという作戦である。
やはり魔石はスライムの魔力供給源として一番即効性があるものだ。できるだけ多く確保したい。
魔物を呼ぶということ自体もそうだし、人間に見つかる可能性も増すという意味ではリスクのある行為だが、さっき言った通りそれは織り込み済み。ずっと引きこもって隠れているわけにもいかないのだから、リスクとうまく付き合っていくしかない。
ということで魔物が通る獣道を増やそうと思うのだが、その前にひとつ用意しておきたいものがある。
「うし」
俺はTシャツの袖を捲り上げて、作業に取り掛かった。
まずはため池に飛び込み、取水場となっている一時的に水が溜まっている槽に小さな穴を開ける。穴を開ける場所は側面の板の下の方だ。
当然そこからは少しずつ水が漏れ出てくるわけだが、今はここに蓋をしておく。倉庫にしまっていた小さい魔石を栓代わりにしよう。ビー玉よりひと回りくらい小さく、水に沈むので丁度いい。
「黄スラちゃ~ん」
次はスライムの出番だ。
植物魔法で簡単に作った縦長の四角い升のような模型を見せ、これを大きくしたものを土魔法で作ってくれと、手を広げて完成時のサイズ感を伝えながらお願いする。
黄スライムはその模型をしげしげと眺め、時には乗っかったり持ち上げたりしてじっくりと確かめる。
その様子は真剣そのもの。
――こいつ、結構職人気質なのかもしれないな。
しばらくして、黄スライムなりのスキャンが終わったのか、ぽいと模型を放り出してから少し離れ、その小さな体にぐぐっと力を入れた。
すると大地がズズズと鳴り、まず大きな石の塊が出てくる。その1立方メートルはあろうかという巨石は、あっという間に余分な部分が削ぎ落されていき、10秒足らずで俺がイメージしていた通りの石の槽となった。
「おおー」
なんだか、スライムの魔法の使い方が以前と変わったように見える。
食器や燻製に使うドラム缶なんかを頼んだ時は、地面からそのものを頑張って引っ張り出すような感じだったのが、今の魔法は大きなものを削って形にしていくというやり方だった。
どっちがいいかはわからないが、より洗練して見えたのは後者の方。完成までの早さも圧倒的に今のやり方が上だった。
勘違いかもしれないが、大きなものから小さなものへと成形していく方法が、どこか俺の植物魔法の使い方と似ているような気がした。
……もしかしたら、こいつらも俺の魔法を参考にしてくれてたりするのかな。
黄スライムの土魔法に関しては、俺が使っていた硬化の魔法を伝えるために試行錯誤し合った過去もあるため、どこか他人事には思えないところもあった。
まぁ、植物魔法を黄スライムが参考にしているかはわからないが、少なくとも人間でいうところの”上達”みたいな概念はあるようだ。ゲームみたいに決まった魔法を選んで使う、いわゆる据え置きタイプの魔法とは違うらしい。
ということはスライムの魔法も拡張性があるということだよな。これは将来が楽しみだ。
「完璧だ。ありがとな」
と礼を言ってスライムとまた別れる。別れるといっても、その頃には何匹かのスライムたちが俺のやることが気になったのか見学に来ていたので、その一員に帰っていっただけだけどな。




