37 スライム領
「ほっほ、すまんの」
老人はそう楽しそうに言うと、枝を持っていた手を下ろして黒髪の女の方に目配せをした。
「ふふ、今回の魔族は少しは長持ちしそうで嬉しいです」
なんか物騒な事言ってるな……。
「あら、気を悪くしないでくださいね。魔族になったといってもほとんどが元は魔物。大抵すぐに滅ぼされてしまうのですよ」
なるほど。
どうやら魔族判定というのは特別意味のある儀式というより、適当にばら撒いていくつか当たりが出ればラッキーみたいなものらしいな。たしかにその魔族となる条件もだいぶ緩そうだったし、偶発的に魔族になる条件を満たす魔物もかなりいそうだ。
「さっき魔王様も言っていたように、複数の魔物の集まりの中に1匹のリーダーがいて、そのリーダーを中心として生活する配下がいる状態のことを群れと呼びます。その群れが特定の土地に住み着くと、その土地をその魔族の領とします」
でた。
群れの方はいい、だいたい俺の思ってるものと同じだ。しかし領に関してはこの女の言っているものと俺の考えているもので齟齬がある。
「あの、俺らからしたら勝手にここに住んでるだけなんだけど、それを領と言ってもいいんですか?」
俺の言葉に、目を細めた魔王がにやりと笑う。
「お主の考えていることはわかるぞ。いかにも人間らしい考えだの。しかし元々”領”とは”統べる”という意味の言葉。それをお主ら人間が、誰のものでもない土地を勝手に所有した気になって、自己本位で線引きして譲るだの賜るだのやっておるだけのこと」
……まぁ、そういわれると否定はできないな。
特に俺なんて元々この土地の生まれじゃないわけだし。土地に対する思い入れは薄いから余計にそう思える。
ん? ちょっと待てよ……。
「えっと、ということは、少なくとも魔物側からすれば、ここは俺たちの領ってことでいいんだよな?」
「スライム族の長であるお前が支配する土地だからの。スライム領、わしらからすればそういう認識だの」
スライム領。
そうか。なにも人間側でなくても、国に属していなくても、領を持つことはできるのか。
領の扱いに納得感がなかったからいまいちピンと来ていなかったが、魔王の言葉がスッと耳に入ってきた今、”領”というものに現実味を覚える。
じわじわと、体の芯が熱を帯びてくるのを感じた。
「えっと、じゃあさっき俺の方を見て魔族の長っていってたけど、なんで俺なんだ?」
「ほっほ。自覚せい。そんなものどこからどうみてもそうだの」
どこからどうみても……? まぁ、見た目的にそうか。スライムの群れの中、俺一人だけ人間だもんな。
「ううむ。お主よ、この土地がたった数十日でどう変わったか、考えてみよ。このスライムたちがどのような状態だったか、考えてみよ」
どう変わったか、どのような状態だったか。確かに俺がこの世界に来た時は、この土地には何もなかったし、スライムたちも死にかけの状態だったな。その頃から見れば、だいぶ状況は良くなったと考えてもいい。
「スライムという種を取り巻く環境はどうなった。そしてその中心にいたのは誰だった」
うーん。拠点周りを整備したのは、俺としては自分の生活のためというのが大きかったからなぁ。しかし、少しだけ調子に乗っていいのなら、ため池だったり苔エリアだったりと、この拠点のおかげでスライムの生活も少しは良くなったと思う。そうだったら嬉しい。
「コホン。……続きを言ってもいいですか?」
「あ、はい。どぞ」
そういえばこの女の説明の途中に割って入ったんだったな。領のことが気になり過ぎて忘れていた。
「とにかく、現在スライム族にはあなたという長がいて、この地に領を持っています。そのうえで人間を殺すと……できれば複数が良いですね、そうすると魔物の種ではなく魔族として呼ばれることになります。スライムという種からスライム族になったわけですね」
「なる……ほど?」
なんだかわかるようでわからん話だ。
「魔族になるとこうして魔王様が直接長に挨拶に行きます。今代の魔王様はその時に一つ気の利いた贈り物をするのが趣味でして、さっき渡そうとしていた木の枝も別に”ボケ”たわけじゃなく、ちゃんとそういった趣向からなるものです」
あぁ、別にあれを老人の”そういうヤツ”とは思ってはいなかったが、理由あってのことだったんだな。
「そういうこと。ほれ、はよ受けとれい」
老人は手に持っていた枝をまた、ずいと押し出してくる。俺がおずおずと受け取ろうとすると、無理矢理俺の手を取ってその枝をぐっと握らせてきた。
……なんだかお小遣いをくれるおじいちゃんみたいだ。
なんてことを思いつつ、魔王からもらったその枝を見る。
長さ30センチくらいの細い棒。先に1枚だけ、小さい葉を左右に沢山並べたような細長い葉っぱがある。なんだろう、鳥の羽みたいな葉っぱだな。
なんてことはない普通の枝に見えるのだが、これになにか意味があるのだろうか。
「あらあら、よかったですね受け取ってもらえて」
と、女はまるで子供でも相手するかのようにほほ笑んだ。
そっか。この女の方が魔王の倍以上生きてるんだっけ。たしかにさっきから魔王”様”と一応様を付けて呼んではいるが、仮にも王に対するような言葉の使い方ではないな。
まぁ俺も数回のやり取りですでに敬語が消えているし、人に言えたことじゃないけど。
「フン。ほれもう用は終わった。帰るぞ」
魔王はそうぶっきらぼうに言い放つ。が、少し待ってほしい。
「いや、あの! 結局魔族になったからなんなんだ? あなたたちは俺らに何を期待してる?」
そう、さっきからシステム的なことばかり解説されて、肝心の中身が全く明かされない。そのせいでこいつらの言ってることが今ひとつ頭に入ってこなかった。
女と老人は顔を見合わせる。
それにどこか、ポカンとしているときのスライムの姿を重ねてしまう。
「別になんもないよ」
老人は、当たり前のことを聞くなとでも言わんばかりに素っ気なくそういった。
……なんもない? そんなわけがないだろう。
「そもそも魔族という呼び方をしているのは我々だけではありません。遠い昔から、人間の社会でも認知されている言葉です。いうなればこの世界に古くからある文化と言っても差し支えありません」
……なるほど?
「人間界の認識で言えば、魔族は魔物に比べて危険だというくらいでしょうか。そのせいで人間から狙われることは多くなるかもしれません。これは私たちがここに来て『あなたは魔族になりましたよ』と伝えようが伝えまいが同じです」
……勘違いしていた。こいつらが率先して魔族認定してるわけではなく、そもそも条件に合う奴らをこの世界では魔族と呼ぶのか。人間側に詳細な魔族となる条件まで伝わっているのかはわからないが、少なくとも『群れて人間を害する魔物は魔族だ!』となって討伐対象となる可能性はあると。
「ただ、魔族の横の繋がりは薄いとはいえ、私個人としては簡単に人間に負けてもらっては困るという思いはあります。魔族の沽券にもかかわりますし、あまり人間を調子づかせるのは不愉快ですので」
柔和な笑みとは裏腹に、背筋が凍るような冷淡さを言葉の端から感じた。
その圧にやられて何も言えないでいると、老人が「これこれ」と女を宥めて空気を変える。
「さっきエルナが言っていた通り、大抵の魔族はすぐに滅ぼされてしまうの。そんな魔族今までいくらでも見てきたわ。だから少しだけ、手を貸すんだの」
俺の手に握られた枝を見る。
「ま、後は生き残るも滅びるも、自然の摂理のままに。がんばれよ小僧」
「ではまた。どこかで会えたらいいですね」
そう言うと、女は魔王をお姫様だっこのようにして抱えた。
――そうやって飛んでたのかよ。だったらここに降りてきたときのあの惨状はどうやってなったんだ。
なんて困惑しつつも、二人は今にも帰っていくような様子だったのだが……。
「あ、そうそう」
思い出したかのように女がこちらを振り返った。
「魔族を潰そうとするのは何も人間だけではありませんので、ご注意を」
……はい?
「ちょっと、どういう――」
と、声を掛ける間もなく、女は魔王を抱えたままぴょんとジャンプするようにして、高速で空の彼方に消えていった。
「なんだったんだ……」
急にきて、急にいなくなる。
なんとも忙しない奴らだった。




