35 スライムテレパシー
「ふう」
と息を一つ吐き、視線を子スライムから、10メートル先で待機しているスライムの方へと戻す。
すると、
「……え」
そこにはぴょんと跳ねる緑スライム……いや、違う。
それ”だけ”じゃない。
その向こうにあるため池で、小さくだが、ぴょーんぴょーんと一生懸命に跳ねるもう1匹の緑の子スライムの姿が目に入ってきた。
「お、おおーー!」
今この拠点にいるスライムは9匹。もちろん赤3匹、黄3匹、緑3匹だ。
その緑スライムのうち、1匹が10メートル先にいて、今朝分裂した子スライムのうち1匹が俺の手元、そしてもう1匹がため池の側にいる。
それが今、俺の手元にいる子スライム以外の2匹とも跳ねていた。
「これはすごいぞ……」
この実験をするために、俺は拠点から少し離れたところまで来ていた。その距離は50メートルくらいはあるだろう。
手元の子スラからため池にいる子スラまで念話が通じるとしたら60メートルほど、間の緑スラを経由したとしても50メートルほどは念話が届いたことになる。
俺は急いで赤、黄、緑が待つ地点まで戻り、今度は赤スライムに伝える。
「ため池にいる赤スラに、俺のとこまで来てって伝えてくれ」
すると、たいしたラグもなくため池にいた赤スライム2匹がこちらに向かってくるのが見えた。
赤スライムも昨日分裂をしたので、ため池からこちらに向かってきているのはどちらも”子”だ。
……やっぱり通じてるな。
と思ったのも束の間、その赤スライムの動きに釣られたのか、黄と緑のスライムもこちらにやってこようとしていた。
俺は慌てて黄スライムに「黄スラは一旦その場で待機!」と伝えると、指示の通りこちらへ向かってきていた黄スライムがピタッと止まる。緑スライムもこっちに来ているが、緑はこの距離で念話が通じることを実証済みだからいいだろう。
赤スライム2匹と緑スライム1匹が俺たちと合流した後、改めて黄スライムに「あいつらもこっちに呼んでくれ」とお願いする。
それが伝わったのだろう。2匹だけ残されてソワソワしてた黄スライムたちもすぐにこちらへやってきた。
今までの指示に比べるとかなり簡単で、会話の前後関係や指示語の理解などが必要なお願いだったが、きちんと伝わったみたいだ。
念話もさることながら、このような文脈の理解力もこのスライムたちのすごいところだ。
9匹集まったスライムたちを「偉いぞ〜」とプニプニ撫でて褒める。
ヘイッ、と手のひらを向けると、当然のように9匹とも俺の手に体当たりをしてきて、ベチン! と激しい音が続けて鳴った。うん、やっぱり普通に痛い。
さて、今回の実験で、別色のスライム同士の念話は数メートルまで近づかないといけないが、同色のスライム同士の念話であれば遠くにいても通じるということがわかった。
であれば、やはりどれくらいの距離まで念話が通じるのか試してみるべきだろう。
新しく発覚したスライムの能力に、探求心が刺激される。
俺はまたそれぞれ色の違うスライムを1匹ずつ連れて、今までよりも遠くへ向かって走っていくのだった。
◆◆◆
「ふぅ……お疲れさま」
昼過ぎ頃に始めた念話可能距離の検証だったが、今ではもうだいぶ太陽が傾いていた。
最初は今まで通り念話が伝わったら待機しているスライムにジャンプしてもらっていたのだが、ある程度距離が離れると小さすぎてジャンプではわかりにくくなってしまった。
しかたがないので、念話が伝わったらジャンプではなく、俺がいるところまで来てもらう方法に変更。これがまた時間がかかった。
そんなことを繰り返していたのだが、今俺は”森のすぐ側”まできていた。
そう、拠点から森まで、これだけの距離でも同色スライム同士の念話は通じたのだ。
結論、測定不能。少なくとも2キロ弱くらいの距離なら念話が可能だということだ。
「お前ら、長い時間付き合ってくれてありがとな」
これ以上やるとなると、森の側から拠点を越えて反対の森までいかないといけなくなる。さすがにそこまでやる時間は今日は取れそうにない。
それに反対側、水路がある南側ではなく北側の森はまだ探索が進んでないからなんか怖いんだよな。やるとしたら北側の探索をある程度終えてからだ。
現状この距離でも念話が通じるということは、俺らの生活を考えれば範囲制限なしと同義なので、今日の結果でも十分満足だ。
いや、こんなすごい能力があることがわかっただけで十分以上……大満足。
スライム、すごいぞ。
半日もの長い間俺のお願いを聞いてくれていたスライムたち9匹と、荒野を歩いて拠点に帰る。
ちなみに今は乾いた服を着ている。たとえスライムと俺しかいなくても、上裸で拠点の外を走り回るのは恥ずかしいし、なんか防御力が下がった感じがしてそわそわするからな。
それにしても今日の発見はまたすごかった。
この念話能力を使えば、たとえば敵と戦う時にスライム別動隊なんかも運用できるかもしれない。相手の連携を崩したり、それこそ俺がやられたみたいな挟撃を組んだりと、夢は広がっていく。
道具の持ち運びも必要なく、ほとんどラグなしで使える無線連絡なんて俺の今の生活レベルから考えるとオーパーツにもほどがある。使い方次第では他の敵対生物を出し抜く要因になるだろうし、どうにかして上手く使っていきたい。
というか、この世界では普通にある能力なのだろうか。念話は。
少なくとも前の白ローブの人間たちは普通に口頭で話していたな。
もし念話なんて魔法や魔道具があるなら、敵の前でペラペラ喋るようなことはしないよな。たったのひとつでも、敵に情報は与えない方が絶対に有利だ。
まぁ、俺が知らない言語を話していたから念話を使うまでもないと考えたとか、そもそも俺相手にそれほど注意を払う必要もないと侮られたとか、理由は色々考えられるか。結局は、人間社会のことなんてわからんということだな。
そんなことを考えながら歩いていると、スライムがぴょんと跳ねて俺の足にしがみついてきた。
「……どうした?」
そう尋ねながら俺は意識を現実に戻し、辺りを見渡す。
……敵の姿は見えないな。
しかし森に隠れているという可能性もある。
このようなスライムの行動は、魔物が来た時の反応とも、人間が来た時の反応とも違うが、なんにせよ戦いの準備はしておいたほうがいいだろう。
俺は武器を取りに急いで拠点に戻ろうとする。が、スライムたちがそれを通せんぼした。
……どういうことだ?
スライムの行動に絶対的な信頼を置いている俺は、まずスライムが何をしようとしているかを考えることにした。
「んー……」
じっと、スライムたちの動きを探る。
俺の足を止めて、こっちにいくなという意思表示。
……いや、違うな。
もっと向こうに寄れとぐいぐい体を押し込んでくる。
理由はまだわからないが、ここはスライムのいう通りに動こう。
俺はスライムに押されるがままに二歩三歩と後退していく。
そうやって数歩退くと、足にひっついていたスライムも俺の体を押していたスライムも、俺の前に集まるようにして並んだ。
「敵か?」
そう尋ねると、スライムたちはみなぺこっと体をへこませる。
……違うか。じゃあなんなんだ。
と頭を悩ませていると、スライムたちが一斉に顔を見上げた。
「ん?」
釣られて俺も顔をあげると、空の遠くに……いや、速い!
同時に――大地を揺らす衝撃音。
反応する暇もない。
遠くに見えていた点は急速に形を帯び、そのまま俺たちの前に突き刺さるように落下してきた。




