31 真の肉
「いただきます!」
血走った目で、目の前の肉に齧り付く。
ぎゅっと噛み応えのある肉を串から抜いて口の中に入れると、炭火で焼いた香ばしい匂いが口いっぱいに広がった。
燻製のような豊かな風味は薄いが、これはこれでいい。
はふはふと口内で冷ましながらその肉を噛み締める。燻製なので溢れ出すような肉汁はないが、噛めば噛むほどに旨味のエキスが出てきて、それが岩塩の優しい塩味と合わさって強烈に味覚を刺激する。
「んっぐ……ぅんめー!」
――これだ! 俺が求めていたもの!
おそらく脳内から快楽物質がドパドパと出ているのであろう。目を瞑り、このまま昇天してしまうのではないかという多幸感が体中を駆け巡る。
はぐっはぐっと、続けてひとつふたつと肉を食らう。もちろん岩塩付きだ。
この世界に来てからは、わりと食えればなんでもいいという心持ちだったのだが、燻製に塩をちょんと付けただけとはいえ完成度の高い料理を久しぶりに味わってしまって、うまいもの食いたいモチベがぐんと上がってしまった。
内政チートモノに限らず、異世界転生モノが食い物にこだわる理由もわかる。
とりあえずうまい食い物があれば人間は幸せだ。
そんな浅い人生論に浸りながら、俺は大きな串を一本すぐに平らげてしまった。
我慢できず、すっと立ち上がり苔エリアのとある木に向かう。
これはこの世界で最初に食べた赤黒い小さな実とは違う、りんごくらいの大きさをした緑色の果物が成る木だ。前に森を探索していた時に見つけていたもののひとつである。
木自体も赤黒い実のなる木より1、2メートルほど大きく存在感があり、近づいただけでうっすらと甘い香りがしてくるその木から、植物魔法を使ってよさそうなのをひとつ収穫する。
「うん、いいじゃん」
と、素人のくせにわかったようなことを言いながら、その果実を水で洗い焼き場の椅子にまた座りなおす。
手元のその果実は、ライムのようなぼこぼことした鮮やかな緑色の皮をしている。触ると果肉の弾力こそあれど柑橘系のような皮の厚さはなく、俺はこれをいつも皮ごと食べる。
しゃくっ。
という音と共に一口齧ると、ちょっと嫌になるくらいあまったるい匂いと共に、酸味のある果汁が流れ込んでくる。
肉を食った後の脂っ気の残る口内に、ほのかな甘みと爽やかな酸味。
「くぅ~」
これはめちゃくちゃキマる。
さくらんぼみたいな赤黒い実の方は爽やかな清涼感があるが、それと比べるとこちらはちょっと癖のある甘味がある。おそらく万人受けするタイプではないのだろうが、そもそもこの魔物肉も野性味があって癖が強いので、合わせるならこっちのほうがいい。
久しぶりの塩分を摂取して喜ぶ体に、甘酸っぱい果実は反則だ。
一人で食べるには結構大きいそれを、貪るように齧りついていたらすぐになくなってしまった。
「あー、最高だ」
食材って、ほんのちょっとしたことで大きく化けるからすごい。
そうやって過去最高の食事を終えた俺なのだが、実は熾火の焼き台の上にはもう1本串が載っていた。
そう、さっき植えていた例の乾燥トウモロコシっぽい種子のものだ。
戦利品の整理が終わる頃にはその種子は十分に育っていて、太く長い茎に小さめの細長い実が数本付き、それこそ日本で見たトウモロコシのように頭から髭を生やしていた。
そういえば、この髭っていわゆる雌しべの役割なんだよな。俺は1個しか種子を植えていないけど、どうやって受粉したんだ? 自家受粉?
……うーん、まぁチート能力ということでいいか。
とにかく、新しい食材が増えるのは大歓迎だがそいつを食べてみないことにはなんともいえない。なので実を1本もいで芯に串をぶっ刺し、肉と一緒に皮付きのままじっくり焼いていたのだ。
腹は十分満たされていたが、食欲というよりは知識欲の方でこいつを食ってみたいという気持ちはあった。
それにトウモロコシは米、小麦に続く三大穀物のひとつだ。その栄養価の高さは歴史が証明してくれている。味も気になるが、これが食えるならこの世界での栄養バランス問題も大きく改善されることだろう。
そんな期待を胸に、そいつを手に取って、実を包むように覆っている皮を剥く。
なんで皮付きで焼いたのかというと、正直どれくらい熱を入れたらいいかわからなかったからだ。
皮つきであれば焦げる心配もないし、中が蒸し焼きになっていい感じになってくれるだろうという思惑もあった。
茹での方が簡単だったかもしれないが、この焼き台ではトウモロコシが入るサイズの湯を沸かすのは少々手間だ。ここもいずれは改善したいポイントだな。
しかしそんな思いをかき消すように、ほわっとひとつ大きな湯気をあげて、輝くように美しいトウモロコシが現れた。
「おおっ」
なんか、イイ。
中身の見た目も完全にトウモロコシ。違うのはやや小ぶりなのと、粒が真っ白なことくらい。
魔物の肉を常食している俺にもう怖いものはない。躊躇なく、そのトウモロコシにも齧り付く。
「っ――!」
粒ひとつひとつが蒸気でパンパンになっていたのか、その実が破け、蒸されて高温になった熱気を一気に放出する。
さっき食べた肉とは比べ物にならないほどの熱。
地下水で一度口を冷やし、涙目になりながらも、ふーふーとトウモロコシを冷ましてからもう一度トライ。
「あふあふ」
と呻きながら、その熱々の粒を咀嚼する。
――ほう。
トウモロコシのようなプチっと感はない。むしろもちっとしていて、それこそ粒の大きい米のような食感。
しかし味は結構違って、こちらはどちらかというとやや青臭さのある淡白な味。トウモロコシのような甘みも全くない。
不思議だ。
うまいと言われればそんな気もするし、うまくないと言われればそんな気もする。
「なるほどね」
粒の皮がちょっと残るのと、歯触りが少しざらっとするのが気になるが、全然食える。
栄養もあるだろうし、食材のひとつとしては十分だな。
このトウモロコシを追加で何本か植えておくことは早々に決まったが、当然残りを捨てるなんてことはしない。芯に刺さった串をくるっと回し、熱々のトウモロコシをまた別のルートから食べ進めていく。
そういえば、あの人間たちはこれを乾燥させて運んでいたんだよな。
まぁ乾燥させれば相当長持ちするだろうし、重さも体積も少なくなって携行食としては便利だ。
そしてあの布袋にあったセットから察するに、鉄のボウルに乾燥トウモロコシと水を入れて煮ていたのだと思う。やり方としてはおかゆと似たようなものだ。
あの鉄のボウルの底が焦げていたのも、長い時間火にかけていたからだろう。
たしかにこのトウモロコシ、かなり腹に溜まる感じがする。煮るのなら川の水でも安全性は上がるだろうし、これを乾燥させて携行するというのはかなり理にかなっているのかもしれない。
なんだか、この地域に住む人間の生活の知恵を見たような気がして面白い。と同時に、怖くもある。
たとえば、あの白ローブ3人組みたいなパーティにもし1人でもポーターのような荷物持ちがいれば、少なくとも食料面ではかなり長い時間補給なしでやっていけるだろう。
さらに魔物の肉や森の野草、実、川の水なんかも利用するのなら、やろうと思えば数か月単位の探索も可能かもしれない。
人間側がそれだけこの森を自由に動けるということは、俺が人間に見つかる可能性もあがるってことだ。
「森の恵みを利用するのは俺たちだけじゃないってことか……」
俺は真面目な顔をしつつ、結局トウモロコシも1本全部食べ、綺麗になった芯を見る。
しばらく見つめた後、思いついたようにその芯にがぶっと齧り付いた。
トウモロコシの芯は、ぐっと沈んだ俺の奥歯をがっちりとホールドする。
「……無理か」
歯が犠牲になるのが怖かったので早々に撤退。
トウモロコシの芯は向こうの世界でもなにかと再利用されていたが、さすがに芯までぼりぼりと食べるのは難しかったみたいだ。




