30 岩塩
「スラちゃ~ん、ごはんよ~」
家から出てすぐの苔エリアのそばに魔石を置いて、スライムたちを呼ぶ。
今この地にいるスライムは6匹。置いた魔石は3個。
つまり魔石を半分にすれば6匹全員に魔石が行き渡ることになる。
このやり方、今回はたまたまあいつらが3個もってたからいいが、今後はどうしよう。
おそらく魔物1匹から得られる魔石は1個だろう。
そうなると、6匹に分配しようとすると魔石を割るのがかなり難しくなる。
それにスライムだってまた増えるかもしれない。そうなるともう手に負えないぞ。
もういっそのこと、魔石を1個手に入れる度にそれをそのまんまスライムにあげて、ローテーションさせるという手もある。しかしその場合、1回貰ったスライムとまだ貰ってないスライムの区別をちゃんとつけられるだろうか。
まだ魔石を貰ってないスライムだけを呼んだとしても、あいつらなら全員でわらわらと魔石に群がってきそうだな。悪いけど、スライムたちは頭はいいが、欲望には忠実というイメージがある。
じゃあ、どうするか……。
と、魔石を割るための木を準備しながら考えていると。
「あれ、お前ら3匹だけ?」
俺の呼びかけに反応したスライムは赤、黄、緑がそれぞれ1匹ずつの、計3匹だけだった。
ため池の方に目をやると、他のスライムたちは変わらぬ様子で苔をモニモニしたり、木陰で休んでいたりする。
――俺の声が聞こえてなかったなんてことはないだろうし……一体なぜ?
このため池は直径10メートルくらいの円形で、それほど広いわけではない。スライムたちだってちょっと声を掛けたらいつも反応を返してくれる距離だ。
さっき言った通り、スライムは俺たち人間がいうところの道徳心が無いというか、他は気にせず自分の好きなことを好きにやるというイメージがある。これはあくまで日本にいた頃の俺が持つ常識とかモラルの話で、それがないからといってこいつらが悪い訳ではない。
そんな人間のルールなんてこいつらからしたら『知るか』といったところだろう。
だからこそ、今回のスライムの行動には驚かされた。
こいつらなりのルールがあるのだろうか。
まぁ来たのが3匹だけならちょうどいい。魔石を割る前でよかった。
俺はそれぞれのスライムに、魔石をひとつずつ手渡ししていく。
いつも通り、魔石を貰ったスライムたちはそれを体の真ん中あたりまで沈め、しゅわしゅわと気泡を立てて魔力を吸収する。
あげたのがいつもみたいな破片じゃないからか、しゅわしゅわの激しさが強い気がする。
それだけ得られる魔力が多いのだろう。スライムの体がぷりんっとワンサイズ大きくなる。
もともと昨日の分裂で小さくなってたのもあって、その変り様は魔石を吸収する前と後とで明確に違いがわかるくらいだった。大きい個体より小さい個体の方が変化はわかりやすいからな。
魔石から気泡が出なくなると、スライムたちは揃ってぺっぺっと魔石を吐き出す。
割られていない、綺麗なまんまるの形だ。
吐き出されて色が黒ずんだ魔石は、いつもなら捨てるのだが、今回は回収しておいた。
使い道があるのかはわからないが、現状入手方法が限られたレアものではある。取っておいて損はないだろう。
スライムたちも満足したのか、大きくなった体をプニっとさせて、ぴょんぴょんと苔やため池に帰っていく。
――うんうん。よかったねぇ。
この世界に来た時の痛ましい姿を知っているだけに、魔力を得たスライムを見ると笑顔になってしまう。
なんとか魔石を大量に集める方法はないのか。
と、そんなことを考えながらも、次は自分の食事の準備に取り掛かる。
こっちも楽しみだ。なにせ、今回はこの世界で初めての塩を使ったメシなのだ。
◆◆◆
焼き場に置かれた炭が静かに熱を放つ。
その熱はやや離れて座っている俺の体にもじわじわと熱波を送り、俺の額からは汗がたらりと流れる。
しかしそんなことは気にならない。
目の前にあるのは、魔物肉の串。
これは一昨日俺たちに喧嘩を売ってきた、よくわからない毛の生えたカバっぽい四足歩行の魔物の肉だ。
正直、前に食った猪っぽい魔物の肉よりは食べるのに抵抗がある見た目だった。
しかし俺には日本人の血が流れている。
食えるものなら頭の先からつま先まで、果ては食えもしない毒魚でさえ命がけで調理術を編み出すあの日本人の血である。
選択の余地があるならまだしも、何も足りないここの生活で我儘を言うつもりはない。むしろ四足なだけまだマシだ。
一応、人型以外なら食べる覚悟はできている。……一応な。
ちなみにこの肉はソフトスモーク。まだ柔らかさの残る燻製肉だ。燻製といっても脱水も調味もしてない、ただ煙で燻しただけの肉だけどな。
ソフトやハードというと、燻す時間ではなく乾燥具合で言い分けることが多いが、俺は保存期間を延ばすために燻煙とその熱を使って乾燥させているので、実質肉を燻す時間の長さで呼び方を変えていることになる。
なので厳密に言うと日本のものと違うかもしれないが、保存が主目的の燻製法なので大目に見てほしい。
魔物の肉は、解体してから2日目までに食う分はソフトスモーク、それ以降使う分はハードスモークにして保存している。カチカチになるまで燻したハードスモークでも7日、どんだけ伸ばしても10日を消費期限とすることに決めている。自由に使える塩さえあればひと月くらいはもつはずだが、生憎うちにそんなものはない。
もしかしたら、多少悪い物を食ってもこの体なら耐えてしまうような気もするけど、まぁ念のためだ。
今回岩塩を手に入れたが、さすがに肉を塩漬けにするほどの量は無いので、しばらくはこのルールでやっていこうと思う。できれば魔物もこれくらいのペースで来てくれたらありがたい。
今回はそのソフトスモークを軽く水で洗い、一口サイズに切ってから木の串に刺す。
ソフトとはいえかなり弾力があるので、こうやっていい感じの大きさに切っておくのは大事なことなのだが、ここでさっそくあの黒短剣が活躍してくれた。
ちゃんと水で洗って加熱消毒もしたその黒短剣を燻製肉に滑らせると、気持ちいいくらいに刃がスッと入っていく。
これは決して小さなことではない。革命だ。
切れ味の悪い包丁を使うストレスを経験したことのある人ならこの開放感をわかってくれるはず。
前まではもはや引きちぎるようにして裂いていた筋も皮も、トンと力を入れると綺麗に断たれる。
そうして串打ちした肉を、X状の木の台に乗せ、たまに回転させながら焼いている。
火は通っているので、肉の表面の水分が飛んでじわじわと脂が出てきてから少ししたらもう十分。ソフトスモークなので、加熱すればまだこうやって脂がでてきてくれるのが嬉しい。
俺はそのほどよく熱せられた肉の刺さった串を手に取る。
顔に近づけると、熱気に乗って炭火で焼いた香ばしい匂いが漂ってきた。
――いっつも、ここまでは100点なんだよな。
しかし今日はこいつがある。
反対の手にある木製の皿の上には、さきほど丁寧に削った岩塩の細かい粒。
俺はそのくすんだ白い粒子に、トランプタワーの最上段を乗せる時のような慎重さで肉の先端をゆっくりと近づける。
昔の貴族が当時貴重だったスパイスを無駄にしないようにと、それを取る時に親指と小指を使ったという話があるが、その気持ち……よくわかる。
力加減を一歩間違えば、脂の滲み出る肉が無遠慮に岩塩の粒を大量に攫って行くのは明白。そんなミスは許されない。
ふと、親指と小指でなくとも、塩を摘まんで肉にかけたらこんな集中しなくてもいいのでは? と頭によぎったが、もう手も口も”付けて食う”マインドになっていた。
風情あるじゃん、串に塩をちょんちょんってつけて食うの。
そうやって、ほんの一瞬岩塩と触れただけの肉を口元まで持ち上げる。
――ごくり。
飯を食う時はいつもこうなっている気がするな。
この世界に来てから何回目になるのか、すきっ腹に沁みるうまそうな肉を前に、俺は生唾を飲んで喉を鳴らした。




