29 予感
次に見ていくのは、あいつらが腰に下げていた布袋の中に入っていたものだ。
まずは鉄のような材質の浅いボウル。よく見ると、下の方が黒く煤けている。これを火にかけて調理をしたり、もしくは川の水を煮沸したりしていたのだろうか。だとしたら素材が軽い木ではなく鉄なのも納得だ。
まぁ、食器や調理器具には別に困っていないからな。問答無用で倉庫行きだ。
水が入っていた革袋はいいな。袋の上の部分は紐でかなりきつく絞れるようになっていて、逆さまにしたりしないかぎりは水が漏れるようなこともない。綺麗に洗って乾かして、俺も遠出する時はこの革袋にうちの地下水を汲んでいこう。
あとは小さい鉄の棒と汚れた布。
これはなんなんだろうな。その答えを知る相手はすでに土の中だ。
俺の予想だと、たとえばナイフとかで削るタイプの火打石とか? 向こうの世界にもあったよなそういうの。でもあれってたしか素材はマグネシウムだったような。うーん、この世界の技術でそのレベルのものが作れるのか……というより、マグネシウムがどうやって採れてどう加工されるのかがわからない。俺が知っているマグネシウムに関する知識は、それが人体に必要な栄養素だってことくらいだ。
それとも剣を研ぐのに使うのか? いわゆるシャープナーってヤツだ。たしかに剣やナイフの手入れの道具がひとつくらいあってもおかしくない。これだったら嵩張らないし、探索する時にはこれくらいがいいのかもしれない。
そうやって考えるとこの汚い布も、刃物の手入れに使われていた物のような気がしてくる。うん、とりあえずそういうことにしておこう。
あまり時間をかけるのも嫌なので、ある程度の予想も交えて進めていく。
「よっし、次はこれだ」
さっき2つの袋に分けた小袋を手に取り、そいつに期待の目を向ける。
岩塩に隠れて目立ってはいなかったが、実はかなり気になっていたものだ。
麻でできた小袋から、ころころと数粒手のひらに載せる。
「んー……」
見た目は家庭菜園のトウモロコシの種みたいな、まさにトウモロコシの粒がしわくちゃになったような見た目。ただし、色は真っ白。
小袋の中をみると、ほとんどが白い色をしているが、たまに黒っぽいのも入っている。
「黄色くはないけど……トウモロコシ、だよな?」
訝しげにそれを見ながら、首を傾げる。スンスンと臭いを嗅いでみるが、すこしカビっぽいような、ツンとする臭いはあるがほぼ無臭だった。
「よし」
少し悩んだあと、とりあえず育ててみようと家の近くにその粒をひとつ植えてみる。
百聞は一見にしかず。悩んでもしょうがないのだから試してみよう。
今まで育ててきた種子とは違い、カラッカラに干からびているのが不安だったので、革袋に水を入れ、トウモロコシ疑惑のある粒を埋めた土の上にちょろちょろと掛ける。
あとは俺の植物魔法を信じるのみ。
前に猪っぽい魔物を相手にした時のような切迫した状況でなければ、大きくな~れ~と魔法をかけるだけであとは放置でいい。
俺の魔法が効くのなら、しばらくしたら大きく育ってくれていることだろう。
その間に残りの戦利品を終わらせよう。
魔石を抜けばこれが最後、謎のコンパスである。
それはクッキー状の薄いドーム型をした綺麗な石のような見た目で、上半分が透明になっていて中に矢印が入っている。
その石をくるくる回してみても、中の矢印は常に同じ方向を指していて、まさにコンパスのような一品だ。
「この方角は……あいつらがやってきた方だよな」
コンパスに指された位置は、例の水路側。俺が水路を作るために開拓した、森にぽっかりと空いた大きな獣道がある方角である。
この土地の方位を一度整理する。
俺の家を中心として、日が昇る方を東、沈む方を西とすると、北には遠くに山があり、南に俺が作った水路が続いている。
なので、あいつらがやってきたのもここでいう南からということになる。
普通に考えれば、これは方角を教えてくれる道具のはずだ。
もしくは、
「あいつらの拠点を指し示すマジックアイテムとか?」
南から北へと北上してきたあの人間たちの進行方向と、逆を指しているというだけでそんな気がしてくる。
とはいっても俺が水路を作るために森を開いて作った道は目立つ。実際魔物もあの道を通ってやってくるし、あの人間たちもたまたまあの道を見つけただけかもしれない。
そうだとしたら進行方向云々の話は全部なかったことになる。
まぁどちらにしろ、この森で迷うことのないよう用意された道具なのは間違いないと思う。
この布袋に入っているものを総合して見ると、飲み物、食い物、武具の手入れ、コンパスと、一通り森でもやっていける最低限の装備って感じがする。それを人間それぞれが1セットずつ持っていたのだから、これがたとえ誰かが遭難したとしても自力で帰って来れる程度の装備なのだろう。
ただそうすると一つ懸念点がある。
「軽装すぎんか?」
トウモロコシっぽい穀物も、一人で握りこぶし一個もないくらいの量しかない。水分で膨らむとしても、いいとこ1日か2日くらいのものだろう。魔石があるということは魔物も狩っているので、肉や野草くらいなら現地調達できるとしても、そんなに長くはもたないはず。
ということは、だ。
「人間……結構近くにいるのかも」
あぁ、一昨日までの俺だったら喜んでいただろうこの情報が、今の俺にはずっしりと重くのしかかる。
あいつらの装備の質の良さからも、そこに住む人間の集団はそれなりに繁栄していると予想できる。
まさか寂れた村や集落などではないだろう。少なくとも町と呼べるくらいの規模はありそうだ。
さて、その町においてあの白ローブはどれくらいのポジションにいたのだろうか。
いなくなっても誰も気にしない程度の奴らなのか、しばらく帰ってこないと問題になるほどの奴らなのか。
もし白ローブどもが帰ってこないことが問題になって、森に捜索隊なんか出されたら最悪だ。下手したら俺たちの存在がバレてしまう。
もしそうなった場合、面倒なことになる予感しかしない。
白ローブと出会った時の反応から考えても、どうやら俺らは人間からの印象が悪いようだしな。
うーむ。と、頭を悩ませる。
もちろんこれは人間の町が俺らの拠点と近かったらという前提なので、あくまで仮定の話ではある。
しかしだからといって能天気に放置できる問題でもない。
「これはちょっと、考えないといけないな……」
これは今すぐに解決できるようなことじゃない。時間をとってしっかりと対応しなければいけない問題だ。
万が一、人間が集団で襲ってきたらさすがに俺らはおしまいだろう。
俺はまだこんなところで死ぬ気はないし、もちろんスライムだってそんなつもりはないはずだ。
今まではその日その日を生き延びるという気持ちで過ごしていたが、これからはもっと長期的な目でこの生活を見なければいけないかもしれない。
難しい顔をしながらも、ひとまず戦利品の確認は終わったので、魔石以外を片付ける。
結局、すぐに使いそうな黒い短剣以外はとりあえず全部倉庫行きになり、家に併設されている狭くがらんとしていた倉庫はいきなり賑やかになった。
「先のことも考えなければいけないけど、まずは目先のことだ」
白いローブの人間たちが運んできてくれた魔石を片手に、俺は倉庫の戸をぱしっと閉め、家を後にした。




