26 ビリビリ
――やっばい。
脇腹に焼けるような痛みと、全身の筋肉が引きつったかのような不快感。
しかし問題はそこじゃなかった。
――体が動かねぇ。
大地を抱きしめるようにうつぶせに寝転んだまま、俺は指一本すら動かせない状況に陥っていた。
電撃か? スタン系の魔法?
力の入らない体を無理に動かそうとしながら、分析する。
あの短剣を構えてた奴はずっとチャンスを窺ってたんだ。
おそらくこの魔法に致死性はない。現に痛みは耐えられない程ではないし、俺の意識もしっかりとしている。
そして連発できるようなものでもない。それが可能ならもっと立ち回りで使われていたはずだ。
さらにいうなら、命中力に難あり。これは俺も経験がある。魔法を使う原理が俺とこいつで同じかはわからないが、動き回る奴に魔法をあてるのは難しい。
用法としては、狙いをすまして、相手が油断したところに打ち込むタイプのデバフ質の魔法。
そして俺はまんまとその魔法を食らってしまったおマヌケってことだ。
俺の後ろの方で、何やらバタバタと慌ただしい音がする。
おそらく、動けなくなった俺にとどめを刺そうとする”小柄”と、スライムたちが戦ってくれているのだろう。
それを裏付けるように、ぎりぎり俺の視界に入っていた”短剣”が、これ隙にとばかりに倒れている俺に向かって走りだした。
表と裏から、どちらからでも俺を殺せるシンプルかつ強力な挟み撃ちという策。
こんな単純な作戦にまさかこれほど綺麗にハマってしまうとは……。
「ぐ……くっ」
バーベルを持ち上げる時のように、全力で体に力を込めようとするが、肝心の体のほうがまったく反応してくれない。
魔法を使おうにも、木剣も木盾も手元を離れ、視界にもないので魔法の起こりであるイメージをすることができない。
――考えろ!
ぬらりと黒く光る短剣を視界に収めながら、俺は手を探る。
あいつ何か木製のものを身に着けていないか!? と、相手の装備を上から下まで見るがそれっぽいものは見当たらない。見えているのはほとんどがあの白いローブだ。
じゃあ、森の木を使うか!? とも考えたが、森側にだいぶ近づいたとはいえ、魔法を使うには距離が離れすぎている。試しにイメージしてみたが、その魔法が行使されることはなかった。
”短剣”の足音がすぐ側までやってきて、そいつが跳ね飛ばした泥が顔に当たる。
……ここまでか。
手は尽きた。
西日に照らされて伸びるそいつの影が、大きく振りかぶる。
まるで死刑執行のカウントダウンのようなそれを、俺は茫然と眺めているしかなかった。
手に持った短剣。その影が振り下ろされる時。
そこに小さな丸い影が飛びついた。
「スラ……っ」
その影は相手の手元に張り付き、1つになった影がなにやら揉み合うように暴れる。
俺は腕に力を込める。
どうなった……っ! スライムは無事か……っ!
痺れが取れてきたのか、ようやく指先が動くようになり、腕も僅かにだが動かせるようになってきた。
しかし未だに”体を動かす”には至らない。
――頼む! 動いてくれ! 俺の仲間が戦ってるんだ!
バタバタと物音だけが聞こえる。こんなすぐ近くでスライムが戦ってるのに、俺は何もできない。
――もどかしい。動け。頼む。
「スラ……イム! 木を……」
絞るようにそう喉から声を出す。
こんなときになって思い出した。
俺は一人じゃない。
ちょっと訓練したからって、戦えるようになったからって、自分ひとりで何かができると勘違いしていた。
その結果、俺のせいでスライムたちはピンチになっている。馬鹿野郎だ俺は。
数の有利なんて最初からなかった。あちらは2人になっても見事に連携し、俺は6匹の足を引っ張ってこの様。
これは俺の英雄譚でも俺TUEEEEでもない。目指しているのは内政チートモノ。
俺の力ではなく、みんなの力で成り上がる。それが、俺が最初に思い描いていた世界のはずだ。
便利すぎる力に溺れて、大切なことを見失っていた。
弱肉強食だなんだとストイックぶって、結局まだまだ甘えていた。
――俺は、こいつらとまだまだ生きていたいっ!
そう思うと、諦めや後悔といった感情は消え、ふつふつと、また怒りのような感情が湧いてきた。
目の前の迷惑な人間共に、成長しない自分に。
……すまん。
「スラ」
ひとつ、こいつらとの壁が、俺が勝手に作っていた壁が無くなったような、そんな気がした。
「木を、持って……こい!」
その時、手のひらにプニっとした触感と、硬い木の手触り。
俺はその木を手で確かめ、腕に巻き付けるように魔法で変形させてから空中に浮かせた。
「ふっ」
ひとつ息を吐いて集中する。
――ありがとう。
腕に絡みついた木剣に吊るされるようにして、戦場を高いところから俯瞰する。
状況は”短剣”が黄スラと組み合ってて、”小柄”が4匹のスライムとやりあってる。
俺に木剣を運んできてくれた赤スラは……。
「しっかり、つかまっと、け」
俺の肩にぺっとりとくっついていた。
とりあえず全員無事なようだ。
それだけで心の重しが外れるような、ほっとした気分になってしまうが、今はそんな悠長にしている余裕はない。
視界に入った木盾を、木剣の柄が巻き付いた右手とは逆の手に呼び寄せる。
まずは”短剣”から先に殺るべきだ。こいつの魔法は厄介だし、後衛ということもあってか体捌きが”小柄”より悪い。
木剣を魔法で飛ばし、手に張り付いた黄スラを剝がそうと躍起になっている”短剣”目掛けてふっ飛んでいく。
スライムに倣ったそれは――体当たり。
黄スラごと巻き込むが、あいつがこの程度でどうにかなるわけがない。俺は、多少は動く様になった体で木盾を前に構え、上空からの攻撃に気づいていないそいつに、体ごと飛び込んだ。
「おぶえっ」
当然俺もすっ転がされるが、木剣と木盾は柄を腕に巻き付けているので手放さない。
バッと顔をあげると、”短剣”は苦悶の表情を浮かべ、立ち上がれずにいる。
装備込みで70キロ弱はある肉の塊がかなりのスピードでぶつかったんだ。それも不意に。
その衝撃はかなりのものだろう。
制限時間が来たのだろうか、万全ではないものの、体の痺れは徐々に回復しつつある。
苦しそうなうめき声を上げる”短剣”を尻目に、なんとか体を動かして先に立ち上がった俺は、木剣を構えてそいつに近づこうとする。
しかし、その先にスライムの攻撃を振り切って走り込んでくる”小柄”が見えた。
「くそっ」
人間と戦って思うのは、とにかく面倒臭い。
今まで戦った魔物のように、ただの力比べとはいかないようだ。
”小柄”も無理に”短剣”を守りにきたのか、それともその前からスライムにやられていたのか、とても綺麗とは言い難い見た目だった。
どうやら顔面に1、2発くらいはスライムの”いいの”を貰っているらしい。それにローブも焼け焦げている、おそらく赤スラの魔法か。
しかし、こうなってくると”小柄”を無視することはできない。こいつは動きが早いし、あの剣をまともにくらえばさすがに俺もただではすまない。
むしろ”短剣”が動けないこの間に、全力を持って殺るべきだ。
「いくぞ!」
スライムを、そしてなにより自分を鼓舞する。
俺はまだ痺れの残る足を必死に動かし、”小柄”の攻撃を迎え撃つよう態勢を整える。
「へへっ」
こんな状況なのに、どうしてか俺はにやりと笑ってしまった。
――今度は逆だな。
”短剣”を守るため、あいつは無理をして俺の方に突っ込んできた。
つまり今度は自ら、俺とスライムの間に入ってきたってことだ。
”小柄”の後ろからは、プンスカと腹を立てたスライムたちがぴょんと跳ねて追いかけてきている。
……今俺のすべきことは、こいつを倒すことじゃない。こいつを倒すために、どう動けばいいかを考えることだ。
これは似ているようで、大きく異なる考え方だった。




