25 別れ道
「スライムッ!」
力の入り切っていない、その赤スライムの体当たりを髭の男は見逃さなかった。
別のスライムの体当たりを躱した足運びそのままに、腰のあたりに甘く入ってきた赤スライムに対して、
鋭く振り抜いた右足を合わせた。
「――っ!」
髭の男が履いているしっかりとした作りの黒いコンバットブーツは、赤スライムの体を”く”の字にぐにゃりと湾曲させ、弾くようにして赤スライムを蹴り飛ばす。
その時、俺の思考はピタリと停止した。
変わりに湧いてきたのは、今までのスライムたちとの思い出。
出会った頃の死にそうな姿。苔をモニモニして元気になった姿。
ため池作りのときは側で興味深そうに見ていた。ため池ができたら一緒に水に入ってプカプカ浮いた。
魔物と戦った時の、頼もしいあの背中。魔法を披露してくれた時の、偉ぶって膨らましたあのお腹。
期間は短くとも、その密度は俺の人生でも一番の濃さだった。
そうやってただぷにぷに生きていただけのスライムを……てめぇらが勝手にやってきて……。
俺の友達を……仲間を……。
目の前の……! 名前も知らないこの男が……! 足蹴にしやがった……っ!
ぷっちーん。ってやつだった。
ついさっきまで自分がうじうじと悩んでいたことなんて棚に上げ、俺は完全にキレてしまった。
これは怒りとか、怒っているとか、そんな感情とはまた違う。
なんていうか、腹の底から
「……マジでむかついた」
こんな言葉が出てくるような、そんな気持ちだった。
それと同時に、手に持った木盾に魔法を込め、それを発射装置にして文字通り髭の男に”飛び”掛かる。
おそらく5メートルも離れていないだろうその距離が一瞬で縮まり、俺は大きく木剣を振りかぶる。
――この世界にきてから長くやっていた、ため池関連の工事で植物魔法を使いまくったおかげで、植物魔法のおおよその使い方を学んだ。その後、この世界での初めての戦いである猪っぽい魔物との戦闘で、その力を戦闘用に落とし込む糸口が掴めた。
最初に考えたのは、木でできた弾を飛ばす遠距離からの攻撃だったが、これは動かない相手に対しては効果的だが、動く相手に対しては難しかった。
俺の植物魔法は、頭でイメージしたことが魔法として行使される。つまり、まず対象物が動くための背景や景色を頭の中に描き、そこに対象物を足し、それがアニメーションのように動くというイメージを頭の中で行う。
相手が動的である場合、この最初にイメージする背景や景色の中に、動いてる相手も入れなければいけない。それもリアルタイムで。
例えるなら、静止画に編集を加えるか、ライブ映像に編集を加えるかという違いだ。後者の方が圧倒的に負担は大きい。
脳の処理の訓練次第で上達していくことはあるかもしれないが、少なくとも今の俺に、動き回る標的を正確にイメージしつつ投射物を操作するなんて芸当はできない。
これが、一見便利で強力そうに見える遠距離攻撃が戦闘で使い辛い理由だ。
しかし逆に、イメージしやすい魔法での操作は難易度が一気に下がる。
体を動かす時は、わざわざ頭の中で考えずとも『こう力を加えたら体の構造上こういう動きになる』ということが予めわかっている。
例えば、手に持った木の棒を振り下ろす時。手の自然な動きの通り、木の棒も同じように振り下ろされるというのは考えるまでもない。これは、植物魔法という強力な力を相手にぶつけるのにとても有効なやり方だった。
そう、こんなふうに――。
振りかぶった木剣の柄を力一杯握りしめ、殴りかかるようにして乱暴に振り下ろす。
髭の男はとっさの判断で自身と俺の間に剣を差し込み防御する。
――鈴の鳴るような甲高い音と同時に、肉を打ち付けたような水っぽい破裂音。
ぐしゃり。と、確かな手ごたえを手首に感じながら、俺はさらに力を込めて思いっきり木剣を振りぬいた。
「うおらあ!」
その剣撃をなぞるように、地面に赤い線がピッと引かれる。
綺麗に真っ二つになった鉄の剣が重力にそって落ちるよりも早く、髭の男は顔面から大地に叩きつけられた。
人が人を殴るというのは、人間社会において本来はハードルが高い行為だ。誰しも怒りや暴力衝動に駆られるシーンに出会うことはあるかもしれないが、実際に行動に起こす者は少ない。
ましてやそれが、相手に確実に致命傷を与えるような”物”を持っていたとしたら、心理的なハードルはそれの比にならないだろう。
当然俺も、日本で怒りに身を任せて誰かを殴るなんてことは一度もしたことがなかった。あっても口喧嘩程度で、まとも喧嘩すらしたことがない。
しかし不思議なことに、髭男の頭をぶち抜いた今の俺に後悔や不安、恐怖といった負の感情はなく……そして特に気分がいいということもなかった。
タッタッタッと大地を蹴る軽快な音が聞こえてくる。
それに対し、俺が盾を構えながら振り向くと、もう一人の小柄な方の剣士が姿勢を低くしてこちらに向かってきていた。
斜め下から振り上げるように剣先が走る。
それをなんとか木盾で弾くが、そいつは立ち昇った剣を両手で持ち、間髪入れずにそのまま振り下ろしてくる。
――防げない。
瞬間的にそう思った俺は、弾いた盾の流れに逆らわないよう、その力を利用して木盾を魔法で加速させる。
フォン、と風を切る音が聞こえ、小柄な男の剣が大地に刺さるのが見えた。
木盾に引っ張られるようにして吹っ飛び、大地を転がる。
「っぶね!」
殺す気じゃねぇか! と、すぐさま立ち上がりながら心の中で悪態をつくが、ちょうど俺の目の前にある、頭部から血を流した動かない人間から『お前もな』と、言われてもいないプレッシャーを勝手に感じた。
構えなおす俺の側に、スライムたちが集まってくる。
「ふぅ」
頼もしい奴らだ。こいつらが近くにいるだけで精神的にもだいぶ救われる。
あの髭の男に蹴っ飛ばされたスライムもちゃんと無事みたいだ。あれだけの体当たりを繰り出すスライムが、そう簡単に蹴りくらいでやられることはないと思ってはいたが、やはりこうして元気な姿が見られると安心する。
小柄な男は地面に刺さった剣をすでに回収しており、こちらに対して構えていた。
仲間が生きてるのか死んでるのかもわからない状況だというのに、そちらには一瞥もくれずこちらを睨みつけている。すげぇな、と敵ながらそう思う。俺とは明らかに踏んできた場数が違う、そんな気がした。
現状は2人対1人+6匹。
数ではこちらが圧倒的に有利だ。
しかしそんな数の不利などまるで意に介さぬように、小柄な男がまた仕掛けてくる。
低い姿勢に、垂れ下がった剣先。
――またさっきの切り上げか?
1秒、2秒という僅かな時間ではあるが、今度は相手の動きをしっかりと見る”間”がある。
――きたっ!
思った通り、小柄な男はまた斜め下から片腕で切り上げるように剣を振るう。
俺はそれにしっかりと木盾を合わせ、その一振りをがっしりと受けた。
……なるほどね。下からの攻撃ってのは、盾で防ぐのが難しいんだな。
シンプルに腕との距離の問題もあるし、体が前傾姿勢になると盾で見えなくなる範囲が大きくなる。
この小柄な男が下からの切り上げを狙う理由がわかった気がした。
だからガードするというよりかは弾いた方がいい。不慣れさが幸いして、こいつの最初の一撃を弾いてしまったが、謀らずともそれは正解だったようだ。
しかし今回の一撃はどこか真剣さがない。なんというか、重さが乗っていない感じが木盾から伝わってくる。
その俺の考えを肯定するかのように、小柄な男はスライムたちが飛び掛かるのも避けてそのまま俺を通り過ぎるように後ろに走り抜けた。
「なんだ……?」
とその動きを目で追うと同時に、今まで全く目立っていなかった”3人目”の存在を思い出した。
髭の男は倒れている、小柄な男は俺を追い越した、黒い短剣を構えていた奴はその場から動いていない。ということは、”小柄”と”短剣”で俺を前後に挟んでいるってことだ。
その危険性を理解しながらも、経験の浅さからか『どうする!?』と、反応が一瞬遅れる。
ひとまずこの陣形だけは打破しなければいけないと、両方を視界に入れられるよう、2人を結んだ線に対して垂直方向に移動しようとしたその瞬間。
「うぐッ!」
一瞬目の端が光ったかと思うと、横っ腹に車に追突されたかのような衝撃が走り、俺はそのまま受け身をとることもできずに地面に倒れてしまった。




