23 白
俺は急いで、家の壁に掛けていた木製の剣と盾を、植物魔法を使って手元に呼び寄せる。
ちょっとだけ、アメリカの某ヒーローを思い起こさせてかっこいい。
しかし実際はそんな浮かれていられるような状況じゃない。
スライムがこうやって揃って遠くを眺めることは今まで2回あった。
どちらも魔物が来た時だ。
今回もその可能性は高いだろう。
ただ、魔物は昨日現れたばかりなので、正直こんなに早くまた現れるとは思っていなかった。自然相手というのは本当に油断ならないな、と改めてそう思う。
右手に剣、左手に盾を装備し、急いでスライムの元へ向かう。
水路の方を眺めるスライムに倣い、俺も同じように水路が続く森の端の方を向く。
――うん、この距離だと俺ではほとんどわからない。
そういえば今まで来た魔物たちも、今回も、みんな水路側からやってくるな。もしかしたら水路を通すために森を広く切り開いたせいだろうか。
ここの密度の高い森からすれば、大きい獣道はそれだけ利用もしやすいだろうし、なにより目立つ。謀らずとも魔物を呼び寄せる装置になってしまっていたのかもしれない。
もしくは、この地下水の魔力におびき寄せられているのか。
なにせこの地下水はうちのスライムたちのお気に入りだからな。他の魔物が気になってしまうのもしかたない。
「フフン」
と、自慢げに鼻を鳴らす。
そんなことをしながら森の入り口の方を見ていると、何か白いものがチラッと見えたような気がした。
「んっ?」
濃い緑の中で、白というのはよく目立つ。なので俺の視力でもギリギリそれを見つけることができた。
しかしそれが何なのかはわからない。
「魔物、だよな」
それにしても白か。あんまり魔物で白ってイメージが湧かないな。動物なら兎とか羊とか、サモエド、マルチーズみたいな犬とかか? なんかどれも可愛いな。
蛇とか、ドラゴン系なら白のイメージもないこともないが……蛇はまだしもドラゴンなんて大物こないよな? こっちの装備は木だぞ。格下狩りにもほどがある。
そんな想像を膨らませていると、チラッと見えていた白はいつのまにか消えていた。
見失ったか? ……そう考えるが、もし距離を詰めてきているのなら、このだだっ広い荒野で見失うはずはない。つまりありえるのは、そいつが森に帰ったってことだ。
今までには無かったパターンに訝しい気持ちもあるが、こっちにやって来ないのなら敵ではないのだろう。
そう思ってスライムの方に目をやると、そこには未だに森を見つめてじっと固まっているスライムたちの姿があった。
その姿にはっとして、俺も気を引き締める。
油断大敵。これは文字通り命がけのサバイバルなのだ。
それにスライムたちの様子もいつもと違う。
いつもなら、少ししたらこちらから打って出るかのように拠点を飛び出していくのに、今回はそれがない。それにどこか不安があるというか、佇まいに躊躇が見られるような気がする。
相手がまだ姿を見せていないというのがあるのかもしれないし、もしかしたら分裂した直後だから魔力に不安があるのかもしれない。
理由はわからないが、とにかくスライムがいつも以上に警戒しているのは伝わってきた。
「うーん、どうしたものか」
現在時刻は夕方。あと2時間もすれば日は沈んでしまうだろう。
このモヤモヤを残して夜を過ごすのは精神的によくない。それだけならいいが、夜襲なんてされたらたまったものじゃない。
「しかたない」
ここは自ら確認しにいこう。
意を決して、拠点を出る。
いつもはスライムたちの後を追っていたが、今回は初めて自分が先頭になって魔物を倒しに行く。
スライムたちが拠点から出てこないかもしれないという懸念もあったが、俺が森に向かって走り始めると、スライムたちもぴょんぴょんと跳ねて後を付いてきてくれた。
……お前ら、なんていい奴らなんだ。
俺はそんなスライムたちを従え、その白い何かがいた場所に向かって走るのだった。
◆◆◆
ピシャ、パシャ、と軽快なリズムを立てて走る。大地にはまだ薄く水が張っていて、動き回るのに適した状態ではないが、ぬかるんで足を取られるほどでもなかった。
森の入り口までもう数百メートル。
ここまで近づくと、森の端でチラチラと白いなにかがこちらの様子を伺っているのがわかった。
今までの魔物とは違う、どこか知性を感じるようなその動き。
それは嫌な予感として俺の不安を掻き立てるのだったが、この地で生きていく以上俺も後には引けない。
結局、勝った奴しか生き残れない。
俺はそれの身を持って体験したし、それはこのスライムたちだってそうだろう。
残り200メートルほど。
ここまでくると、さすがに俺も走るのを止めて歩いてそいつに近づいていく。
もちろん両の手には植物魔法で作った剣と盾が握られている。
剣というより、これは木刀と呼んだ方がいいかもしれないが、刀身は太く重量感があり刀のような洗練さはない。例えるなら木剣か。先端こそ突き刺せるように鋭く尖っているが、刃の切れ味はそれ程ではなく、使うにしても切り裂くというよりは叩きつけるといったやり方がメインだ。
長さは刀身だけで1メートルくらいはあり、竹刀ほどの長さはある。素人が使うにはやや手に余る長さだ。
木盾の方は丸型のラウンドシールド。中央から外に向けて緩く山形に湾曲しており、形だけは某国のキャプテンが使うシールドのような形をしている。こっちは質感が完全に木だけどな。
もちろんどちらも魔法で硬化処理をしており、訓練で木人に打ち付けるくらいではびくともしない程度の硬さは実証されている。
重量もそれなりだが、異世界に来てから強くなった俺の力なら、振り回すくらいなら十分可能な範囲だ。
その木盾を前に構え、水路が繋がる森の入口へむかってゆっくりとにじり寄っていく。
すると、隠れていたそいつが……いや、そいつらが森から出てきた。
結構大きいな。
白いローブのようなものを被った人型の魔物が3匹。こちらに向かってくる。
「ん?」
人型の……魔物?
立ち止まり、目を凝らしてそいつらを見る。
風に揺られてはためく白いそれは、どこか懐かしさがある。
そうだ。地球で、冬の風の強い日なんかでよく見た光景。
そしてローブの切れ目から、2本の足が交互にチラチラ。
魔物という先入観を捨ててそれを見ると、それは足首まですっぽり覆うしっかりしたコンバットブーツのように思えてくる。
どんどんと近づいてくるその3つの”白”は、俺たちと50メートルくらいのところまで近づいて、ピタッと止まった。
「は……はわわぁ……」
未だかつて出したことのないような、情けない声が口から漏れ出た。
白いローブを羽織り、剣を構えた剣士風の人型が二。
そしてその後ろに、白いローブで身を隠すようにした人型が一。
いや、”人型”なんてそんなまどろっこしい表現はもうやめよう。
この距離なら、ローブに隠れたその顔まで視認できる。
そう、俺の前に立っていたのはどこからどう見ても……。
「に……にんげんだああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の絶叫が、大地に木霊するのだった。




